二十八
「やっ」
「うお、亜人がいる」
「…………」
初対面の亜人にその台詞は酷いと思う。パンダみたいな頭してるくせに。
俺が弐を睨むと、気付いていないのか弐はあたりを見回してからこう言った。
「なあ、参幅霧ってやつこの辺にいるらしいんだけど、知らないか?」
「ああ、俺のことだ」
「そうか」
次の瞬間、無言で斬りかかられた。
俺は慌てて横に跳んで避けた。
「うおっ!? いきなり何すんだよ!」
「そりゃこっちの台詞だ! 地図が変わるところだっただろ!」
「地図が!?」
自分の心配とかじゃないのかよ!
「一回殴らせろ!」
「斬りにかかってるだろ! 斬り殺す気だろ!」
「斬って弱らせてから殴る」
「斬るの前提なんだ!?」
つらりと光る水の刃は、思わず息を呑んでしまう程妖しい美しさだった。刀を模した水は陽の光を受けて黄金色に輝いている。
なんだか、隈も酷く、病的に曇った眼を持つこの男には不釣り合いにもほどがあるだろうという程に美しかった。
「ふん!」
「ぐはあ!?」
剣先から拳が飛び出してきて殴られた。拳に回した分、剣の形を保つための水が少なくなったのか、弐の右手と水の拳は細い管の様な形状の水で繋がれていた。
なるほど、能力者と水が触れ合っていないと水を操ることが出来ないという事か。水の無い環境ではどう対処するのだろうか。気になってきた。
俺の興味を知らない弐は満足げに頷くと、俺に話しかけてきた。
「……壱乃樹と常夏月はいるか? というより、知ってるか?」
「え? ああ、まあな。家の中で寝てると思うぞ」
「そうか。壱乃樹は早起きが出来ないから仕方ないか」
早起きと言うか、夜明けとともに目覚めるのは早過ぎではないだろうか。弐なんて、見た感じ寝ずに歩いてきたようだし。ん? それとも近くで寝てたのか?
まあいいか。
「ああ、お前。何て名前だ?」
「……弐騎継被」
「酷い名前だな」
二の次を被るってことか? うーん、つまりいつでも後回しにされる、どうでもいい存在だという事だろう。
可哀相に。
鼻で笑ってやった。
素手で殴られそうになったので彼の拳を右手で受け止めた。
「色々言いたいことありそうだけど、とりあえず外は寒いからお茶にしようぜ」
「いつか殺す」
「いつかな、いつか。今はやめろよ」
「そうだな」
何だその返事は。意味が分からなかったぞ。
「よし、目指せ近畿!」
玄関を勢いよく飛び出しながら壱乃樹が叫ぶ。俺は無言で手を叩き、彼の着地地点の地面に窪みを創った。
「ぐはあ!」
壱乃樹は清々しくなるぐらい勢いよく転んだ。
俺とキョウコは満面の笑みだ!
「なんだお前ら……」
「あ? なんだって何だよ」
「いや、やっぱなんでもない」
弐騎継はよくわからないこと言うな。
そう思っていると、地面に突っ伏していた壱乃樹の右手がゆらゆらと空を掴み、ドスンと地面に叩き付けられる。
「~~~~っ! 参幅霧ぃ!」
「おう、なんだ」
壱乃樹は我慢できないという風に勢いよく起き上がる。コートは泥で汚れていた。
「いきなり何すんだよ! 危ないだろ!」
「わるい、つい悪戯心で」
「悪戯心で済まないぐらいドキドキしたから! 心臓バクバクだったから! なんで足場をなくすんだよ!」
「だから、つい出来心で」
「超能力を悪戯に使うなよ!」
いい天気だなー。
雪が積もった北海道の景色は圧巻だった。
高台にある俺の住んでいた家は常に熱を発する謎素材で出来ているため、周囲の雪はさっさと溶けるのだが、家から離れればそうはいかない。
三メートル以上積もった雪が辺りを覆いつくし、先程の弐騎継との戦闘で吹き飛んだ雪もあるが、そことは家を挟んで反対方向を見ればギラギラと白銀の世界と化していた。
俺は壱乃樹の話もそっちのけで、目の前の神秘的な景色に思わず溜め息を吐いていた。
やはり、自然が最も美しいと再認識していた。
おそらく、この銀の輝きを持つ雪はしばらくの間は北海道の大地を覆う事だろう。
が、次の瞬間全ての雪は大地に染み込んだ。
「…………、は?」
全ての雪が褐色の大地に沈んだ。
こんなことする奴は一人しかいない。現に、濡れた手を地面に置いている男が俺とキョウコの後ろに一人いた。
弐騎継被だ。
殺すまで行かないにしても、とりあえず『全力』で殴る。そう心に決めて踵を返し、弐騎継の方を向く。
「に――」
「ぷはぁ! 溺れるところだった!」
「げぇ!?」
突然、真っ黒なローブを着た少女が俺と弐騎継の間に現れた。
地面に突然あいた穴から、モグラ叩きのモグラのように上半身だけを露わにしている。幼い顔の少女で、歳はキョウコより幼いだろう。
穴から現れた少女は全身びしょ濡れで、ローブが身体に張り付き体型を露わにしている。寸胴体型だから別に色気も何もあったわけではないけれど。濡れた狐色の髪は日に照らされ輝いていた。
「あ! パンダちゃん!」
「来るな!」
穴から現れた少女は四方八方から現れた水の棘を穴から飛び出すことで全て避けた。追撃の水の拳は地面に潜ることでやり過ごし、次の瞬間少し離れた場所からボバッ! と飛び出してきた。直後、彼女の飛び出してきた穴から巨大な水の柱が生えた。
「もー、パンダちゃんは愛情表現が激しいなあ」
「うるさい死ね!」
少女は華麗なステップで水の龍から逃げ切った。




