渾身の一撃
真実の鏡は手に入れた。出生の秘密も知った。王暗殺の企ても知った。
最後のは想定外だったけれど、それでも王様を救わなければならない。
軽くルナマリアに目配せすると、彼女は回り込むように王のベッドに近づく。
こくりとうなずくルナマリア。まだ王は生きているようだ。
ただ、それも永遠ではない、とルナマリアの表情は語っている。多分だが、病気の進行が想像以上なのだろう。
それに少しでも隙を見せればマルムークが襲ってきそうだった。
僕はやつを王に近寄らせないため、ミスリルの短剣で腹を切り裂く。
やつの腹は斬れるが、その場で回復していく。
「不死身のトロール張りの回復力だな」
そう言うとマルムークはにたりと笑う。
「トロールなどと一緒にしてもらっては困るな」
と言うとやつは自分で腹を割き、臓物をまく。
するとやつの臓物が小型の悪魔となる。
「トロールにこう言う芸当はできまい」
と小さな悪魔が襲ってくるので、僕はそいつを一体、切り裂く。
渾身の力込めた剣閃だが、さすがに小型の悪魔には有効だった。真っ二つに割れると消滅する。
「ほお、なかなかやるじゃないか」
「お前もこいつみたいにしてやる」
強気に言うと二体目三体目を倒しに掛かるが、その最中もどうやってマルムークを倒すか考えていた。
(……普通の攻撃じゃ駄目だよな)
剣閃が効かないことは分かった。おそらくではある魔法剣もたいした効果は望めないだろう。
やつにはこうなにか根本的な攻撃が必要なような気がした。
僕は昔を思い出す。
「いいか、ウィルよ、悪魔には必ず弱点がある」
青空教室で教鞭を執る魔術の神ヴァンダル。彼は幼い僕に教えを与える。
「例えば弱点である心臓を身体の外に隠している悪魔もいる。心臓を別の場所に置いてあらゆる攻撃を無効化させるのだ」
「そういった敵はどうすればいいの?」
幼い僕は尋ねる。
「その心臓を見つけ出し、破壊するのがいい」
「なるほど」
――今現在に戻った僕はやつの弱点を探すが、どうやらこいつは心臓を隠しているタイプではなさそうだ。
ならばどうすればいいのだろうか。
別の過去が混入してくる。
「……ウィルよ、おめーは頭はいいが、頭で考えすぎるきらいがある」
剣の神ローニンの言葉である。
「戦場で最後に立っているのは頭のいいやつだが、戦場で一番格好いいやつはなにも考えずに剣を振るうやつなんだよ」
「……なにも考えずに剣を振るう」
「そうだ。小賢しいことは考えないで、自分の剣の腕を信じて一撃に掛ける。それが男ってもんよ」
「うん、そうする」
当時の僕は納得した振りをしたが、本当は納得していなかった。当時から僕は小賢しい子供で、ヴァンダルの言葉を優先する子供だったのだ。
――しかし。
どちらの教えも正しいはずだった。僕はやつに斬り掛かるとやつの弱点を探すが、やつはそうそう弱点を見せなかった。
ただ、考えながら放つ一撃と、なにも考えずに放つ一撃、双方がよほど堪えたのだろう。
マルムークは辟易とした顔をする。
「ええい、想像以上にうざったい小バエだな。なかなか死なない」
「いつまでもまとわりついてやる」
その言葉を有言実行したので、マルムークは本当にうざったくなったようだ。
殺す対象を変える。
僕ではなく、王を狙い始めたのだ。
「我の任務は王の殺害と血。お前の始末ではない。いつかは殺してやるが、先に殺すのはこいつだ」
その言葉を聞いてルナマリアはショートソードを構え応戦するが、それも儚い抵抗であった。
強大な魔力によって吹き飛ばされる。
ルナマリアはそれでも王を救おうとする。
傷ついた身体を叱咤し、王の前に立ち塞がったのだ。
「なんだ、小娘、なぜ、そこまでする」
「私はこのお方に仕えるものではありません。ですが、このお方は何百万人もの国民の運命を背負っている。絶対に奪わせません」
「なるほどな。けなげなことだ。ならばお前から死ね」
マルムークは右腕を上げるが、それがやつの命取りとなった。
僕は最後の瞬間まで考えることをやめなかった。最後の一撃はなにも考えずに撃った。
ただ、ルナマリアの命を救うために。彼女の献身に答えるために。
僕の内からあふれ出る強大な力、それは短剣を伝い、剣閃となる。
最強の一撃となって具現化するが、僕は迷わず頭を狙った。
頭に弱点があると確信していたからだ。
やつは首から下への攻撃は無頓着だった。どのような攻撃もかわすことなく、受けていたのだ。心臓への一撃すら痛痒に感じていないようだった。
しかし、首から上の一撃は違った。両手でしっかりガードし、ときには防御魔法も使用した。
「……っち、弱点に気がつきやがったか」
「最後まで考えるのをやめなかったおかげだ」
「だが、弱点が分かっても同じこと。お前の攻撃は効かない」
マルムークはそう言うと踏ん張り、防御魔法を唱えるが、何重にも貼った防御魔法は強固だった。
普通の戦士の一撃では一、二層貫くのが精一杯だろう。
樹の勇者と呼ばれたアナスタシアでさえ、五個ほど貫ければいいくらいか。
そんな防御層が三六重、重ねられている。
つまりそれは絶対に破れぬ障壁でったが、僕はその絶対を覆した。
「くっらえええええええええぇぇぇぇ!!」
そう叫ぶとありったけの力を、魔力を、短剣に込める。
短剣が壊れてもいいくらいの勢いで振り付ける。
事実、腐食しない銀と呼ばれるミスリルのダガーが軋み声を上げ、ひび割れる。
幼き頃、ローニン父さんにもらった短剣が悲鳴を上げる。
思い出が詰まった短剣が軋み声を上げる。
だがそれでも僕は短剣に込める力を緩めなかった。
父さんにもらった大切な短剣よりも、ルナマリアのほうが大切だったからだ。
彼女ともっと思い出を積み上げたかったからだ。
彼女の笑顔をずっと見続けたいからだ。
「ウィル様――」
ルナマリアの声が聞こえたような気がした。
彼女が目を見開き、僕を見てくれたような気がした。
それと同時に僕の内側から無限にも思える力が出てくる。
それを受けたマルムークの防御陣は崩壊を始める。
「な、なんだと!? 俺の防御魔法が!?」
五層、
一〇層、
二〇層、
三五層、
段階を踏んで壊されていく防御魔法。
まるでダムが決壊するかのように壊れていくが、最後に残された三六層目を破壊したとき、マルムークは言った。
「そ、そんな馬鹿なー!?」
それがこの世で最後の言葉となった。
こうして僕は邪心ソディアックの二四将のひとりを倒した。
聖魔戦争でも神々を苦しめた悪魔を屠ったのだ。