不和
壮観。人工的に造られた広場に集結する、三百の高校生。
そしてその程度と思わざる負えない、穿間山の雄大な存在感。
「―――以上が注意事項である!各自が胸に留め、我が校の生徒としての自覚を忘れるな!」
自分で操り固めた土の台に乗り、男性教師は三百人を見下ろして叫ぶ。この三日で人生が変わる生徒が必ず現れるのだ、引き締まった気が更に軋んだ。教鞭を取る者に等しく与えられた責務、それを忘れない為にも声を張る。
「各班の代表に配られた発煙筒は救援要請であり、棄権を意味する!よく考えて使え!我々は君達の力が、この試練を超えるに足ると知っている!先達の雄姿に劣らない奮戦を、穿間山は必ずや見届けるだろう!心して励め!」
役目を果たした土の台は、男が足を離して直ぐ地面に沈んだ。ついに始まる登山レース、棄権しなければ最下位でも大きな減点にはならない。しかし叶雨の嫌な予感は収まらなかった。
各クラスの学級委員の号令が聞こえる。
「事前に別けられたグループで集合!グループの番号の看板を持った先輩に着いて行って、出発地点へ移動して下さい!」
傾斜がまだ緩やかな道を歩き、叶雨は自分のグループメンバーである他四人を見た。
楽しみで目が電灯のように輝く力富、面倒を補って余りある好きな人の姿ににやける八色、そして。
「ハンカチは持ったか?バッグの中身は確認したか?」
「うん、見たよ」
「薬は?雅は緊張状態が続くと体調を崩す、俺も持って来たが不足はあるか?」
「大丈夫だよ、本当に」
「疲れたらちゃんと言え、少しでも気分が悪いと思ったら声に出せ。いいな?」
「有難う」
二組の人数調整で叶雨達の班に入れられた星河、その幼馴染からの過剰な心配を受け流す神代。
これが叶雨達、一の五班だ。発煙筒は学級委員長を推薦で就任した力富が所有。代表者を決める会議では、特に反論も無くすんなりと力富になった。叶雨や八色、神代は心底納得していたが、星河の反応が気掛かりだ。会議でもメンバーの、主に神代の安全面を深く掘り下げて確認していたが、代表者等の決め事は驚く程無関心。
幼馴染である神代の安全確保を義務とし、障害となる要素に目を光らせる。関係が無いと分かれば、存在すら視界に入れないのだ。ここまで徹底していると、一組の班に入れた事情にも裏を感じてならない。
穿間山は人の手を許さない自然と、不思議なオーラを発していた。頂を目指す覚悟の有る無しを問わず、いっそ冷酷に寛容な器で叶雨達を受け入れている。
一学年六クラス、四班~五班に別けられる。一年生は一クラスで五班、二年生は一クラス二班分の人数しか居なかった。今から一年後、叶雨達の学年も同じだけ人数が変動しているのだろうか。考えても仕方がない事だった。
この林間学習を無事、乗り越える事に尽力しよう。
―――ワン。
「ん?」
誰もが連想するある動物の鳴き声、周囲に叶雨と同じような反応の者はいない。気のせいだろうか。
後ろを見ると心配し終わった星河に続く神代が、首をせわしなく動かしていた。目線が微妙に下向きである。声を掛けたいが、星河に絡まれると面倒だ。
スタートの合図と一緒に、些細な疑問は叶雨の頭から抜け落ちた。
夏を芽吹かせる日照りで光る緑、隙間から吹く風が滲む汗を飛ばしてくれる。疲労も爽快な気分に上塗られ、楽しい登山になっていた。
「ふざけんな!!」
楽しい登山だった。
「あんたの都合だけで休憩決めないで!」
「明らかに疲労している班のメンバーが居て、何故そんな言葉が出るんだ!?」
「み、南君……!」
長い裾の体操服を仕舞える本格的な登山靴、この装備でなければ通れないような獣道を歩いていた。先頭を行く力富は後ろを気にしながらも、速度を変える事なく登る。慣れない道と環境で最初に足を止めたのは、神代だった。
本人より早く星河が休憩を要求し、力富は快諾。動けなくなる程ではないが、体力の消耗は全員が感じていたのだ。爽やかな日照りは汗を増やす熱源に、気紛れな風は頼るには弱すぎる。誰も反対はしなかった、二回目までは。
次の休憩は予想以上に早く、そして予想通りの人物から提案された。
「そもそもあんたが貧弱だから全然進まないんじゃない!」
「ごっ、ごめんなさい!」
「謝る必要は無い、偶々自分の体力が多少優っているだけでその言い草は何だ!?適度な休憩で助かっている自覚が無いだけか!?無神経で短慮な奴め!」
「はあああ!?イケメンだからって調子乗んな!保護者気取りか?キモイんだよ!」
二回目と三回目の休憩の間は一回目と二回目より短く、八色の零れた反論を力富が宥める必要があった。班長が力富でなければ、この時点で駄目だっただろう。
そして四回目の休憩申告で八色が切れた。三回目の休憩から五分と少ししか経っていないのだ、気持ちは分かる。八色が代わりに怒ってくれたようで、叶雨は冷静になれた。
力富が困った表情で、口を寄せてくる。
「おい、どうするよ?正直時間の問題だと思ってたけど……、まだ半日も経ってねえよ?これ大丈夫か?」
「大丈夫では、ない。どうすると言われても……」
発端は神代の体力の無さだが、確かに賦力基礎のマラソンでは最後から一番目か二番目だ。それにしても少し消耗が激しい。登山という状況を加味しても、違和感を覚える。その原因が分からない限り指摘は無意味だが、本人から話しが聞ける状況でもない。一日目終盤になればチャンスが有るかもしれない、それまでは無理矢理にでもこの問題を先送りにする。
「はいはい、意見交換終了!」
激しい剣幕の間に手を差し出すのは、まな板に魚を置く所業だ。ぞっとした。
二対の怒りを流すように、両手を顔の横に上げる。
「話してる間に休憩時間が終わった、神代さん大丈夫?」
「あ、はい!大丈夫です!」
「それじゃ出発しますか?」
「よっしゃ!皆行こうぜ!」
意識して元気よく出発を主張すれば、相手は力富、反論は無かった。星河は休憩を欲した理由が大丈夫と言ったし、八色は止めに入った叶雨に対するわだかまりで口を閉ざす。あからさまに叶雨を視界に入れない様、前を歩きだした。
この班で登山を純粋に楽しんでいるのは力富だけだ。
前途を想像し多くの難で、叶雨の足は重くなる。しかも問題解決の為、更に力を絞らねばならない。
「あれ?」
「どうした、雅」
「ううん、ごめん。気のせいだと思う」
「何がだ?」
「……荷物が軽くなったような」
「俺は何もしていないが、やっぱり手伝う」
「本当に大丈夫、これならさっきより登れそう!」
疲れで落ち込んでいた神代の表情に、登山前の力が戻っていた。安心した星河も、表情を柔らかくする。八色が口を出すか心配だったが、怒るのも疲れるのだろう。無言で力富の背中だけを見て、足を上げていた。
空気は悪いが進めている。これ以上の悪化を避け、頂上に近付きたいものだ。
――――――!
声が聞こえた、否、聞こえなかった。強い心の波動が声と勘違いしてしまう程、叶雨のアンテナを蹴ったのだ。
「きゃあ!?」
一瞬だけ仁王立ちも困難な振動が山を揺らし、堪らず神代が尻餅をついた。
「地震か!?」
余震を警戒し体制の安定にそれぞれ務めたが、本当に一瞬の揺れだった。見えない誰かに強く体を揺すられたような、刹那の災害。
山の中でも自然と頭上を確認していると、視界の端にそれが見えた。
「っ!小さいけど石が落ちてる!全員落石注意!」
「雅!掴まってろ!」
「木に掴まれ!八色その木は弱い!こっちだ!」
どちらの男女も男が対応していて、大事は無さそうだ。叶雨も太い幹の木を支えにして、落下物が落ち着くのを待つ。
山の麓まで危険が及ぶ規模は無かったが、枯れ木が転がったり当たり所が悪ければ危ない石も転がって行った。登山の地震で怖いのは落石や土砂崩れだが、孤島なら津波も心配である。此処からではどうしようもないが、酷い事態になっていない事を祈ろう。
それにしても、地震の直前に感じた震えは何だったのだろうか。人の声が聞こえたと錯覚したが、タイミングが絶妙で深読みしてしまう。
精神感応は操作が不完全な為、どうしても他人の精神状態の揺れに反応してしまう事がある。心から願う力が強い程、空間から叶雨に届く心が五感と混じるのだ。つまり純粋な感情が音や色、触覚や匂い等で叶雨に届く。勿論五感の例えは操作が不完全な故の勘違いであり、操作が完璧なら感じる心を言語化出来る筈だ。
もし精神感応の操作が出来ていれば、地震の直前に届いた心が地震と関係しているか分かっただろう。登山が終わったら、訓練方法を近嵐に相談すると決めた。
山の動きが止まったので、木から離れる。見た限り班に負傷者はいない。
「皆大丈夫か?一応足場と上に注意しながら、ゆっくり登るぞ」
心なしか緩くなった地面を踏み、安全第一で登っていく。少し開けた足場の固まった場所に着くと、全員言葉無く腰を下ろした。
「……なあ、さっきの。地震だと思うか?」
「地震以外に何だと思うんだ?」
体力を削るのが緊張だけの男達が、座った途端口を開いた。違和感の有る地震だったと、二人共言外に語っている。深呼吸で緊張を和らげたい叶雨は、一旦傍聴に徹した。
「例えば誰かが思いっきり地面殴ったとか」
「学校側が配布したEIDで、それ程の出力が見込めるのか?可能だとして、学校側がそれを出来るEIDを渡したと分かれば、責任問題だ。そんな間抜けな教師はいない、と思っている」
「じゃあ教師がやった!」
「何故それだ!って顔で阿保な結論が出た!?それこそ問題だ!下手をしなくても犯罪だぞ!」
力富が考え得る原因を上げ、星河が反論する流れが組まれた。無茶苦茶な意見も出たが、言った本人も分かっている。全ては心中の動揺を畳み、不安を片付ける為の言葉遊びだ。
神代がリュックを降ろしたのを幸いと、念力を解く。また歩き出す時に、忘れず荷物の重量を軽減させなければ。
地震の犯人候補に未確認生命体が出てきた。真面目な気質の星河に、突拍子も無い話しで心理的壁を壊していく。狙ってならば大した話術である。
力富・シルヴァーは間違いなく、人徳ある人間だ。
今までを知らなくても、彼の周りが人に溢れていただろう事は想像に難くない。本能か経験か、他人の琴線に触れる言葉や行動を犯さず、好かれはしても嫌われない人柄。
だからこそ疑問だ。力富は銀賦を何時、誰から教授したのか。
普通の家庭で普通の教育機関なら、銀賦なんて頭の可笑しい技術を叩き込みはしない。銀賦は文明の先駆けで在り、所詮人を殺す道具の一つに他ならないのだ。多くの生活を支え問題の解決に尽力しても、命を壊す力である。
それをあれだけ使いこなすには、相当の訓練が必要だ。場所も資材も時間も人も。
両親は仕事人間だったと言っていたが、では誰が力富を育てたのだろう。もう少し親しくなれば、話してくれるだろうか。
二人の会話に回復した八色が入った。険悪な空気が復活するかと距離を取ったが、力富を中継して深い干渉を避けている。神代の様子も快方に向かっていて、そろそろかと腰を上げた。
「―――!―――ぁ!?」
「今……?」
盛り上がっている力富らには聞こえなかったらしい。反響して位置は不明だが、確かに人の声だった。悲鳴寸前の焦燥を滲ませた声。肋骨に異物が侵入したような予感に、体が反射で行動した。
「紅雫さん!?」
星河の荒ぶるツッコミに気をやり声が聞こえなかったのか、叶雨の行動に驚く神代。山の木々に隠れる距離まで走り、力富達はようやく会話を止めた。
反響していても声は継続して響いている。何度も聞いていれば、大体の発声源は予想できた。
「―――煙筒を!」
「使える訳ないだろ!?先公に何て説明すんだよ!?」
言葉の端々に付いた焦りが、声の主の心境を歴然とする。周囲に自分達と同じ登山者が居る事実すら忘れ、横たわる何かの隣で言い争っていた。
木の影に身を潜め、バレないように観察した。素人の範疇だが、焦燥した頭からは注意力が完全に失せていて、叶雨に気付く様子は無い。見える人数は四人。
何かの近くで怒鳴り合う男子二人、取っ組み合いは時間の問題だろう。そこから数メートル離れた場所で、互いに身を寄せる女子二人。表情は引きつっていて、一人は泣いている。顔を歪める感情は恐怖とも取れるが、それだけではないような気がした。
角度が微妙だが、何とか目を凝らして男子の傍に横たわる何かをうかがう。男子だ。班は四人か五人が基本なので、もう一人居る事は不思議では無い。
しかし他の班員の形相、普通ではない状態だと見るべきだ。細かい部分に視線を集中させる。服装は体操服、装備におかしな物は無く、傷や争った形跡も見当たらない。
強いて言えば体はピクリとも動かず、まるで息をしていないような―――。
「―――!!?」
声を上げなかったのは奇跡だ。
生れて初めて見る死体は、眠っているようだった。
閲覧有難う御座います。




