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奉仕

 



 学校の屋上は意外と不便だ。まず行くまでが遠いし日差しを遮る物は無い、音は外に丸出しで掃除もしていない。行きたいと思わないと行く機会が無い希少性、それを特別に感じる若さだけが屋上を特別な場所にしている。

 未来の自分が眩しいと目を細める青春の輝き、想像もつかないが屋上(ここ)はそんな場所だ。


「馬鹿馬鹿しい……」


 喉を震わす低い声で自分の、野々玲の青春論を自己否定した。玲にとって青春とは()()()に他ならず、自身の命をも上回るのだ。企みに適した場所という理由だけで屋上を選んだが、動かない何もしてくれない唯の場所に心揺れる者の気持ちが分からなかった。

 一年後にはあの人と会わせてくれた学校も、早く去りたい地獄となる。玲の世界の神様は、下の者が高校を中退するなんて不出来を許さない。腹を据え時の流れに任せて、二年後の理想郷に想い馳せる一年間を過ごす他ないだろう。


 少しでも情報が()()()()()()、両手で持った楕円型の硝子に集中する。



「―――面白い、それがお前の銀賦か」

「っ!?」



 気配を悟らせなかったその男は、手元の硝子で最後に観た者の一人だった。気を感じる能力など無いが、音を響かせないよう()()()()()()()()()()()()()()()で上がって来たのだ。

 男は去年赴任してきた賦力技術専門教員、近嵐未尋。赴任当時はかなり生徒の興味を煽ったが、七十五日程でで鎮火した。周りを顧みない、失敗を恐れない反省しない学校一の問題児。未成年だった事も含め、その呼び名を否定する者はいなかった。本人の鞭撻のふり幅が極端で、授業内容も自習か専門用語だらけの教える気が無い天才講習。

 コネ入社と蔑まれても仕方がない働きようだが、その評価を容易く忘れさせる技術を生んだ。銀賦に携わる者で、『特点型・銀賦』を知らぬ者はいないだろう。


 近嵐を雇った理事長と交渉する術を持たなかったドルヴァスが勧誘を諦めた時点で、玲の興味も消えていた男だ。今回の目標と接触した事で注意は多少向いていたが、何故この場所がばれたのか見当もつかなかった。

 咄嗟に癖が張り付き、丸眼鏡の位置を直す。


「どうしたんですか先生?もしかして屋上でまた実験ですか、駄目ですよ~!前にすっごい爆発で学校の窓という窓割っちゃって、凄く怒られてたじゃないですか!」

「粉末状にしたニトログリセリンからエステル化前の硫酸・硝酸・グリセリンを作り、更に混酸を経由しない調合方法を試した実験、だったろうか?確かにあの実験で最終的に生じた被害は重かった……。なにしろ研究費用を三か月間四割も減らされてしまった、以後場所と時間には一考の必要があると学んだものだ」

「実験内容に関しての反省はしなかったんですね……」


 突然の振りに近嵐は動揺せず距離を詰めていき、玲は後退る足をなんとか留まらせた。

 去年最も学校を騒がせた教師にして、触りたくない天才だ。縁が繋がれば最後、火傷では済まされないと不安にさせる影響力を持った男。


「終わった実験の話しは後日にしよう。今俺が見たいのはその硝子、お前の銀賦だ」


 不自然な形とはいえ、銀賦らしい異常を起こしていない硝子が銀賦と断言された。常に銀賦使用時には注意を払っていたが、何処かで見られていたのだろうか。玲の銀賦は秘匿する事で、最大のパフォーマンスを発揮するというのに。

 被った猫が落ちていたらしい、玲の表情に書かれていた疑問に近嵐は小さく鼻を鳴らした。


「目の前に物と作り手が居て、俺が銀賦と分からない訳がない。生造した硝子に別の硝子の視点を映す類か……、条件は有るのだろうが中々面白い」


 あっさりと秘密を暴露され、怒りのボルテージが上昇していく。歯を食いしばって怒りの衝動をやり過ごし、言葉だけでも冷静にした。


「……それで?銀賦を使うなと言いに来たんですか?覗きみたいな真似はするなと……」

「いや?EID運用法の違反者を捕らえに来た」


 致命的な動揺、それを誤魔化そうとする行動が遅すぎた。冷たい汗が顎を滑って、自供に近い空気を流してしまう。頭を冷やそうとする瓦解寸前の理性が、状況把握に勤しんだ。


「な……にを……」

「暴害者である八色の反絶力場付近に落ちていた手鏡。鏡部分は割れていたが、縁の硝子細工に反振動を感知した」

「……は?」

「硝子そのものは銀賦ではないので弱い振動だったか、目に見えない振動の糸を辿って来てみれば案の定。反振動を感知出来る者には正体がばれやすいので、対応策の考慮を薦める」

「感知?反振動を……?そんな馬鹿な話し信じる訳ないだろ!?」

「そちらが信じなくても理事長は一定の正確率を認めている。教員としての立場とお前の銀賦に物的証拠が揃えば、耳を貸さない愚行を犯すような人格の持ち主ではないだろう」


 ()()()

 将来有望そうな新入生二人を連れて行った時も、結果は散々だった。玲を信じてくれたドルヴァスに怪我を負わせ、口約束とはいえ上に立つ人間としてはあるまじき交換条件を、本人の預かり知らぬ所で了承してしまったのだ。

 ドルヴァスは己の力不足が招いた結果で、玲は何も悪くないと言ってくれたが、玲はドルヴァスの部下である。汚名を返上すべく動いた事件で、まさかこれ程の大物に目を付けられるとは思わなかった。

 玲の銀賦を知られたどころか、事件の裏まで明かされるとは。完全に玲の失策である。

 崖っぷちを実感した玲に残された道は、二つ。抵抗か、投降か。前者を押すのは過去の記憶。


 ―――スポットライト輝く船上で、ルヴィに手を差し伸べられた。


「―――取引しましょう、近嵐先生!」

「取引?言ってみろ」

「わた、私の銀賦を使って、先生が望む情報を探ります!」

「ほう」

「どんな情報でも探りますよ!ムカつく人の私生活とか、生徒の不正とか……!ああ!既に私が知っている情報なら、今此処で渡せます!先生の研究費用の額に不満の有る同僚の弱みでも!」

「興味が無い事も無い……が、その取引。俺より先に持ち掛けるべき相手が居るだろう?」


 口を封じればいいのは一人だけだと勘違いした玲は、近嵐の物言いに焦りを荒立てた。


「な!?まさかあの愉楽狂(ゆらくきょう)!?」

「……まあ、確かにブランコの悦楽を求める姿勢は稀に常軌を逸脱するが……。違う」


 屋上の出入り口を塞いでいた自身を横に退かし、近嵐は腕を組む。傍観の振る舞いだ。

 太陽が半分近く山に沈み、外に立つ玲からは建物内が暗く見えていた。出入り口の影から現れたのは、まず靴と男子制服のパンツ裾。十分だった。


 例え現実世界が闇に染まっても、その姿を見失いはしないだろう。

 どんな希望も彼には敵わず、どんな絶望も彼の損失を打ち消せない。玲を見る神様の瞳は、今だけは酷く冷たく感じた。


「ル……ヴィ……」

「……玲」


 いつから話しを聞かれていたかは不明だが、ドルヴァスが瞳を曇らせる部分は聞かれていたらしい。硝子は宙に溶け、玲は審判を待つだけの身となった。

 縮まる距離が、玲の寿命を表しているようだ。


「……私は、玲にそれ程の汚れ役を頼んだつもりは無い」

「勿論!これは完全な僕の独断……ルヴィに失態を演じさせてしまった、僕の僅かばかりの償いだよ!」

「それでも、気付いていれば止められたのに!」


 ドルヴァス・マーフィーは未来の大企業の社長候補としては、弱点と思われる程に潔癖なのだ。

 先の新入生に行った脅迫勧誘も、本人は実力を見せれば頷いてくれると考えていた。実際〝Whale〟の砲弾は速度も威力も抑えられ、ドルヴァスにとっては銀賦デモンストレーション程度の認識だったのだ。

 銀賦との関りが薄い新入生にそんなドルヴァス節が通じる訳も無く、新入生は抵抗した。そしてまさか銀賦を既に使えるとは知らず、驚きのまま勝ちを逃してしまう。

 己の力不足だったと見当違いの反省をしたドルヴァスが、暫く情報の収集を確認しなくなった合間を狙い、玲は新入生二人を追い詰める要素をけしかけたのだ。女の恋心で増幅された騒動の規模は、全くの予想外であった。


「私の予備のGEIDが一つ見当たらない。玲には特注を用意しているのでわざわざ黙って持って行く必要が無い、他の部下があの純度のEIDを要求する理由も無い。プレート・ブランコから聞いたが、暴害者を仕立て上げたという話しは本当か?」

「違います!!本当に違うの……、元々は恋愛相談を受けていて。その子が意中の男子ともっと親密になりたい、って言ったから……」


 確かに、訓練場の硝子窓から少女の葛藤を見ていた玲は、優しい相談相手として少女の弱みに付け込んだ。上手くいってもいかなくても、あの二人の仲を掻き回し弱みを手に入れるつもりだった。しかし玲本人も恋愛事情に疎く、賦力高校の生徒らしいずれた作戦を実行してしまったのだ。

 玲も銀賦世界に常識が歪まされている自覚が薄い。高性能なEIDが有れば、学校での立場も話題も思いのままと考えている。賦力高校で銀賦を話題の中心にした事が無い生徒は一年生だろうと在り得ない、という暗黙の思考構造が出来上がっていた。

 不完全な操作で暴走に至る可能性を考えられたら、渡すのを止めていたかは分からないが。


「二人だけの情報共有は互いの仲を深める。お前の優しさは理解したが、EIDに秘められし力の開放がどれほど危険か……分かるだろう?玲、お前は私への奉仕を重んじる行動の末、数多の命を死に晒したのだ」


 玲の暗い心を知らないまま、ひたすら諭すドルヴァス。上に立つ人間としての責任を幼少より叩き込まれたドルヴァスの目には、共に罪を償う覚悟が光っていた。

 まるで導きの陽光であるかのように、玲は敬愛をより濃くして捧げるように膝を着く。土下座寸前で屋上への一本階段から、煩い気配と足音がした。


「きょ~う~じゅ~!反絶力場の沈黙を確認しました!紅雫ちゃんとシルヴァー君が上手くやってくれたみたいですよ~!」


 自分の道しか行かない男、ブランコが朗報を伝えに登場した。島にも危険が及んでいたかもしれないのに、周囲を不安にさせない言動は本来褒めるべきではないだろう。

 暴走を回避出来た事実は大きい。EID管理を他人に託していたドルヴァスも、託されていた玲もかなり軽い処分となる筈だ。犯罪歴が付き将来に汚点を残す事は避けられないが、それを打ち消す成果を挙げられると、玲は信じている。


 傍観に徹していた近嵐が、長い前髪の隙間から玲とドルヴァスを見た。


「ドルヴァス・マーフィー、そして野々玲。二人には賦力高校の教員権限で、EID運用法に基づいた処分を下す」

「謹んで承ります」

「……はい」


 罪を二人で背負い二人で償う重責に、玲は後悔と同等の歓喜を覚えた。頭を下げてにやける口元を隠す。真面目に頭を下げるドルヴァスも、その動作で近嵐の笑みを見逃してしまった。見えていても言質を取られた後では遅い。



「では本日十九時をもって、両名の新発見部無期限奉仕を言い渡す!」



「は……」

「……はあああああああああ――――――!!!?」


 星が瞬く美しい島の夜空。これから肉眼で視えてくるだろう星光に思いを馳せていた天体研究部員が、木の上から滑り落ちる。

 天体望遠鏡は無事だが、二人の前途多難な生徒が誕生したのだ。

 賦力第三高校らしい夜がまた訪れた。




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