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憤火

 



 終始無言だった近嵐は、不思議そうに首を傾げた。


「関西弁の(くだり)は必要だったのか?」

「第一声それ?」


 叶雨も話しの最中思ったが、子供の頃は方言が妙に印象強く記憶されるものだ。学校では少しも見せなかった翡輝の本性を見抜いた観察力も、小学生とは思えない。少しも本性を見せられない学校で、一日の大半を過ごしていた翡輝もある意味では凄いのだが。

 語っていない部分で他にも印象に残った思い出は有る。


「バーに潜伏していた不良グループは全員死んだのか?」

「……バーに居た連中はね。事件当日バーに来ていない奴らが他に居たらしい。崩壊した店から見つかった証拠を下に捜査して、直ぐ捕まったって聞いた」

「ふむ……。事件が有った地元の警察署に行けば、防犯カメラの映像位は保管されていないだろうか」

「いや、知らんけど。その後私引き籠ってニュース位でしか事件知らないし、両親は私がやったってバレないか毎日ビクビクしてた。兄は……事件前よりは優しくなったかな」


 目が覚めた病院のベットの上で、叶雨が最初に見たのは看護師だった。病院なら当然だが、事件があった次の日家族は誰も、叶雨の目覚めを待っていなかったのだ。放課後に兄が顔を出してくれた。叶雨の容態を聞いたのも、入院手続きを断ってくれたのも兄だった。

 叶雨は一刻も早く家に帰りたかったのだ。

 両親に会いたかったわけではない。実際家に帰った叶雨を両親は出迎えず、一度も声を掛けなかった。部屋に籠った叶雨に安心すらしていた。思えばこの事件の後から、他人の心の声が勝手に聞こえだした気がする。


 扉を壊す者が現れるまで、叶雨は膝を抱えて考えた。この力の意味、感情と直結された暴走の兆し。

 子供の癇癪で人は死なないが、叶雨の激情は周囲を壊す。物も人も、形ある物全て。

 両親の心配は現実となった。それでも家から追い出そうとしないだけ、家族の愛が残っている。

 カーテンも心も閉じ切った部屋は、二年と五ヶ月変化しなかった。


「高校生になって一人暮らしする兄にくっ付いて行くまで、部屋から出ようともしなかったよ」

「それでも、自分で部屋を出たのだろう?」

「誘ってくれたのは向こう、私はそれにしがみ付いただけ」

「それで何が変わったんだ?」

「この学校に来た」


 言葉が詰まらず吐き出された。口にした本人も驚き、納得する。

 中学は兄の家から近い所を適当に選び、高校に行く気も無かった。だが恵まれた出会いと、何より不器用ながら気を遣ってくれる兄の存在が、叶雨の願いを具現する。

 結果、叶雨は自分の意思でこの学校に来た。


「この学校って普通じゃないでしょ?」

「賦力専門の学校は国内に三つしかない、普通の基準を決めるには対象が不足している」

「此処を紹介してくれた人も変人寄りで、最初話しを持ち掛けられた時はついに壊れたかと思った」

「国立という分類で考えているなら早計だ。国は専門的知識の学び舎を国の予算で建設し、幅広い人材の育成に力を注いでいる。学校毎の特色が強い国立に、安易な基準は設けられない」

「それでも、最後に決めたのは自分だから」

「君の言う普通が一般知識レベルの学力を身に着ける為の環境なら、国内に普通だけの学校は無い。……聞いているのか?」

「それこっちの台詞」


 会話になっていないが、互いに気にしていない。此処にいる理由を思い出し確認すれば、落ち着いた心が強固な地盤を取り戻した。


「あー、まあいいか。近嵐は実験の打診に来たんだっけ?」

「そうだ。俺が付いていれば、大抵の問題は対処が可能だと考えたからだ」


 言葉の意味を考える為、叶雨の口が半開きで止まる。

 学者のような立場の近嵐と接触し居て忘れていたが、彼は教師だ。今回の学校行事でも、近嵐の教師としての役割がある。昼間に救助されている二年生班から死者が出ている事は、当然知っているだろう。恐らく近嵐の言う問題は、この殺人事件の筈だ。

 大抵の問題、というのが殺人犯との遭遇を含んでいるなら、近嵐はそれの対処に来たという事。


「例の事件の進展は?」

「知らん」

「はい?」

「俺は事件の概要を聞いただけで、事件の対処には呼ばれていない」

「……じゃあ何で此処に?」

「今言った通りだ。契約に基づき実験の了承を得て、実験の妨げになる可能性を排除する為だと」


 口を抑える前に、震える肺から空気が塊となって吐き出された。女らしさが微塵も組み込まれていない笑い方、山のざわめきが音響を誤魔化してくれると期待する。二度目となる爆笑に、近嵐も表情を歪めた。

 何で笑われているのか、全く理解してない様子に笑いは延長される。


「何故笑う?」

「ぶふっ!ご……ごめんごめん。あのさあ、もっと単純に言えば?」

「何を」

「生徒が心配だったから来たって」


 目から鱗とはまさにこんな表情だろう。未知の生物と出会ったような、忘れていた呼吸を急いで行う。近嵐は最低限の生命活動を済ませ、脳みそにエネルギーを集中させた。自身の事でも客観的に見れるのは、学者の凄い所だろう。

 総動員した思考が数秒で区切りをつけ、現実に戻って来た。眉間の皺を整えようと考えられる余裕は、まだ戻っていないらしいが。


「………………心配……?していたのか?」

「私はそう感じた。ちゃんと教師してるよ、近嵐()()


 また黙り込んでしまった、それ程頭を使う事だろうか。変わり者が多いとはいえ、周囲に人が集まっている時点で一定の信頼は有るのだ。教鞭はかなり独特だが、生徒を下に見ている風でもない。叶雨からすれば、そこまで驚くことではないと思った。まるで照れ隠しのような言い方には笑ってしまったが、近嵐未尋はただのマッドサイエンティストではない。

 表情を歪ませたまま、近嵐は立って身を翻す。


「用事を思い出したので、一旦失礼する」


 夜の山だ、数歩で近嵐は姿を消す。学校に戻ったら改めて礼を言いたいと、叶雨は見えない背中を見送った。


 約束の時間が経ち、背中を向けていたテント側を向く。誰も居ないと思っていた場所に神妙な顔の星河が座っていて、心臓が飛び出るかと思った。

 星河は悲鳴を飲み込む叶雨を見ても何も言わず、無言で自分用の灯りに視線を戻す。


「……二時間後、力富と交代する」

「りょ、了解。……よろしく」


 もしかして会話を聞いていたのかという疑問は、暴れる心臓を鎮めるのに忙しく、言葉になる事は無かった。横になりあっという間に夢に落ちた叶雨は、その疑問を思い出す事は無い。

 不寝番をする星河の表情は、灯りに照らされくっきりとした明暗を作っていた。






 二日目の滑り出しは最悪だった。天気が怪しく一日目より間を空け、定期的に地面が揺れるからだ。

 曇り空なら暑くなくて過ごしやすいかと予想したが、そんな事はない。夏手前の気温と森独特の匂いが不快感を煽り、止めどない汗と疲労で足は思った以上に上がらないのである。

 不幸中の幸いは、昨日の揉め事が全て解決している事だろう。特別仲良くはないが八色と神代の口喧嘩は起こらず、叶雨と星河も朝食時に簡単な謝罪を済ませられた。自然を相手にする苦労と比べれば、自省は難易度が低かったのかもしれない。


 二時間が経過し体が登山に慣れてきた頃、本日十数度目の地震が発生。震度は直立に問題ないレベルだが、回数はいい加減ブチ切れたい程だ。安全確保も頭上注意もお手の物である。

 木々の密集地帯から出る、神代の様子を横目に確認した力富が休憩を宣言した。


「―――」


 小さい、小さい声で神代が呟いた。小さ過ぎる声は誰の鼓膜にも届かず、言葉だったかすら分からない。

 何時までも腰を下ろさない神代、星河が不思議そうに彼女を見上げた。


「雅?」


 叶雨の座った角度からはその表情が見えない。しかし叶雨の目には神代と重なるように、神々しい存在が頂上を見上げていた。神代が頂上を仰いでいるのか、神代が喋ったのか。

 些細な疑問は、殴られたような振動に放り出された。


「これは―――!?」


 まだ収まらない、とても立っていられず神代は早々に尻餅を着いた。表情は抜け落ち視線は頂上に固定され、呆然と手を後ろに体を支えている。


 ワオオオオオオォォォ――――――――――――!!!


 視界の揺れの中、木霊する遠吠え。昨日の幻聴を思い出し、叶雨は自然と声の主を犬だと考えた。連動するように何匹も遠吠えを繰り返す。


 山が震え、森は揺れ、犬の声に叶雨達は錯覚した。

 まるで天変地異の前触れだと。暗く重い空に、誰もが天災を連想した。


 揺れが僅かに大人しくなった。体幹が慣れただけかもしれないが、叶雨も上を見る余裕位は出来る。木が先程より頭上を覆っていないとはいえ、まだ半分も進めていない。頂上付近を窺う程度しか分からないが、叶雨は見た。

 見えてしまった。



「―――全員逃げろおおおおおおおおお―――――――――!!!」



 揺れに耐えるだけで精一杯だった八色を担ぎ、力富は必死の声を上げた。星河が神代を抱えた事を確認し、叶雨は最後尾で頂上を再び仰ぐ。

 灰色の雲をバックに映える光源が、赤くも美しい橙に身を染めて輝いていた。安全第一ではない下山は危険だが、その程度と鼻で笑う災いの光が頂上で広がっていく。それは自然と古代より密接に関係した死にして、生命の根源たる炎の母。

 マグマの足音に混じって、人の声が山に響いた。


「地よ怒れ―――我々は、友の嘆きを知る者ぞ」


 目の端で捉えた姿は、叶雨達の学校の男子制服だ。距離があったので顔は分からなかったが、何かを足場に宙で喋っていた。正体を掴みたかったが呑気に立ち止まってはいられない。

 少女とはいえ、同い年の人間抱えて山を下る二人の体力は凄かった。それでもマグマの恐ろしさが和らぐ事は無い。気のせいだと己に言い聞かせても、熱が背中を焼いている。焦りが火種となり、精神を蝕んだ。


「ねえ!逃げれるのこれ!?ねえ!!」

「うるさい!!黙ってろ!!」


 肩に担がれた八色は、一変した山の形相に動揺している。後ろ向きで肩に掛けられた上体を背筋で起こし、変化を続ける自然から目を離さなかった。その様子を実際に見ていなくても、黙らせた力富は十分現在の危険を理解している。

 八色に比べ大事に抱えられた神代は、至近距離の星河に詰め寄っていた。


「止まって南君!まだ上に他の人が!!」

「まず自分の身を心配しろ!」


 星河の腕力で強引に抱えられている神代の訴えは、幼馴染の言葉で相殺される。

 どれだけ危険な事態でも、先ず神代の身を守りたい。星河の行動原理はそう簡単に抑制されなかった。思い込みもいい加減にしろと怒鳴った手前大きな声で言えないが、神代が羨ましい。これだけの情を持って接してくれる他人が、世界にどれだけ居るだろう。居たとして、叶雨の人生に関わってくれるだろうか。異性か同性かはさておき、情が深い人間との出会いは貴重だ。お互い大切にしてほしい。


 前にも後ろにも視線を忙しなく投げる叶雨の前に、一瞬光が通った。緊急事態でなければ、足を止めて唖然としていただろう。光は蛍のような大きさで、風より速く木々の隙間を縫って飛んでいた。

 見覚えがある。入学式で生徒会長が見せた銀賦だ、動きが明らかに自然の光ではない。


「あれなにい!?」


 混乱した八色の悲鳴が、疑問と混合して叫ばれる。光の事を説明しようかと考えたが、八色の目線がかなり上を向いていた。追うように上空を見ると、謎の男子生徒とは別の人影が複数空に浮いている。しかしそちらの原因は分かった。その生徒達は腰が不自然に光、その光に引っ張られるように浮いている。


「多分生徒会長だ!入学式でやってただろ!」

「おぼえてないいい!」


 後日聞いてみたが、この時の会話を八色は憶えていなかった。必死が過ぎると考える前に口がすべるのだろう。

 状況から察するに、生徒会長の銀賦を用いた救出活動と思われる。光が叶雨達を通り過ぎたという事は、この班は他と比べて救出を急ぐ必要が無いと思われているのだ。どうやって判断しているのだろう。光に感覚器官が付いているのか。


 ワン―――!


 傍で聞こえた鳴き声は、地震と連動していた遠吠えと同じだった。登山初日に空耳と勘違いした声とも酷似している。叶雨の脳内で情報が点となり、線となって繋がった。


「止まれ!!大丈夫!」


 最後尾の叶雨の声が聞こえる程度には冷静だったらしい、男子は各々二人分の慣性を堪え足を止めた。状況は変わらない、山は猛威を吐き続けている。


「何が大丈夫だ!?マグマは止まっていないぞ!!」

「落ち着け、神代も気付いてるよ」


 名を呼ばれた本人以外が同じ人を見た。神代は星河の肩越しに視線を下ろして、()()()()()()()()()()

 叶雨も念力を操作し、見えない犬を何となく感じていた。超能力を感覚に特化させて使用、神代の背後の存在もこれで知覚している。無意識に行っていて、使っている本人もこの力を知らなかった。

 犬は見られていてもお構いなしで、周囲を観察しながら鼻をピクピクさせている。


「多分生徒会の誰かの銀賦で、各班に監視を付けてるんだ。普通には姿見えないけど、監視役が順次危険な班から生徒会長の銀賦で救出するように連絡してる。もし此方も救出対象に入っているなら、動き回るのは良くない」

「監視!?マジか全然気付かなかった……。どこどこ?」

「すぐそこ、犬に近いけど……実際はどうなんだろ?」

「……私には、神聖な者のような気がしてなりません」

「神代の銀賦みたいな、目に見えない存在って奴か?犬の……幽霊か何かか?」

「ゆっ!?」

「どした八色、凄い顔してんぞ?」

「なななななんでもない!」


 普通の女子高生は幽霊が怖い。三人も現役女子高生が居て、怖がってる女子が一人の方がおかしいのだ。星河の顔色も心なしか青ざめているようだが、気のせいだろう。


「つーことはだ、むっちゃ急いで下山する必要はないって事だな?」

「そうよね!でもいざって時の為に走る態勢はとってたらいいと思う!つまり抱えたままで、あ、でも出来たらもう少し優しく抱き締めてほしいかなーなんて……」


 救出されると分かり、各自に余裕が出来た。一応唯の学校行事だった筈がこの事態、まさか山の怒りに触れるとは誰も考えて―――


「は―――?」


 本当に自然の災害なのか。

 叶雨は己の恐ろしい推測に、背筋を凍らせた。




閲覧有難う御座いました。

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