二十七
「……はあ」
俺は家の裏に溜めておいた雪解け水で沐浴しながらため息を吐く。
壱乃樹を見ているだけで心が疲れてしまう。
恋と言う可能性を考えてみたが、どうも違う感じがする。
彼からは違和感しか感じられないのだ。
それはきっと、彼がこの世界の人間でないからか。……信じる気は無いが、一番可能性があるとしたらそれだろう。
「意味わかんねー」
大分混乱しているようだ。
俺は沐浴用の白い浴衣ごと身体に付着する水を蒸気に創り変え、垢もついでに蒸気に変えておく。空気中の塵を核に普段着の浴衣を創り、適当に着崩して羽織る。
「確か今日か」
俺は東の空を眺めながら夜明けと共に呟く。
壱乃樹がやってきてから三日。この期間は、しなくても良い掃除をする壱乃樹をキョウコと一緒に眺めながら過ごした。掃除については、俺はしたことは無いがこの身体の元持ち主はよく掃除をしていたようで、壱乃樹の掃除の仕方が下手だという事がよくわかった。
床だけ掃いているという時点で論外だ。埃は棚の上や机、椅子の上に積もり、日中は宙に舞い夜中は下に沈む。上から下に向かって掃除をしなければ、掃いた傍から埃が舞ってしまうのだ。
わかってねーなと思いつつも、掃除はしたくないので口を出さなかったが。おかげで暇は潰せたので良かったと思う。
「……人影、ってことはアレが弐か?」
日の出をバックに誰かが歩いてくるのに気付いた。
……あいつが壱乃樹の馬鹿と逸れたせいで俺はストレスが溜まったんだよな。聞きたくもないのに壱乃樹は自分の話ばっかりするし、気持ち悪い照れ笑いばっかり浮かべるし。
そう思うと、弐を一発殴っても怒られない気がしてきた。
「いや、流石に殴るのはな。……ちょっとだけならいいか?」
何がちょっとなのだろうか。
まあしかし、人影が見えたらとりあえず巨大な岩石を投げつけるという恒例の儀式をすることにしよう。
壱乃樹の時は、豪雪だったし、何より真夜中だったので人は来ないと思っていた。北海道民はドアなんてノックせずにぶち破るか、消し飛ばすかの二択だ。家の壁が消えて二階が降ってきたときはとても驚いたものだ。
「――よっと」
俺は空気中の塵を核に直径十メートル程の鋼鉄の固まりを創り出し、それが地面に着く直前に右足で思いきり蹴り飛ばす。蹴ったことにより、鋼球が少し凹んだ。
鋼球は風圧で地面を抉り、周囲にまき散らしながら真っ直ぐ人影に向かって突き刺さっていった。
「ん?」
ドン…………、と空気が震えた。一度も地面に着くことのなかった鋼球が止められたことによる衝撃波だろう。消し飛ばされることは無かったので、危ない右手の野郎でないことはわかった。
あの透明で巨大な右手を見れば、それが止めたことが容易にわかる。あれは何だろうか、動きがぎこちない。
透明な右手は鋼球を掴み直すと、大きく振りかぶってこちらに投げ返してきた。鋼球は大きく弧を描きながら、こちらに迫ってきていた。
「やるようじゃないか」
俺はくつくつと口に中で笑い、地面を蹴って空中に踊り出た。鋼球が鈍く光り輝きながら迫ってきている。
俺は左脚を地面と垂直になるように振り上げ、
「――せぇい!」
全力で振り下ろした。
ガンッ! と重々しい金属音と共に先程とは比べ物にならない勢いで鋼球は人影に向かって一直線に突き進んでいった。
「――ぉぉぉおおおおおおおおおおおお!」
男の叫び声が向こうの方から聞こえてきた。同時に、地面から十本以上もの透明な手が生え、砕かれながらも鋼球の勢いを殺していく。
「おお! まるでヒーローだな!」
俺は自由落下しながら叫んだ。が中途半端な勢いの殺し方をすれば、周囲を吹き飛ばす程度の威力を持った鋼球が透明な手に弾き飛ばされ、運が悪ければどこか人の住む集落に落ちてしまうだろう。
自分を殺さず、他人も殺させない。
無駄な犠牲は極力出したくないという、まるでわがままなヒーロー精神だと思う。まあ、そんなやつが仲間になるのは悪くないと思うが。
俺が地面に着地する前に、鋼球が地面に落ちた。どうやら、無事鋼球を止めることが出来たみたいだ。
「あの手は水、かな。弐は水を操る能力か」
操れる水の範囲がどれほどかはわからないが、あれだけの大質量を操ることが出来るのだ、相当の力量と判断して良いだろう。
……殺されないように気を付けるとするか。




