死体
人の一生は恐ろしく端的に完結される。
備考に記す内容も無く、在るのはただ死のみ。その真実だけで、他者を震わせるには十分だった。
心臓のリズムに合わせて、呼吸は加速する。目を離しても、網膜に焼き付いた死は消えない。あの場所だけ世界に穴が開いたようだ。
荒い息は胸倉を掴み合う男子の喧騒に紛れ、静まるまで気付かれずに終わった。何をするにしても、情報は大切だ。もう一度慎重に目を向ける。
「さっきの場所に戻ってあいつを探す!絶対あの石だ!」
石。賦力高校で石と言えば、一つしか思い当たらない。
「物がねえんだ!証拠がなきゃ、とぼけられて終わりだぞ!?それより救助を呼ぶべきだ!俺達がやった訳じゃないんだ!堂々と本当の事を言うしかねえ!」
「犯罪現場を黙認してたと言えるのか!?さっきの揺れで下手に怪我人が出てたら、こっちが犯人扱いされるぞ!」
「じゃあ隠すのか!?バレないわけないだろ!?」
「石よこした奴を捕まえて突き出すしかねえ!犯人逮捕に貢献すれば、俺達への嫌疑も晴れる!」
「時間を置く程バレる確率は上がるし、奴が見付かる保証も無い!」
「文句ばっか言ってんじゃねえよ!!」
「それはお前だろうがあ!!」
あいつや奴と呼ばれる此処に居ない誰かが、この異常事態の要因である石の提供者らしい。彼らの言う犯人が人殺しを指すなら、その犯罪に石が大きく関わっているのか。会話から推測するに、石が無くなって犯人を表沙汰にする証拠が無いのだろう。
女子二人は相変わらず絶望に暮れている。これだけならあの男子を殺した犯人は別にいる事になるが、それを確定させるのは叶雨の役目ではない。
足音に注意しながら、喧騒の中心を離れていく。
「紅雫さん!」
「っ!?」
「だ、誰だあ!?」
見付かりたくない対象に意識を傾け過ぎた。背後から来た神代の声は、潜む叶雨を考慮しない。
血が上っている男子達は、声の主へ真っ先に目が向いた。迫る男子に神代は固まったが、助けは必要無いだろう。神代の後ろには過保護な幼馴染が居るのだ。
「ひいっ!?」
「お前まさかあれを見たのばっ!?」
怯える神代の横から高速のジャブ、不意打ちを顔面に喰らえば昏倒は当然である。切れのある拳を繰り出した星河は、倒れた男子を虫を見るような目で見下ろした。
「雅に手を出す奴出そうとする奴出すかもしれない奴、全員くたばれ」
「何言ってやがあ!?」
二人目も言い切る前に殴られた。手が早い、きっと神代への危険以外何も考えていないのだろう。倒れた男子に追い打ちをかます星河に、神代が半泣きでへばりつき、怒鳴り声を響かせていた場所が静まった。
「おーい!どうした!?」
足場を気に掛けながらやってきた力富と八色も合流。状況は複雑になった。
取り敢えず叶雨が此方に来た理由を伝え、件の班員を集めた。犯罪者の可能性が捨てきれない以上、逃走コースを塞いで囲むように立つ。神代だけは死体を前に意外な落ち着きぶりで、ひたすら手を合わせていた。叶雨からは顔は見えない。
表情が抜け落ちた力富が、刑事さながらに問う。
「あそこに居る男子生徒は、お前らの班員で間違いないな?」
「そ、そうだ。ウチの班のリーダーだった、形鈴……」
「何で死んだ」
冷静な問いかけは熱くも冷たくもない、機械が発しているようだ。事態に付いて行けない八色は、委縮してしまっている。同じく体を縮こませていた女子の一人が、無罪を主張して声を張った。
「あのEIDのせいに決まってる!」
「EID?学校から支給されているEIDか?あんなごみ一歩手前みたいな出力しか出せないEIDで、人一人どうやって死ぬ?」
死体に手を合わせる神代を犯人候補から遮る位置に立ち、星河は拳を作ったまま尋問した。イケメンの凄みは迫力が有る。女子は言葉を詰めたが、無言は誤解を招く。搾り出した言葉は震えていた。
「ぁ……形、鈴は今回の登山で、絶対代表に選ばれるんだって……すごく、気合入れてた」
「代表?」
「もしかして夏休み明けにある三校合同賦力競技大会?」
「何だそれ。そんなもんに出てどうなるんだ?」
「星河知らねえの?あれに出たってだけで就職活動はかなり有利だし、良い大学の目にも留まる。賦力学校であれに出たがらない生徒の方が珍しい」
「興味ない。で?」
「山に登りだして、直ぐ。変な人に声掛けられて……」
「どんな奴?」
「た、多分三年生で男……。制服の上に、パーカー着てて……フードで顔は分からなかった……」
「他に特徴は?」
「知らない……本当だから!男子の方が喋ってたじゃない!?」
「殆ど形鈴が話してただろ!?俺らは、ちょっと誘われただけだ。乗ったのもあいつだけだったし……」
「誘われた、何を?」
記憶を怒涛の勢いで吐いていた彼らが、一瞬口元を結び黙った。発煙筒で教師を召喚しない理由は、その辺りに有りそうだ。一段上がった力富の鋭さに、重い口が開く。
「……大会に出たいなら、このEIDを試さないかって……。黒い正方形のEIDだった……」
「黒くて正方形……、入学試験で使った混ざりもの?」
「混淆石は純度が下がる分、石力も大幅に下がる。効果が見込めるだけの物を作るには、かなりの手間と鉱石が必要だ。けど労力に見合う効果を出せる物じゃない!そんな物使っても実力は発揮できないと思うが……」
授業で触りしか習っていない混淆石の名前が、サラッと力富から出た。銀賦の知識をこの場で最も持っているのは力富かもしれない、動揺する四人の二年生を含めても。
混ざりものと口にした叶雨の浅学が、少々恥ずかしい。
「ほ、本当だ!形鈴がそれを使ってさっき山を揺らしたんだ!」
休憩の場を長引かせる話のタネだった地震の推測と、まさかのニアピンだ。あの揺れが人工なら、救援要請は急務である。これには関心が薄かった星河も目を丸くした。
「そんな通り魔みたいな奴が山にいるのか?けど何でそのEIDが無い?」
「その、消えたんだ。形鈴が山を揺らして直ぐ……砂みたいになって風でとんだ」
「EIDが消えたら、形鈴の様子がおかしくなって……。しばらくブツブツ言いながらふらついてたら、いきなり倒れて……、その時には、もう……」
「死んでいた」
「そ、そうだよ!」
銀賦を使って死んだ。因果関係が分からない、力富も悩んでる風で腕を組む。
EIDは銀賦使用を容易にする為に、専門の技術者が加工した鉱石だ。加工の具体的な方法はまだ習っていないが、判り易いのは外見だろう。腕輪や指輪等の装飾品は普段用、眼鏡や入れ歯にして外からはバレにくくする物も有る。
それ自体を武器の形状にして使う事もあるが、正方形等のほぼ外見に手を加えていないEIDは、学校等の公共使用や研究用のEIDが多い。一概に絶対とは言えないが、EIDだと判断されやすくする事が国の決め事になりつつあるのは確かだ。
つまり見た目だけの情報になるが、研究用のEIDを使用して形鈴という男子生徒は謎の死を迎えた。
情報を整理したい。まだ犯人候補の二年生を放置する訳にはいかないので、囲いながら無視して話しをする。話しの輪から遠ざけられていた神代が、星河の隣まで踏み出した。
「EIDが使用後に自らも使い手も殺めてしまうなんて、在り得るんでしょうか?」
「銀賦は大雑把に言えば望みを具現するんだろ?使用者が心の奥底で死を望み、それを叶えたEIDが石力を使い果たし崩れ落ちた……。は暴論か」
「現実に存在している事象に干渉するには、かなりの界力が要る。特に生命への干渉は並の奴じゃ無理だ。例え強く本人が思ってても、んなこと出来るなら大会出場者にもうなってんだろ」
「でもさ!銀賦って確か精神を揺さぶるタイプの技なかった?こう……お前の恥ずかしい記憶を思い出せー、みたいな」
「犯人が形鈴に精神攻撃したって?まだ内臓とか見えない所に攻撃した、の方が現実味がある」
賦力高校一年生だけでは中身のある意見は出ない。話題は自然と気持ちが退き気味の二年生達、その扱いとなった。
「教員を呼ぶべきだ。俺達が下手に関わると、犯人の枠に入れられかねない」
「けど登山前に同意書書かされたじゃねえか?あれが学校側のパフォーマンスじゃねえなら、発煙筒は死体回収装置じゃなく文字通り棄権表明装置だ。俺は辞めねえ」
「力富が辞めないなら私も!」
「馬鹿か?平気で犯罪を犯す輩と平気で暴走する阿保が居るんだ、こんな所に長居は無用だろ」
「本音は?」
「三日も雅をこんな危ない山に寝泊まりさせられん、雅の安全を第一に確保したい!」
「ブレねえー……」
登山続行が二票、反対が一票。出遅れた叶雨と神代の意見が、唐突な多数決の勝敗を分ける。注目を受けて、叶雨は神代の顔を覗いた。
「神代さんはどうしたい?」
「……私は……」
「降りよう雅、この山は危険だ。守り切れないかもしれない」
二人の擦れ違いが決定的になった、と叶雨は直感した。
死者が出た場所に立つ恐怖で冷えていた両手が、握った強さで小刻みに震える。顔色は蒼白から白に、表情はストンと抜け落ちた。後退した神代の様子に、本気で分からない星河が小首を傾げる。
男女の機敏に敏く野次馬気味の八色は鼻を鳴らし、鈍い力富は空気の変化に目を細めた。叶雨は神代の背後に浮かぶ何かから、見えないプレッシャーを浴びる。恐怖で押し出されるように、考えが口を出た。
「落ち着いて。神代さんが怒ると、また山が揺れる」
「……何を言っている?」
一人だけ空気が読めない奴は無視する。言葉の意味は分からないが、意味が在る事は知っている力富と八色の顔が疑惑に歪んだ。
「……私は、辞めたくないです」
「雅!?」
「続行が三、決定だな。アンタらはどうする?」
「……棄権する……、とても続けられそうにない」
男子の意見に反対する班員が出なかった。二年生の班が一つ脱落、登山開始からまだ半日しか経過していない。
棄権するなら発煙筒を使う彼らに死体も今後も任せる。叶雨達は自分達の身を守る事に集中し、不測の事態を考えて行動しようと思う。考えても予想出来ないから不測なのだが、心の準備は必要だろう。
一日目の昼前に殺害事件、長い三日間になりそうだ。
後方で独特な音が聞こえた、恐らく発煙筒だろう。足を止めてまで確認する事でもないので、全員が無言で登っていた。列は死体を見る前と変わらない。班長の力富を先頭に、八色・星河・神代と続き、叶雨は最後尾を歩いている。
背負っているリュックには、学校側から配布された物、その一つはEIDとして使用出来る鉱石も入っていた。
採掘された鉱石には、原石を殆どそのまま銀賦に使える状態の物もある。しかしEIDに加工した物より効力は劣る、今回のような低い出力のEIDが必要な場合には、加工前のEIDとして利用価値が在るのだ。
ただの鉱石同然だが、登山素人だけのお供には十分である。学校の隣にあるような山だ、熊や猿は排斥済みだろうし極端に危ない場所も少ないだろう。
しかし今では、余りに頼りない装備だ。これが自分達の命綱だと思うと、貧相な武装だと言わざるを得ない。
叶雨は顔を上げて、神代を見た。正確には、神代の後ろを見た。
此方からは背中しか見えないので当然なのだが、神代の後ろには相変わらず何かが見えている。先日聞いた話しを総合し、近嵐の考察の結果は聞いているので、正体の推測は立っていた。
昼食は保存食のパンを食べた。温める必要があるのだが、小さい鏡を複数生造し、八色が日光の反射でパンを焼くという実験を実行。力富の受けが良く、班の空気は改善したと言えた。
食休み時間で、叶雨は意を決する。
柄にもなく、神頼みを決めたのだ。
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