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行事

 



 問十五.これまでの問題文に含まれていた『星』の意味で使われる単語を、次の一~六のうちから選べ。


 選ぶ単語が一つと書かれていない問題文の意地悪さに呆れながら、叶雨は三つの番号を選び回答欄に記入した。賦力基礎の筆記試験は、小・中学校で決して体験出来ない科目だ。しかも教えられる教師が少ないので、試験問題に教師の趣味が浮き出やすい。

 引っ掛け問題に一進一退させられたせいで、随分と時間を食ってしまった。見返す余裕は無い。


「終了だ。後ろから回答用紙と問題用紙を回したら帰っていいぞ」


 試験内容が普通とかけ離れていても、終わった後の解放感は同等に感無量である。固まった肩を伸ばし、これからの予定を脳内整理した。

 誰もが笑顔で試験の終わりを受け入れる中、一人だけまだ試験最中の面持ちで座る少女。


「神代さん」

「あ、紅雫さん」


 固い表情筋に言葉を差し込む叶雨。真顔が和らぐも、神代の鼓動は速いままだ。


「部室で待ってるから」


 励ます言葉が正しいか判別できない叶雨は、無難に予定を確認する。部室とは勿論新発見部だ。職員室で用事が済み、()()()()()部室でお昼を一緒に食べる約束となっている。

 微笑んだ美少女の可愛さに、教室の男子数名が静まった。


「はい、頑張ります!」


 覚悟の決まった神代の背後には、実体の無い存在が神々しく佇んでいた。











 新発見部部室は近嵐教授の研究所(ラボ)だ。どれだけ片付けても使用者にその意思が無ければ、大掃除効果は長続きしない。立派になった机の上が酷い状態だったので、叶雨は近嵐を説教し昼食を置ける状態に片付けた。

 他の三人が昼食を取りに行っているので、超能力を使い片付けの時間を短縮する。三人とはブランコと力富、そして八色だ。

 近嵐ビフォーアフターの功績がブランコにとてもウケたらしく、喜んで後日の入学届を受理していた。相変わらず近嵐は関与せずだ。どちらが顧問か分かったものではない。

 色んな出前を広げている時、最初とは打って変わって堂々と、しかしちゃんとノックして神代が訪れた。新発見部にというより叶雨と近嵐に頭を下げ、笑顔で結果を報告する。


「お二人のご協力のおかげで、無事入学試験に合格しました。有難う御座います!」

「お疲れ様、まあ座って。お祝いしよ」


 出前の量は合格祝い(それ)を見越して、ブランコに注文を頼んでいた。何もしていないがとにかく騒げれば良い八色が、先輩にも顧問にも了承を取らず音頭にグレープソーダを掲げる。


「中間おつかれー!ついでに入学確定おめでとー、乾杯!」

「「「乾杯!」」」


 金に頓着しない近嵐のカードで購入した昼食は、オードブルセットにピザやジュース、寿司まで有った。カードの管理までブランコに任せている近嵐の生活力にはドン引きだが、恩恵にあやかっている身で強くは言えない。

 五種のチーズピザを味わい、目立った問題に片が付いた安堵で食欲が加速する。何十本と手元に溜めている力富の焼き鳥を掠め、控え目な神代の皿に少しお裾分けした。


「合格して良かった、先生の前でも石反応したんだ?」

「はい!緊張しましたが……、ちゃんと光りました」

「光り?」


 焼き鳥の本数が減った事に気付かず、揚げたてポテトを貪る力富。最初に神代が部室を訪れて以来、叶雨と近嵐以外は入学試験対策に携わっていないのだ。部室に有った試験用の鉱石を持ち出し、外で練習していた。神代の事を知り、念の為屋外で練習しようという話しになったのだ。別に隠していた訳ではない。

 神代の出自と叶雨の情報そして天才の考察を踏まえると、EID未満の鉱石でも実害が発生する危険があったのだ。


 ピザや寿司は程々に菓子類ばかり食べているブランコ。口一杯に詰めたケーキをリンゴジュースで流し込み、後輩らに懐かしむ声と眼差しを向けた。


「にしてもね~。中間が終われば直ぐアレだよ、アレ~」

「アレ?気になる言い方しないでよ!何よアレって!?」


 胃袋の容量なのか、早々に食事を中断し携帯を見ていた八色。一年生の疑問を代表してくれている。


「一・二年登山レースさ!」


 両手を広げ、主催者であるように嬉々として喋り出す。


「梅雨が明けて夏が本格化する刹那の時間に、一年生と二年生があの山の頂上を目指す!」


 空になったコップを持った手で示される、この島で最も高い活火山。標高三千百七十メートル、日本で五本の指に入る山だ。何年か前に槍ヶ岳とかいう山の標高()()がなければ、五本指ではなかったかもしれない。しかしとても素人高校生が挑戦する山ではなかった。


「学校が指示した地点から五~六人組で目指す過酷な登山。レースとは言っても、三日以内に頂上に辿り着ける組はそういない!装備や組み合わせは全部学校が決めるんだけど、ここで一番重要なのは……登山の前にある契約書を書かされる事!」

「……どうせ自分の意思で登りました、って内容でしょ!下手すれば保護者から訴えられる話しだもの、学校も保険は掛けとかないと」


 着眼点は流石八色。努力を主張しているだけあって、八色はクラスで上位の成績だ。中間テストの結果次第で観察処分解除の条件も、相当自信が有る様子。来週のテスト返却が楽しみである。

 八色の推測は実に理に適っている、がそれはこの学校以外での話し。叶雨はそこまでこの学校の正気度に期待していない。


「惜しいね~。単位を考えれば皆登ると知ってる学校が、それだけで契約書まで出してこないよ。登山?オッケ~は前提!」

「じゃあ―――」

「死んでも自己責任」


 曇っていた雰囲気を一言で固められた。乾ききった氷の声で、力富はブランコの語りを先読んだ。これには八色も口を閉じる。表情筋が動くのは会話を聞いてない近嵐と、笑みを深くしたブランコだけ。


「ですよね?」

「せ~かい!もちのろん、教師陣の警戒態勢は盤石!実際去年は死人なんてゼロ!創設時からの伝統、て面が妥当」

「でも居たんでしょ、死人」


 断定している、調べたのだろうか。にしては相手に肯定を強制する言い回しだ。

 まるで人殺しの自供を見せられている叶雨達女子は、飲食も携帯の手も停止した。そんな圧迫質問も、ブランコは楽しそうに答える。


「知らな~い、僕が一年の時クラスで重傷者は出たよ?でも死んでないから!足障害残って自主退学しただけ!」


 人間の肉体は銀賦という新しい風が吹こうとも、未知を残している。特に脳はブラックボックスの塊だが、脳と関係していない肉体部分は無いのだ。

 不治の病も絶対治せない外傷も存在する。ブランコの元クラスメイトは叶雨達が近い将来参加する行事で、完治しない傷を負ったのだ。

 寒気のする話しに、本能が熱い料理を求めた。


「教師も生徒会も、今年こそ問題なく有望株を確保したいだろうね~」


 無関係の視点が紡ぐ感想は、どこまでも冷静で他人事だった。

 下降するテンションの熱に、八色が早口でまくし立てる。想像もつかない出来事が、日本の名で執り行われているのだ。弱い人間は弱いで許されない国の方針が、叶雨達の未来に牙を剥く。

 コップの縁から、オレンジジュースの雫が垂れた。






 生徒会の備品であるパソコンには、厳重な管理の下多くの情報が閲覧可能だ。多重のロックとウイルス対策の向こう側、三百を超える未成年の顔が並んでいる。

 今年度の一年生と二年生のデータだ。退学した者もそれまでの情報が入力されている、持ち出し禁止が絶対の条件。

 厳重注意のランクが付いている者の情報は、生徒会内で共有されているが、特殊の烙印を知る者は学校内でも一握りである。経歴や情報を読み込めば、特殊の理由は理解出来た。理解出来て口が堅く、()()()()()()()()()()()()()()として彼女は閲覧を許可されている。

 二ヶ月前の入学式で元気よく質問してきた少女、狼林杏の顔写真には特殊の烙印が押されていた。


 重厚な木の扉が開く、見た目ほど重くないので音は軽い。上質なウールカーペットで足音を消す男は、客人ではなかった。生徒会室の上座で作業するヴィリアーレ・キャメロン会長とは反対に等しい、着崩しが目立つ風体の生徒会役員である。

 片手で置かれた十数枚の紙は、扱いに物申す価値の有る内容だ。残念ながら、紙の代わりに物申してくれそうな者は留守である。ヴィリアーレは第二釦まで開いているシャツを見ても、笑顔で男を労わった。


「有難う、(はら)君」

「全くだぜ。パシリなら忠犬女が居ただろ?」

九重(このえ)なら、来月の林間学習を指揮してもらってるわ。暫く此処は私と貴方だけ、嬉しい?」

「背中から刺されそうだな」


 感想を誤魔化した男に膨れる事無く、肘を着いて嬉しそうにするヴィリアーレ。こそばゆい視線が背中を摩り、原の居心地を悪くする。身分不相応の自覚は有るが、大人しく副会長の席に座った。


「教師側の大会メンバー候補、見事にコネと経歴だな。教育機関としての誇りは無いのか?」

「候補なのよ?それに最終決定権は生徒会が預かっている、来月が楽しみね」

「楽しみ、ね……」


 国立の賦力高校に通う者全員が必ず注目する行事、その参加者登録期限がじりじりと迫っていた。参加出来るかは文字通り実力次第。その選定の場として使われる登山レースは、頑張り過ぎて偶に死人が出る。


 何故あんな大会の為に努力するのか、原には分からないがこの学校では普通らしい。履歴書に書く内容を一行増やす為なら、他人を蹴落とす手段に人生を汚す奴もいる。

 紙一枚で人生は天にも地にも転がるのだ。


 派手な活躍は履歴書も周りも派手にする。生徒会は履歴書を見る人達にとっての()()の尻拭い、そして安全に活躍を見せる土壌作りがお仕事だ。

 面倒だと思う者は多い、原もその一人である。面倒が楽しみと思える組のヴィリアーレは、登山に参加する生徒の情報を見直し、一人の顔写真で手を止めた。


「―――原君、この子」


 情報共有を示唆しながら動かないヴィリアーレ。仕方なく立ち上がり近付けば、高貴な香りが鼻腔を突く。

 考えない様にするのも気を遣った。山なりの心に目敏く反応した、膝裏を刺す剛毛の感触。


「チッ……、こいつがどうした?」

「銀賦の欄、昨日まで空白だったの」

「もう一年の経歴制覇したのかよ?……あー……なるほど、言いたい事は分かった。でもどうしようもねえだろ?こういうのは一回痛い目見ないと、本人の為にもならん」

「あら、体験談?」

「憶えてない、が。先輩として俺が言える事は二つだ。話せ、理解するな、だ」

「なら頂上で伝えてあげたら?先輩として―――神様として」


 舌打ちにも怯えなくなった少女に、喜んでいた昔が懐かしい。

 画面には入学試験を今日クリアしただろう、気弱そうな少女の顔が映っていた。折角合格した少女の銀賦適性を見れば、ヴィリアーレの心配事も理解出来る。原と長い付き合いだからこそ、同じ悩みに苦しむだろう後輩に気付いたのだ。

 可愛げも消えたヴィリアーレは視線を下げ、歪んだ()()に撫でる動作をしてみせる。何かが応じる姿は原にしか見えていない。

 履歴書に書けない過去の積み重ねが生んだ邂逅。安らかな力の海に、郷愁の念が胸を濡らす。


 この世ならざら世界の供物。

 人間が真実を知る日は、きっと永遠に訪れない。


 あながち嘘ではない呼び名に、柄にもなく思い出を振り返っていた。原の視界にはこの世に存在しないモノを愛でる、馬鹿な女(ヴィリアーレ)の姿が入った。


「神様ね……そんな奴に会った事ないな」




 中間試験から二週間後。学校から正式に、林間学習の連絡が生徒に伝達された。

 場所は第三高校校舎裏にそびえ立つ、穿間山(せんかんざん)。登山による協調性と賦力向上を狙った、技能実習である。

 EIDを含めた装備や荷物は学校側が用意、期間は三日。指示されたメンバーで指定の位置から、一年生と二年生が一斉に上を目指す。過酷な登山レースだ。


 そんな自然と相対する叶雨達の前には、人が最も危惧すべき災害が待っていた。

 人災だ。

 それを知る者は犯人と、神だけだろう。




閲覧有難う御座いました。

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