二十二
「て言うかそもそも、ここは何処だ? 何で俺は此処にいるんだ?」
俺は辺りを見回しながら言う。ここは真っ白な回廊のようで、この回廊には影は存在せず、白がどこまでも続いていて距離感が掴めなくなってしまう。
回廊の壁と天井には様々な白い時計が張り付いており、勝手な時間を指しながら、秒針や分針が時計ごとにそれぞれ違う速さで動いている。
再び俺は黒い少年の方を向く。黒い少年は脇に抱えていた黒革の本を開きながら言った。
『ここは、そうだね。僕の世界、とでも言おうかね』
「はあ? よくわかんねえな」
『わからないならそれでいいよ。今は時間もないしね』
「意味深なこと言うなあ……。じゃあ、俺は何で此処にいたんだ?」
『さあ? うろうろしてたらいつの間にかここに君がいたんだよ。それが十六年前かな。すぐに寝て、ずっと目を覚まさなかったけど』
「よく死ななかったな、俺。どこの昔話だよ、アホか。三年どころか一週間経たずに死ぬだろ普通。ここは病院でもないようだし、信じられるかそんな話」
俺はわざとらしくため息を吐きながら言った。それを見た黒い少年は何故か鼻で笑う。イラっとして俺は黒い少年を睨む。
「ああん?」
『いや、ここにいる君はいわゆる意識体、魂っていう概念なんだよ。魂が肉体から離れて、ここで十六年間眠ってたってことだよ』
「……やけに詳しいじゃねえか」
『君がここに来ること自体知ってたし、そもそも受け入れたのが僕だしね。知ってて当然だと思うよ?』
「てめえ、さっき何で俺がここにいるかわからねえみたいなこと言ってなかったか。面識があるとかとも言ってたけど、お前が黒い少年ってことしか知らねえし、そもそも俺とお前は会ったことあったか?」
『君がいつ来るかわからなかっただけだよ。面識があるのは君だけだよ。今の僕じゃなくて、前の僕だけどね』
「……何言ってんだ?」
確かに黒い少年と一言二言話した記憶が無いでもないが、実際怪しい。黒い少年の言っていることが本当なら、俺は十六年も寝ていたわけだ。その間に色々忘れてしまったのかもしれない。
そこで、俺の中で一つ疑問が生まれた。
「……なあ、質問いいか?」
『僕が答えられる質問ならいいよ』
「……俺の肉体は何処だ?」
『今まさに壊れる直前だよ』
「おいやべえじゃねえか! 俺の肉体が死ぬと俺も死ぬんじゃねえのか!?」
俺は黒い少年の言葉に焦り、思わずその肩を掴む。
『いや、そうでもないよ』
「え? そうなのか?」
しかし、次に出た黒い少年の言葉に間抜けな声を出してしまった。だが、再び焦ることとなる。
『まあ、魂と肉体は相性ってモノがあるから、君の肉体が完全に死んでしまえば、君はもしかするとずっとこの回廊に囚われたままなのかもしれないね』
「だーっ! どうすれば俺の肉体に戻れる!?」
『まあ落ち着きなよ』
「これが落ちついていられるか!」
俺は力任せに壁を叩いた。ドムッと生々しい音が聞こえるが、気にしていられるほど俺は冷静ではない。……ドムッ?
「おいこの壁何かおかしくないか……?」
『ああ、気にしなくていいよ。慣れれば平気だから』
俺が壁を指差しながら黒い少年に聞くと、なんでもないという風な答えを貰った。
「気にするなって……」
『いいから。さっきも言ったように時間もないから落ちついて聞いてくれると嬉しいかな』
「あー、もう、へいへい……」
俺は諦めて首を振り、頭を冷静にする。まずは俺の身体を取り戻さなければならない。
『まず、君の身体は女の身体だから注意してね』
「……はぁあ!?」
女!?
『君の人格は参幅霧凧って言う、化け物そのものだからね。化け物は人格を持つと男性になるみたいだけど、主人格と融合すると女性の人格になるという設定らしいよ』
さっぱり意味が分からない。
「その本読みながら言うなよな。て言うか、設定って何だよ、設定って」
『この世界のルールのことだよ。まあ、過去に何度かだけど設定外の想定内な異常な事態は起こったけどね。すぐにそんな時代は滅びたけどね』
「はあ? 意味わかんねえよ……」
ぽんぽん、と黒い革の本を叩く少年を見ながら俺は肩を落とした。嘘くさくて仕方ないのだが、この少年に言われると妙な信憑性が感じられて仕方がない。
『つまり、僕の言うことに従えば君は肉体を取り戻せるってこと。取り戻すって言うか、奪い取るって言った方が良いかもしれないけどね』
「何でも良い、さっさとその方法を教えてくれ」
『わかったよ』
そう言うと、黒い少年は俺の右を見るよう指で示した。それにしたがって右を向くと、狐を模した時計があった。なぜか、それだけ目立って見える。何故だろうかと考えて、すぐに思い当った。
それだけ、影があるのだ。他のモノには影など存在しないのに。
「なんだこれ?」
『それに触って、意識をその時計に集中してみるといいよ』
「こうか?」
俺は狐の時計に右手で触ってみる。
『そうそう、そのまま時計の向こう側に行くつもりでいて』
「どんなだよ……」
何が言いたいのかよくわからないが、とりあえず言われた通り、時計の向こう側を見るつもりで狐の時計に意識を集める。
…………。
………………。
……………………。
ああ、そうだ。
ふと、誰かの声が聞こえた。嫌になるくらい平坦な声だった。
北海道で彼らを待つといいよ。
「―――――ッ!」
バチン! と雷に打たれたような衝撃が脳天から足先に向かって電流のように伝わっていった。
その衝撃で、横たわっていたらしい身体が地面から跳ね起きる。反射的な動きだったが、自分でも驚いた。だから、隣で俺を見ていたらしい人間は余程驚いただろう。
「なっ!? か、身体は平気か?」
「いや、どうだか……。生まれてこの方、ずっと眠りこけてたからな……。この身体の元持ち主の記憶がなけりゃ立てなかったかもな」
「…………誰だ貴様。三冬燐火ではないな」
「あー、あー……そう、俺は三冬燐火とか言う小娘じゃないな。身体は仕方ないけどな」
俺は大公千夜とか言う怪力洗濯板女を指差しながら言った。少女は警戒したまま後ろに一歩下がった。
そうそう、そのままこっちに近づくなよ……。
「……じゃあな」
俺は思いきり後ろに、海に向かって大きく跳んだ。
「あ! 待て!」
「うお!?」
俺が後ろに跳んで逃げたとわかった瞬間、大公は地面を蹴って砲弾のような速さでこちらに迫ってきた。
俺は反射的に空気の壁を創り、大公の動きを一瞬だけ止める。
一瞬だけしか止められなかった、と言った方が正しいか。しかし、それだけあれば俺の脚力でどうにかなる。
俺は足の裏辺りに圧縮した空気の塊を創り出し、思いきり蹴りつけ海面に急降下する。
「じゃあな! 洗濯板!」
俺は海面すれすれに大きな空間の歪を創り、そこに飛び込んだ。




