王の死、そして――
悪魔を倒した僕はルナマリアのもとへ向かうが、彼女はにこりと笑うと、
「さすがはウィル様です」
と微笑んだ。
世界一の微笑みを僕に向けてくれた。
胸の中がじんわりと熱くなり、頬を染めてしまう。
ルナマリアが盲目なことが助けになったが、よくよく考えれば彼女は僕の心音を聞き分けている。今の僕の早鐘のような鼓動を聞いているはずだ。戦闘直後のため、心臓の鼓動が早いと誤解してくれればいいが。
そんなことを思ったが、ルナマリアの意識が僕の後方に注がれていることに気がつく。
その方向に視線を向けると、そこに国王がいることに気がつく。
僕は国王を救出にきたことを思い出す。
そのまま国王のところまで向かうと、この国の王を見舞う。
王はうっすらと目を開け、こちらを見つめていた。
口元に微笑を浮かべている。
悪魔を命を狙われた後だというのに、肝が据わっていると思ったが、それだけではないようだ。
王の顔からは明らかに生気はなかった。彼の表情は病人、それも死病に冒されたものに酷似していた。
――つまり、彼の寿命は尽き掛けている。
国王の瞳には悪魔は映っておらず、それと対峙し、雄壮に戦っていた僕だけが目に入っていたようだ。
ルナマリアもそれを察したようで、地母神に祈りを捧げながら、国王の手を握りしめるように諭してくる。
「ウィル様、国王陛下には時間がありません」
「――分かっている」
僕は短く答えると、国王の横に寄りそう。
彼の横に膝を突くと、この国の王の手を握りしめる。
国王はか細い声で言った。
「……ウィリアム・アルフレード」
それは国王の息子の名前だった。
十五年ほど前に行方不明となった息子の名前だ。この国の後継者の名。――僕の仮の名前。
そう思った僕は、国王を父と呼ぶ。
「……父さん、父さん」
僕がそう言うと国王は目を細める。
「……ウィリアム。わしを父と呼んでくれるか」
「当たり前じゃないか、僕はウィリアムだよ。父さんの息子だ」
「……しかし、お前を政争に巻き込み、過酷な運命を与えてしまった」
「過酷な運命? そんなことはないよ。テーブル・マウンテンで僕を拾ってくれた神々はとてもいい人たちだった。とても優しい人たちだった」
「……そうか、それはよかった」
国王はそう言うと、神々を褒める。
「……きっといい神々なのだろう。文弱なわしの息子をここまでの勇者に育て上げてくれるのだから」
この国の国王は、お世辞にも武力に秀でた国王とは言えない。
前線に出たことはほとんどなく、後宮の奥からいくさを指示していた。狩りや武芸よりも詩作や音楽を愛する風流人でもあった。
ゆえに家臣から軽んじられ、一五年前にクーデターを起こされたのだが、そのときのことを気に病んでいるのだろう。
自分の惰弱な部分が息子に遺伝しなくてよかった、と心の底から喜んでいる。
僕は父さんの手を握りしめると言った。
「……父さんは惰弱じゃない。優しい王様なだけだよ。僕は父さんの子だ。だからここまで強くなれた」
「……そうか。そう言ってくれると嬉しい」
それが国王の最後の言葉だった。
この国の一三代目の国王。長きに渡ってミッドニアの玉座にあった男は満足げにそう漏らすと、その人生に幕を下ろした。
僕はうっすらと目を開けている父さんのまぶたを軽く撫でる。
すると彼は目をつむる。二度と目を見開くことはなかった。
こうして僕は国王の死を看取った。彼の死を回避することはできなかったが、彼の運命は変えたつもりだった。
それがいいことなのか、悪いことなのか、まだ分からないが、少なくともルナマリアは満足しているようだ。
彼女は深々と僕に頭を下げると言った。
「『ウィル様』、ご苦労様でした」
僕は彼女に微笑み返すと、「ありがとう」と言った。
短い言葉であるが、その言葉には色々な意味が込められている。
僕を旅に連れ出してくれてありがとう、ここまで導いてくれてありがとう。いつも一緒にいてくれてありがとう。
――そして、たぶん。
これからも一緒にいてくれてありがとう。
それが僕の偽らざる本音だった。




