二十五
「しっかし、凄い雪だなー」
ゆらゆらと、ベルトの装飾品かと思われる革製の尻尾を揺らしながら壱乃樹は窓に張り付いて外の様子を見ている。
キョウコはそんな壱乃樹を恨めし気に睨みながら俺の隣に座っている。
「明日辺りには止むんじゃないか?」
「そうなのか?」
「……楽しそうだな」
俺はブラックコーヒーを口に運びながら壱乃樹を見た。
……彼は猫が好きなのだろうか。笑うと口の中から覗く犬歯が猫っぽさを強調しているようにも思える。あのフードだって猫耳が付いているし……。
本当はただの変態なのではないかと錯覚してしまう。
「……ガキっぽ」
ぼそりとキョウコが呟いた。
キョウコを見てみると、足の上で組んだ両手の指が落ち着きなく動いていた。落ち着きがないという点ではキョウコも壱乃樹も子供だな。
「そう言えば、どうして三日後に合流できるって断言したんだ?」
俺は、先程の壱乃樹の言葉に疑問を持ったので、口に出して聞いてみる。
すると、はしゃいでいた壱乃樹が急に静かになった。
「……どうしたんだ?」
「いや、被と合流出来たら常夏月ってやつの墓に連れてったやらなきゃな、ってさ」
「仲間か? ……なんか悪いな」
「いや、いいよ。あいつも覚悟してたことみたいだしさ」
それっきり、壱乃樹は口を開かなかった。
窓の外を見るその後ろ姿は、先程とは打って変わって悲しげなものに見えたのだった。
「……なあ、壱乃樹」
なんとなく、俺は口を開いた。
「なんだ?」
俺は彼の背中に何を感じたのだろうか。
自分の事もわからない奴がそんなことを考えても答えが出るはずもなく、俺の心中を知らない壱乃樹は笑顔で振り返る。
「少し、話さないか?」
俺が言うと、隣でキョウコがむくれた。頬を膨らまし、涙目でこちらを見てくる。
俺は笑ってキョウコの頭を撫でた。
「もちろんキョウコも一緒だ」
「……! はいっ!」
キョウコの泣きそうな顔が一気に晴れやかな笑顔になる。
俺は少し笑い、壱乃樹の方を向く。彼は既に椅子に座っていた。
「……話って何だ? 暇だから聞くけど」
「素直じゃねえなお前」
「素直に人と接してたらあっさり二、三回死んだからな」
何言ってるかちょっとわからない。
「そうだな、亜人って知ってるか?」
「亜人なんてファンタジーだと思ってたな。……お前を見るまで」
「じゃあ、お前にとっての北海道って何だ?」
「はあ? ……乳製品は美味いらしいけど別に北海道にまで行って食べようと思う程ではない」
「…………何言ってんだ?」
乳製品? 北海道は雪が凄いしか取り柄が無いだろ。頭大丈夫なのか?
まあ、こいつが俺の話したいことについて全く理解がないという事がわかった。
「んん。亜人ってのは四国で創られたって知ってたか?」
「いや全く。四国って過疎地じゃなかったか? そんな化学発展してんのか?」
「科学って言うか、医学かな。医学方面に特化した科学だ。悪用すれば最近平気だって作れる程だと思うぞ」
「それをチラつかせれば戦争終わるんじゃないのか?」
うんざりした顔で壱乃樹は言うが、どこか納得した様な顔だった。
「今さっきお前が言ったように、人が少ないってのもあるが、あそこは戦争が始まった当時、各地方から入院していた患者が沢山いたんだ。人を殺す事よりも人を生かすことを生きがいにする奴らだ、戦争参加よりも武装蜂起を優先したんだ」
「……ん? どういうことだ? 戦争に参加する前から武装蜂起ってことは、つまり宣戦布告された直後降伏するってことか?」
「ちょっと違うかな。宣戦布告されそうになったからその前に中立国宣言したみたいな」
「はあ……」
「人助けに武器はいらないってことだ。まあ、亜人はどうして人間より運動能力が高いのかと言われれば、戦争目的も視野に入れていたと答えることもできるけどな」
俺は自分の狐の耳を触りながら言った。
「だけど、お前はどんな亜人が多いか知ってるか?」
「さあ? 猫とか?」
「確かに猫もいるな。だけど、それだけじゃない」
俺は少し間を置く。キョウコが難しそうな顔をしていたのが目に入り、軽く頭を撫でてやった。
「海外との接点が強く、戦争が始まる前から多くの武器を所持していた九州は、真っ先に四国を攻撃した。空爆だな。ついでに中国に余った爆弾を落としてたみたいだが、一番の目的は四国の医療機関としての機能を停止させることだ。四国の医学は日本だけではなく、世界からも逸脱していて、味方にすれば心強いが敵にすれば恐ろしい。九州は四国を味方にすることよりも、さっさと排除することにしたようだがな」
「……でも、失敗してないか?」
「四国は地図から消されない限り何度でも立ち上がるからな。バカみたいに躍進させた医療技術が役立ったってわけだ。ついでに空爆した中国との仲間意識も強くなって、結果的に九州に利益は何一つなかった、って結果になったわけだ」
俺は自嘲的に肩を竦める。
大公千夜を思い出したためだ。
……ただの人間のくせに、力技だけで九州を制圧してしまった少女は、果たして本当に人間だったのだろうか。




