十七
「ニャー! そこのお方、ちょっと止まって下さいニャ!」
北九州の九州防衛軍本部に来て二日目の朝。夜明けとともに私は起きだし、昨日の夜に支給された軍服に着替えてから私は食堂へ向かった。
後で軍事部の適当な人にお願いして、短すぎる制服のスカートを長くしてもらおうと考えながら歩いていると、昨軍事部長に引き留められた場所とほぼ同じ場所で、誰かに声をかけられた。
語尾が明らかにおかしい。
九十九の語尾にワンとついていればすぐさま亜人と認識して振り返るのだが、これはどう考えても、昨日食堂のおばちゃん(こう呼べと言われた)が話していた、亜人に憧れる猫目とか言う訓練兵だろう。
私は歩きながら、どうしようかと考える。
とりあえず、お腹が空いたので食堂に向かうことにした。
「ニャ・ニャ・ニャアアアアアア!」
「きゃっ!?」
猫目と思われる人物は背後から奇声を上げながら抱きついてきた。私は反射的に私を捕まえる両腕を力尽くで引き剥がし、恐らく死なない程度の力で猫目をバックステップによる体当たりで後ろに吹っ飛ばす。
悲鳴も上げられず、地面に引きずられる派手な音と共に私から離れていった。
「ニャ、ニャハハ……」
振り返ると、何故か満身創痍で地面に転がっていた。少し力を入れ過ぎたようで、大分と言うほどではないけれど、遠くまで吹き飛ばしてしまったようだ。ないと思うけど、軍事部長が来る前に回収してしまおう。
「大丈夫ですかー」
小走りで近づきながら問いかけるが、返事はない。
ちょっとマズイかなと思いつつ、走る速度を上げる。
「だいじょう……あ、気絶してる」
かすり傷だらけ、青痣だらけの少女が転がっていた。全身砂と埃に塗れてボロボロである。まあ、放っておいても死なないだろうが、傷口から菌が入ると膿んでしまいそうなので寄宿舎にある医務室の前に放置しておくことにした。
「おう燐火」
「早くしないと俺達食べ終わっちまうぞ」
「はいはい。二人ともおはよう」
私はもしゃもしゃとキャベツを頬張る千尋とむしゃむしゃとジャガイモに噛り付く九十九にあいさつを済ませ、自分は朝食を貰いにカウンターまで行く。
食堂のおばちゃんが待ってましたとばかりに、厚切りのステーキの定食を手渡してきた。
「あいよ、お嬢ちゃん」
「ありがとうございます」
「しっかり食べるんだよ」
私は渡されたトレーを千尋たちのいるテーブルまで持って行く。食堂で朝食を取っている人は私達の他にはいないようだ。おそらく、まだ眠っているのだろう。知り合いもいないのでどうでもいいのだが。
「そういや昨日の夕食のとき、二人を見かけなかったんだけど、どうして?」
私は朝食を食べ終えると、すぐに二人に昨日のことを質問した。
だらだら水を飲んでいた千尋はすぐに答えられなかったが、代わりに九十九が私の質問に答えた。
「部屋で待機してた」
「俺もだー」
九十九の答えに、千尋も同じだと答える。
私は首を傾げて別の質問をぶつけてみた。
「え、どうして? 夕食は食べなきゃでしょ?」
「馬鹿だなあ、燐火は。そうじゃないんだよ」
やれやれと鼻で笑いながら九十九は即座に私の言葉を否定する。
「むっ。なにがそうじゃないのよ」
「俺達は『命令あるまで待機』だろう? つまり、命令が無い限りは部屋を出ちゃいけないんだ」
「えー、じゃあどうして二人はここにいるのさ? 言ってること矛盾してない?」
「あー、それはあれだ。軍事部長が起きられない時間を狙って飯を食いに来てるだけだ。食堂のおばちゃんはいい人だから、頼むとサンドイッチとか作ってくれるんだぜ。それが俺達の昼食と夕食だ」
水の無くなったコップを見つめながら千尋は言った。
「どうせ、軍事部長は『待機命令を出したはずなのにどうして部屋から出ているー』、とか意味わからないこと言いそうだしな、っと。水貰ってくるわ」
千尋は立ち上がり、給水スペースへ向かっていった。
「ああ、だから昨日、あんなに軍事部長は叫んでたのかー」
「なに、お前あの禿げに見つかったわけ?」
うんざりした顔で九十九はこちらを見てきた。仕方ないだろう。腹が減っては戦が出来ないのだから。
ぐだー、っと九十九はテーブルに覆いかぶさるように突っ伏した。何事か呻いている様子だ。
「ばかやろー。どうせ俺が呼び出されて怒られるんだろー。『亜人』はとか『余所者』はとか散々言って俺が何も言い返せないからって言いたいこと言いまくるんだろー」
「まあまあ。亜人を毛嫌いしてるのは軍事部長だけみたいだし、九州防衛軍総帥だっけ? その人は本当に実力主義みたいだから、軍事部長に認められなくても総帥に認められればいいじゃん」
「そうだよなー。そうだといいよなー」
そこへ、千尋が戻ってくる。
「そのうち、見かねた誰かがチクるだろ。『亜人のくせに口答えするかー!』、だぜ?」
「ああ、あの時の……」
思わず苦笑いしてしまう。
休憩スペースまで聞こえた、あの叫び声。あれのせいで、昨日はあれから誰も休憩スペースには立ち寄らなかったというのを昨日夕食を食べながら小耳にはさんだ。
その話をしていた人たちは、亜人のことは別段気にかけているわけでもなく、軍事部長が食堂に入れなかったのを良いことに延々と「あの禿げ」と軍事部長を口汚く言っていた。良い心がけだと思う。
「『亜人のくせに』は流石に言いすぎだよねえ……」
「だよなー。『四国からのスパイ』って言った時はさすがに驚いたよ。こんな目立つ容姿で、しかも『遠見』の能力を持つ兵士がいる九州に、スパイなんて通用するとは思えないのにな」
「ねー。……ってあれ、千尋って『遠見』の人のこと知ってるの?」
昨日いなかったはずって言うか、そもそも昨日初めて聞いた単語ですよそれ。
千尋は何故かやれやれと溜め息を吐いた。
「お前、ホント下調べとかしないよな……」
「だって全部千尋がしてくれるじゃん」
甘やかしたのは俺か、と千尋は呟く。が、すぐに頭を振って会話を続けた。
「一番待遇がいい兵士だそうだ。名前も階級も居場所もわからない。高いところに居そうだけどな」
「まあそうなるよね」
「て言うか、燐火は『遠見』の兵士について知ってるのか?」
「噂でね、噂で。昨日の夕食食べてたら知っただけ」
偶然とは言わない。
「上の人は『遠見』の兵士については色々知ってるみたいだし、暇があったら誰かに聞いてみようかなー」
「それより名を挙げてからの方が良くない? 軍事部長もうるさくなくなると思うし」
千尋の呟きに、相槌を打ちながら提案する。
「…………」
「……なに? どうしたの、急に黙り込んじゃって」
「いや、燐火にしてはまともな事を言ったなー、って」
なにそれっ!
「むうー」
「あーはいはい、悪かったって」




