十八
私は自分の部屋で待機していた。暇なので、ずっと腕立て伏せをしているのだが。
鍛えなければどんどん体が鈍ってしまう。もっとも、肉体改造してあるので、私に限ってはそんなことは無いのだが。では何をしているかと言えば、腕立て伏せを何回連続で出来るかと言うゲームである。回数は日に日に増えていくのは目に見えているので何の面白味もない。しかし、やることが無いのでやっている、といった感じだ。
なんだろう、ここに来た意味が無い気がしてきた……。
こんこん。
突然ドアがノックされる。私は腕を曲げたままの姿勢で硬直し、息を潜め気配を消す。位置的に、ドアを下から睨むような形で固まることとなった。
そんなことより胸が圧迫されて……。苦しいです。
「…………トイレかニャ?」
ドアの向こうの人物はそんなことを口走った。
トイレじゃないよ。あと、鍵閉まってるからそんなにドアノブをガチャガチャされてもうるさいだけなんだけど……。
て言うか、私じゃなくて千尋とか九十九とかに絡めばいいんじゃないのかな? 千尋はなんだかんだで付き合ってくれそうだし、九十九はなんだかんだで気が合いそうだし。
私、変人の知り合いはいらないよ?
こんこん、とドアがもう一度ノックされる。
…………。
………………。
……………………。
よし、いなくなった。
私は再び腕立て伏せを再開した。うっ、あの姿勢は結構辛かったか……。
昼になり、食堂の鐘の音を聞くや否や私は自分の部屋から廊下へ飛び出した。
ドンッ!
ちょうど、ドアの影に居た誰かを吹っ飛ばす形で。
て言うか不運すぎるでしょ。誰だよそこに居た人。確認するためにドアを閉じ、右を向く。
思うんだけど、内側に向かって開く形のドアじゃ駄目なのかな? 敵襲があった時の目晦ましにはこのドアはいいと思うけどさ……。
果たしてそこに居たのは軍事部長であった。
なぜ軍事部長がここにいるのか? 答えは当然、偶然を装って待機命令を守らなかった私を捕まえるためだろう。
しかし、普通の考え方をすればどうだろうか。男性の軍事部長が女子の寄宿舎に、しかも最上階の三階にいる。一体何故? どうして? 下心があってとしか考えられない。
だから私は、コンクリートの床にぐったりと寝そべる軍事部長を指差しながら、あらんかぎりの大声で叫んだ。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
ゴッ! と股間を蹴る。ちゃんと潰れたかな?
それから一時間後、所変わって九州防衛軍総司令部。私は千尋と九十九と共にお叱りを受けていた。
反省することも無く、半分寝ていたので内容はあんまり覚えていない。たしか、いくら非常事態でも上官を蹴り飛ばすな、だったか。
私達が亜人代表として見られる事もあるのだから、そういう事を意識して行動するように、と口を酸っぱくして言われてから退室させられたので、しっかりと頭に刷り込まれている。
「ああもう、燐火が別の寮で大丈夫なのかって千尋と話してたらこれだぜ? ほんと嫌になっちまうよ」
九州防衛軍総司令部を後にして緊張が解けたのか、疲れた口調で九十九が沈黙を破った。
まあ、二人に言ってないだけで他にも色々あったしね。
「まあまあ、燐火に悪気はなかったんだからさ」
悪気がなかったわけではないが、て言うか、泡吹いてぶっ倒れてた軍事部長を見た時は不思議とすっきりした気分になった。
「それでも、あれはやりすぎだろ……」
「いや、ちゃんと加減したからね?」
「加減しなかったら軍事部長は今頃真っ二つだっただろうな」
「うぐぅ……」
潰す気だったけど殺す気はありませんでした。一度痛い目見ればいいんだ、あのストーカーもどきは。つけ回されてる気もしたし、普通に気持ち悪かったので仕方ない。
「て言うか、なんで軍事部長は女子寮にいたんだ?」
千尋が不思議そうに言う。それに九十九が笑いながら答えた。
「下心でもあったんじゃねえの?」
「えー、私亜人だよ? 亜人嫌いの軍事部長がそんなことするわけないでしょ?」
「アホだなあ、上の耳と尻尾千切っちまえば人間と一緒だろ?」
「ッ!」
何故かわからない。
だが、身体が勝手に動いていた、と表現すればいいのだろうか。
私は九十九の首筋に手の平にすっぽりと収まる程度のナイフを突きつけていた。
「な……っ!?」
「燐火!」
「――――! あ……、ごめん……」
私はいそいそと手の平サイズのナイフをしまう。
九十九はあまりのことに驚きを隠せない様子だったが、すぐにいつもの表情に戻った。動揺は隠しきれていないようだったけれど。
千尋は私を庇うように九十九に説明を始めた。……何を?
「燐火は人間に虐められてたから、一緒にされるのを嫌がってるんだよ」
「いや、私人間に生まれてくれば良かったって何度も思って死のうと頑張ってたからね」
「え、すげー初耳」
千尋もびっくりしていた。それもそうだろう、話していなかったのも頷ける内容だし、出会ったのも五年以上前、普通に十二歳の精神的に幼い時期だ。自分の心の中の大きすぎる闇をみとめられないというより、直視できない時期だ。話せていないのも仕方ない。
そのことを千尋もわかっているのか、それ以上の言及はなかった。
「まあ、人間になりたいなんて、今は思ってないけどね」
それでも、取り繕う様に私は言い訳じみた台詞を吐く。
「思ってないのにあの動きか?」
「あれは無意識にで、その、防衛本能って言うか、アイデンティティっていうか……」
「いや、アイデンティティはなにかおかしいだろ」
「で、でも! 人間と一緒にされるのは嫌じゃないんだけど、こう、九十九がさっき言ってたのは、なにか違うじゃん?」
耳を千切るとか、獣耳を持つ亜人には絶対に言ってはいけないセリフだと思う。尻尾取るも同じくらい駄目。
「うーん……。まあ、俺は今のままの燐火の方が良いけどな」
「同じくー」
「なんか……、二人に言われると馬鹿にされてるっぽーい」
私は、そこにあることを確かめるように、自分の狐の耳触るように頭を抱えながら言った。
「いたっ」
予想通り、千尋に頭を殴られた。




