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入部

 



 五感を埋め尽くした白が消え、叶雨は保健室のベッドに横たわっていた。

 ブランコが職員室で事情を叫び、教員の助けを呼んでくれたらしい。あの調子と過去の言動で序盤は大分怪しまれたそうだが、学校中に鏡が割れたような音が響いたので即行動してくれた。

 武装した鐘ヶ島含めた数名の教師が現場に到着すると、気を失った叶雨と八色を抱えて走ろうとしていた力富に遭遇。暴害者、反絶力場を暴走状態で展開した使用者の詳細を知らなかった教員らは、力富を捕らえに飛び掛かったそうだ。抵抗する力が残っていない力富を一通り笑ってからブランコが弁解した事実は、力富(ひがいしゃ)の心に深い傷を刻んだだろう。


 翌朝に目を覚ました叶雨は、念の為島唯一の総合病院で念入りな検査をされた。界力という現実を捻じ曲げる力の空間に居たのだ、肉体・精神共に異常をきたしていないか半日潰して調べ上げる。

 問題無しと分かれば学校でぽい、だった。クラス担任には一日授業に出られないと伝わっていたし、おやつの時間だったので食堂の以前から狙っていたデザートを食べに行く。授業中にも関わらず十数の人が居る食堂の端、不機嫌な顔と機嫌が良い顔を交互に作る器用な力富がカレーライスを食べていた。

 カレーライスは満足だが病院での検査が相当嫌だったそうで、二種類の表情がスプーンの動きに合わせて変化し続ける。子供かと言いたかったが叶雨も力富も高校一年生、子供なのだ。

 ちなみにカレーライスを二杯食べた力富は、夕飯に二百グラムハンバーグと大盛り白ご飯、さらにバナナパフェを平らげた。


 同じく叶雨達と同じ子供の八色は、次の日教室には来なかった。

 知らなかったとはいえ渡されたEIDで反絶力場を展開し、無関係な人間に被害を与えかけたのは事実。賦力社会の常識に則った処分を受けるだろう。

 しかし処分の内容はかなり軽くなると、近嵐は呟いた。銀賦の運用手段から考えて、賦力社会は才能主義だ。初めて与えられたEIDで反絶力場を展開し、最終的に自力で暴走を抑えた八色を、上がこの世界から遠ざけるとは思えない。才能ある若者を育て、上手く社会に組み込む為なら法律の穴を平気で広げる大人が居るそうだ。

 ホームルーム終了直後、ブランコに連れていかれた新発見部の部室で説明された内容に昂り、理性で胸を撫で下ろす。

 野々とマーフィーの余計な口出しがきっかけと知り、堪らず苦い表情を浮かべた叶雨と力富。近嵐は無表情を貫き、ブランコは可笑しそうに笑っていた。











 重量と場所を取るだけの物がコンベアのように流れながら、近嵐の前で()()()()()。男の脅威の記憶力が、流れていく全ての作品の歴史を細かく掘り返していた。


「それは発酵済のカカオを投入して焙炒、潰したカカオニブを熱してチョコにする。幾つか銀賦による外部補助が必要な事と、甘味料を入れる工程が無いので必ずカカオ百パーセントになるが、概ね成功した装置だ。―――これは太陽光の熱を拾い研究で発生したごみを、焼却処分するエネルギーとして利用。燃焼が起きなくなった燃えカスをプラスチック製品に再製造出来るように……しようとしたが生ごみが入って壊れた。そっちは―――」


 使える物と使えない物を分別し、新発見部の部室から不使用あるいは壊れていた物が外に出されていく。一時間後には元の量の五分の一しか部室に残らなかった。整理整頓の無頓着さここに極まれり。

 力富は何故か部室の隅に倒れていたパンチングマシーンに夢中だ。ブランコとポイントを競っているが、筋肉なんて無さそうな先輩に一度も勝てていない。絶対勝つんだとムキになり、部室の掃除をする者が自然と減ってしまった。


「おらああああああ!!!」

「おおお!いいパンチ!けど残念僕の七点下、お疲れ~」

「ぐうあああ!!もう一回!」

「もう十二回目だよ?諦めなって~」


 一週間前の八色恋の暴走事件から、打って変わって平和な一時。叶雨と力富が此処に居る理由は、新発見部入部を決意したからである。






 事の顛末を確認し理解した叶雨は、反絶力場内部での出来事を話した。

 暴害者である八色蜜葉の銀賦や、消滅までの力場の様子。そして話しは近嵐が返事を聞き損ねていた、()()()()についての説明となっていった。


「―――その力は他者の心を支配するのか?」

「ち・が・い・ま・す!人の説明聞いてました!?私は八色本人の銀賦を通じて激しくなった感情を読み取り、少しだけ心に直接思念を送ったんです!揺らされて奥底に沈殿していた大切な思い出を導き、銀賦生造時に活発になる部分と接触させました。そして暴走を容易にしたEIDが、反絶力場でそれを具現。立ち直った八色、さんが心を静め終結となりました」

「胸倉掴んで脅してるのかと思ったわ」

「お前ギリグレーとか言ってないで、シルバーアクセもっと持ち歩け!このちょい悪イケメン!絶対また変な騒ぎに巻き込まれるぞ!もう同じ理由なら助けないからな!」


 長いお喋りに乾いた喉を、冷たい麦茶が潤す。中身は同じだが叶雨は湯呑み、ブランコはワイングラスで飲んでいた。力富は水筒のコップだ。


「神経回路網の動きをコピーした……?意識の混濁は説明がつく。神経に走る電気信号を生み出し操作、精神が不安定な他者の神経にまで範囲が及ぶとあれば……。脳から発信される電気信号を自由に変えられるとしたら……!脳が無事なら肉体の限界駆動領域を、壊れる寸前まで発揮出来る!」


 ティーカップの麦茶に一度も口を付けず、近嵐教授は思考に更けていた。用意したブランコが横から奪いまたお替りを注いでも、気付いた様子はない。

 知識欲に色付く瞳が発火する前に、叶雨は手で次を制止した。


「こちらの条件を呑むなら、新発見部に入部して多少の実験にも付き合います」

「のもう」

「早っ!?」


 これ程裏が無いのに心配になってしまう契約相手はいない。どれだけ有利な条件を呑ませても、未来に被る災害を補填出来るという確信が湧かなかった。不安だ、とにかく不安だ。

 手酌で水筒からお茶を注ぐ力富も、懐疑の表情を隠せなかった。


「……大丈夫か?」

「まあ……大丈夫じゃなくても、賭けに出ないと始まらないから……」


 紙に約束を記しはしなかった。例えどちらかが約束を破っても、叶雨に法律を盾とした民主的断罪の術は無い。たかが生徒と教員の約束事で、裁判沙汰にまではならない筈だ。約束の相手が近嵐未尋という不穏要素はあるが、そこは賭けである。

 互いの価値観と道徳心に噛み合う点が存在する事を祈ろう。


 約束一、実験には互いの同意を必要とする。


「後で同意してほしい実験内容のリストを渡す」

「人権を脅かす類は容赦なく切りますから」


 約束二、実験結果は余す事無く共有し、第三者への開示には再度両者の同意を必要とする。


「……意識を遮断しての開頭実験は人権を脅かすか?」

「なんで大丈夫だと思った!?」


 約束三、両者の目的が達成されるまで、立場の格差は発生しない。


「では生命の危機に瀕した状態での出力実験は……?」

「やりたい実験内容についての質問しか出てこないのか!?生徒に敬語取っ払われてタメで話すぞ、て言われてるんだぞ!?あと生命の危機とか言ってる時点で人権問題だろ!」


 以上、上記の約束は互いの権利と尊敬の下、順守する。


「分かった。紅雫が許容出来る範囲の肉体損傷レベルを確認した上で、実験内容を見直そう」

「普通に危なくない実験にしろ!精神状態も加味してな!」


 討論は平行線で中断したが、現在も約束は守られていた。






 そして本日の部活動は部室と倉庫の整理だ。昨日から取り組んでいるが、そんな事より実験させろと近嵐が喚くので進まない。折衷案として力を行使しての掃除を提案、叶雨は力を使って機械類を浮かしながら、大型ごみの分類をしていた。

 分類に口出しをしながら、機械を浮かせている力をじっくり観察する近嵐。




「反振動は……、無い。この力を何と呼んでいる?」

「―――超能力ですよ」




 笑われる可能性も覚悟して、叶雨は力の正体を暴露した。

 銀賦が世情に疎い人間でも常識になった時代、超能力なんて笑い話だ。二次元でありテレビ越しなら偽物を疑う、非現実的な()()()()()である。


「手で触れず物を動かし、他人の心を読む……。確かに一般人が安易に辿り着く結論としては、納得の現象だ」

「おい」

「事実だろう?己の力を何故解明したいと思わなかったのか疑問だが、専門の設備や頼りになる研究者が居なかったのなら仕方がない」


 浮いている機械に釘付けだった近嵐が、勢いを付けて振り向いた。五十センチと離れていない瞳は、鮮やかな琥珀色。純粋な欲望で光る瞳に、叶雨は引き込まれた。



「その異端だと言い切る力―――俺が解き明かしてやる!」



 そうだ、それこそ叶雨の目的。この物騒な学校を選んだ理由。

 叶雨は自身の超能力(ちから)が、違う世界の力のように考えていた。銀賦が星から与えられた恩恵なら、超能力は何だ。人間という種の突然変異、脳の神秘。


 もしこの世界全体から見ても、異常なモノだったら。

 紅雫叶雨は、現代の狂人だ。


 決して理解されず、異なる生命体の存在は争いの要因となる。一般常識から外れた者を、大多数は狂人か化物と呼ぶのだ。

 しかし本人が何も分からないまま、狂人呼ばわりは御免である。

 こんな酔狂な力を真面に研究し科学的、或いは論理的に観察してくれる協力者が欲しかった。


 紅雫叶雨は自分が世界の異物か、誰かに教えてほしかったのだ。


 まさかこんなに早く最適な変人、ではなく協力者が現れるとは思わなかったが。流石国が認めた特別教育機関、欲望の為なら危ない橋を平気で渡る人間がゴロゴロしていた。

 近嵐は一切笑わず、むしろ笑わなすぎる位笑わず真剣に話しを聞いてくれる。類は友を呼び、息を荒げた力富が寄って来た。


「スゲーじゃん、別に隠す程でもなくね?」

「いや~、やっぱ教授の目は確かでしたね~!面白い新入部員が入って楽しいです!」


 パンチングマシーンで勝ち越したブランコも、下手に超能力の話しを広めないと約束してくれた。心配ではあるが、それも含めて賭けだ。

 叶雨は己の真実を知り、近嵐は知識欲を満たす。


 ここからようやく、紅雫叶雨の高校生活が始まった。




「そういえば自分の身体を超能力で動かしてたんだろ?どんぐらい強いか知りたいし、あそこにパンチしてみねえ?」

「おっとシルヴァー君!先輩に勝てないからって、勝機が在りそうなクラスメイトを無理矢理誘うのはいただけないよ~?それにパンチングマシーンで高得点出すにはちょっとコツが……」

「やってみる」


 ―――ドゴガシャアアアアアア―――!!!


「やっべ壊しちゃった」

「え、え~~~?……あ。ひび割れた画面に文字が……」

「あんたが神、だと……!?どうせ俺はミジンコだあああ―――!!!」

「シルヴァー君が折れた!?教授!」

「静かにしろ、今マシンの耐久値から出力を逆算している!」

「ちょっ!?そんな事より写真撮って下さい!将来酒の席の肴になりそうな、絶望シルヴァー君の写真が―――!」

「正直すまん」





閲覧有難う御座いました。

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