二十
とある兵の一言が、混乱を呼んだ。
「てっ、敵襲! 敵襲です!」
一瞬で騒がしかった空気が緊張した。誰もが話をやめ、高台に上り望遠鏡を握る兵の言葉に耳を傾けた。
兵は続けて叫ぶ。
「か、数は一人!? 一人ぃ!!」
必死に、声を引っ繰り返しながら叫ぶ兵の言葉に、今度は誰もが困惑した。
「一人? 見間違い、にしてもあり得ないか」
「囮ですかにゃ?」
「そうかもしれないね」
何にしても、敵影が肉眼で見えるようになるまで動くなと言われている。私は大刀の柄を握り直し、じっと関門橋を睨んだ。
「敵は一人で関門橋を渡っております!」
「ええい、もういい! 総員、迎撃の準備だ!」
「……ああ、そういうことね」
一対多の方が、戦いやすいと踏んだのか。確かに、これだけ個性豊かな兵士が一致団結する姿など私も想像できないし、それに相手の方も相当のやり手を放り込んできたに違いない。
これで、一瞬で負けてしまえばお笑い草にもならないけれど。
「ま、厄介な敵になりそうかな」
「三冬さん、独り言が多いですにゃ……」
「ああ、はいはい」
なんか、昔想像してた未来像と違うな。そう思いながら、大刀を片手で持ちあげ、右肩で担ぐ姿勢になった。
来た。
そう思った瞬間、全身から溢れんばかりの闘志が漲ってきた。
大刀を握る右手がミシリと音を立てる。
「…………? どうしましたかにゃ、三冬さん?」
「さがって。早く」
「は、はいですにゃ!」
私が短く言うと、猫目は慌てて十メートル程さがっていくのを気配で察す。正直足りない気もするが、私が先頭を始めれば勝手に後ろにさがるだろう。
「っ!」
不気味な気配が強くなり、関門橋の上を睨みつける。ちょうど、見張りの兵が敵を見失ったとわけのわからないことを叫んだ時だ。
身を隠す能力、だろうか。だが、気配は感じる。異質で恐ろしい、とても巨大な殺戮者の気配が。
すぐ近くまで来ている……。
すぐ近くに……!
「そこっ!」
「なに!?」
私は大刀の腹を正面に向け、自分の方を向いている大刀の腹に左手を添えながら、関門橋へ向かって突進した。
突如、目の前に髪を肩まで伸ばした革のつなぎを着た私と同じくらいの少女が現れた。両腕を胸の前で交差させ、両脚で押し倒されないように踏ん張りながら、私に押され橋へと交代させられている。
その顔には驚きが浮かんでいる。が、それはすぐに苦笑へと変わった。
「なるほどそうか、見えなくなるだけではいかんのだな」
そう呟くと、突然少女の身体が浮き、バガン! と両脚で大刀の腹を蹴り私との距離を作った。私は大刀を橋に突き刺し、突進を止める。
そして、有無を言わさず大刀を引き抜き少女に向かって投げつけた。
「私の名は大公千夜。貴様の名は何と言う?」
少女は片手で大刀の刃に当たる部分を素手で掴み取りながら、そんなことを言った。
「…………?」
なぜそのような事を言うのだろうと一度首を捻り、片手で大刀をくるくると回す大公に気付き私は驚きのあまり思わず息ができなくなった。
振り下ろすだけで船を沈めるほどの大刀を目の前の少女は片手で遊んでいるのだ。
「もう一度聞こう。貴様の名は何というのだ?」
「……三冬燐火」
「ふむ、良い名前だ。……これ、返すぞ」
ひょいと、軽い荷物でも投げ渡すかのように大公は私の大刀をこちらに投げる。私はそれを両手で受け取ってしまった。ずきりと心が痛む。
まるで、何かに裏切られた気分がした。しかし、いつもの何ら変わらない、ずしりとした重さが手の中にあり、敵の前だというのに安心してホッと溜め息を吐いてしまった。
「では、私はここで失礼するよ」
「え?」
背後から聞こえた大公の声に思わず間抜けな声を出してしまうが、私が振り返る前に首の後ろに手刀を当てられ、意識を刈り取られた。
遠くなる意識の中、大公が呟くのが聞こえた。
「ふむ、亜人か……」
「ぶはぁ!?」
大公の独り言に寒気がし、一瞬で意識が戻ってきた。倒れる勢いを利用して、大刀を地面に捨てながら前に転がり起き上がる。
私の意識があることに首を傾げながら、大公は斬りかかってきた一人に兵士を蹴り飛ばし、集団の中に蹴り戻した。九州防衛軍兵の塊が弾けたようにバラバラに吹っ飛んだ。
大公は背を向けたまま私に話しかける。
「むう、やはり亜人は身体が丈夫か。流石、と言うべきか」
「この、いつの間に後ろに……!」
「貴様の大刀を投げた時に、その陰に隠れて移動しただけだ。ちょうど、貴様の意識も大刀に向いていたみたいだったしな」
「うぐ……」
まあ、あちらの兵などどうにでもなろう、と大公は踵を返しこちらを向く。ざわりと全身の毛が逆立つのがわかった。
「ふふ、やはり亜人は鬼ではなく獣の方が好みだな」
「ひっ!」
思わず一歩後ずさる。
目の前の少女と私の腕力は同じぐらいだろうか。戦闘技術には自信があるが、大公には負けるだろう。おそらく精神的にも相手の方が勝っていそうだし、何より相手の方が余裕がある。
ここは逃げるべきだろう。
だが、逃げれば反逆者として扱われ、結局何処にも居場所がなくなってしまう。
だから、戦わなければならないだろう。
「心を鬼にして、心を鬼にして……」
「む?」
私が心を落ち着かせるためにぶつぶつと呟き始めると、それを面白そうに眺めながら大公は飛んでくる銃弾を素手で掴み取る。
…………。
駄目だ、目の前の異様な光景のせいで落ちつけない……。なんで振り返らずに銃弾を掴み取れるのだろうか? 私でさえ見えてなきゃ無理なのに。
なるほど、中国・四国側は囮と言うより、こちらにとって強敵となりそうな者を送り込んできたようだ。
強敵と言うよりも、最終兵器や奥の手と言った方が良い気がするが。




