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武技憂気日本大戦  作者: 囲井 鯀
―参―
82/111

十六

「あ゛ー、鼓膜破れてんじゃねえの……? あ、良かった、平気だ」


 九州防衛軍軍事総合取締部長との対面を果たしてきた九十九は、両耳を押さえながらぶつぶつと何事か呟いていた。

 私は貧乏揺すりを千尋に注意されていたが、その全てをことごとく無視しながら九州防衛軍本部の休憩スペースで千尋と一緒に九十九の帰りを待っていたのだ。

 九十九はうんざりとした表情をしていたが、私達の姿を確認すると、すぐにいつもの軽い笑顔になり、軽い調子でこちらに向かって手を挙げた。


「よっ。待たせたな」

「おかえりー」

「軍事部長、相当お怒りなご様子だったな。怒鳴り声がこっちまで響いてきたぞ」

「そうそう! 『ゆくさきざきでしゃっきんふやすなんてなにごとだー』、って」


 休憩スペースに居た私たち以外の軍の人々は口々に仕事だの急用を思い出しただの言いながら何処かへ行ってしまったのは、それが原因だろう。


「マジか、どうりで耳がまだ痛いわけだよ……」


 九十九は右手で右耳をぐりぐりしながら、疲れた瞳をしながらそう言った。


「やれやれ、最後の一言が、『これだから亜人は信用ならんのだ』、だぜ? 退出許可出した直後に、聞こえるように言ってくるんだ、ありゃ相当の嫌われもんだ」

「例の禁止事項だって、聞くところによると軍事部長様が俺達のために直々に作り直したそうだぜ? なんだかんだで亜人を特別扱いしてるじゃねえか、って小一時間前に俺達と話してた少年兵が大笑いしてた」

「全くだよ。いくらなんでも厳し過ぎるだろってんだ……。どうりで禿げが酷いわけだ」

「あはは、皆そう言ってたよ」

「本人は相当気にしてそうだから、あいつのいる前で言わない方がいいけどな」


 私達はひとしきり九十九の愚痴に付き合い、時間を潰した。




「じゃ、俺達こっちだから」

「じゃあねー」

「ちゃんと自分の部屋まで歩いて行けよ」

「わかってるって」


 私たちは食堂で軽く昼食を平らげ、命令があるまで待機、と言う命令を全うするべく、それぞれ兵舎へと向かった。武器は武器庫に置いてあるので、今はこの身一つのみ、と言えばいいだろうか。

 体術は千尋が得意で、どんなにリーチの長い武器を使っても、懐に入り込まれてしまう。あれ以来槍は使わなくなった。薙刀は時々使っていたけれど。

 剣術は九十九が得意だった。剣、刀の類を持たせれば、私達三人の中で誰よりもうまく扱える。流石に、私の大刀は持てなかったみたいだけど。

 私は、何が得意だっただろう? 強いて言えば、技術を盗むこと、だろうか。千尋と九十九の攻撃の入り方から基本の攻撃方法、決め手となる一撃までの流れは『型』として私の頭の中に入っている。不意打ちにはなかなか対応できないけれど、千尋と九十九を足して半分に割った戦いをするのが、私だろう。

 強い方だろうが、型破りと言うか、突拍子もない、意外性のある攻撃がなかなか出来ないせいでいつも千尋や九十九には敵わない。

 いつまでも真似していないで、私だけの技を考えろ、という事か。


「うーん……」


 などと考えているうちに兵舎の前に来てしまった。どうしよう、入るべきか? 入ったら入ったで今から考えようとしていた技について、考えられなくなりそうだし……。

 ええい、力任せに大刀を振り回すでいいや、もう。

 はい、終わり終わり! さっさと入った!




「ほわぁー……」


 思わず、間抜けの声が出てしまう。一人部屋かぁ……。しかも広めだし。


「でもちょっとかび臭いかな……」


 わざわざ部屋を貸し与えて貰えているのだ、それぐらいは我慢しなければだろう。暇を見て掃除や洗濯でもすれば良いぐらいだろう。

 とりあえず、今はトランプタワーでも作りながら、夕食になるのを待ちますかな。それとも探検でも……、いやいや、待機命令出てたでしょうが。大人しくしてないと、怒られちゃうからね。




 夕飯を告げる鐘が鳴らされる。確か、この鐘が鳴らされてから十分以内に食堂に到着していないと、食事は抜きだったか。


「…………」


 私は少し考え、時間ぎりぎりに食堂に到着することを選んだのだった。



「おい、そこの! 止まれ!」


 やはりと言うべきか、軍事部長が食堂への道で待ち伏せしていた。私は彼の脇を高速ですり抜けながら大声で返事する。


「今は夕食ですよ! 軍事部長も早くしないと!」

「止まれと言っているだろうがあああああ!」


 しかし、目先の欲に忠実な私は構わず食堂へ向かって駆けていった。

 私が入ると、エプロン姿のふくよかな女性がいそいそと、まるで入場を拒否するかのように入口にチェーンを張った。


「あんた、走ってなかったら食いっぱぐれてたね。次からは気を付けなよ」


 女性は私の肩を叩きながら言った。

 私は一瞬驚きを隠せなかったが、すぐに笑顔で返事をした。


「はいっ! 気を付けます!」

「……ん? 亜人の娘かい? どうりでべっぴんさんなわけだ」

「うぇ!? あ、いやそれほどでも……」


 突然の褒め言葉には、流石に動揺してしまった。て言うか、九州防衛軍の人々の殆どが亜人嫌いではない気がしていたのだが、やはり気のせいではないのだろうか。

 女性はばしばしと私の背中を叩きながら、私を食堂の中へと連れて行く。


「いいねえ、私もあんたみたいに亜人に生まれてたら、もっといい男と出会えたかもしれないのにねえ」

「……亜人は、それ程良いものじゃないですよ」

「馬鹿言うんじゃないよ。他人と違うってことは、それだけ特別ってことなんだ。それだけ、不幸もついて回れば幸せもついて回るのさ」

「……そう、ですかね?」

「あたしが言うんだから、違いないよ」


 食堂の、二人用の席まで案内されると、そこに無理矢理座らされ、女性は何処かへ行ってしまった。

 何だったのだろうか……。


「……幸せ、か」


 私は亜人と言うだけで、忌み嫌われていた。そのせいで荒んだ子供時代を過ごしてきたわけだが、今ではその記憶すら怪しい。

 私が幼かった頃、私は何処で何をし、何を思って生きていたのだろうか。



 私が出会った少女は誰なのか?


 千尋は一体何者なのだろうか?


 九十九は何故屋久島に来たのか?



 考え出せばキリがない。

 だが、考えなければ答えは見つからない。

 足掻かなければ、どうしようもない。

 だから私は、この大きな流れの中で、どうしようもないとわかっていても、きっと足掻き続けるのだろう。

 それが私の――、


「なーに時化た顔してんだい。ほら、あんたの飯だよ」

「うわっ。あ、はい……」


 驚いて顔を上げると、先程の女性が二人分の食事をテーブルに置いていた。どちらも、崩れるのではないかと思うほど食事が盛られている。特に唐揚げが。もうもうと湯気が立っていて、女性の顔が歪んで見えなくもない。

 不思議と目頭が熱くなり、それを隠すためか、私は女性に頭を下げて礼をした。


「あ、ありがとうございます……」

「いいんだよ、今のご時世、食べ過ぎるぐらいがちょうどいいんだよ。何処かの禿げ頭が食堂の制度を厳しくして、自分が食いっぱぐれてたみたいだけどね」


 豪快に味噌汁を口に注ぎ込む様にしながら女性は言った。口調は呆れているが、目は大層笑っている。


「あ、やっぱり軍事部長が……」

「なんだい? 知らないのかい? ……ああ、そう言えば、今日から新しく配属された、亜人の傭兵ってあんたのことなのかい? どうりで見ない顔なわけだよ」

「はい。えっと、三冬燐火って言います」

「立派な名前じゃないか。大切にしなよ」

「はい」


 私はキャベツを三口食べてから、唐揚げの山を崩しにかかった。と言っても、上から崩れないように食べていったけれど。


「近々、中国との戦闘が予想されるらしいからね。沢山食べて、沢山力を付けるんだよ」

「え、中国とですか?」

「そうそう、四国と中国が同盟を組んでるのは知っているだろう? それで、先日四国から中国に増援が送られたらしいんだよ。それを『遠見』の能力で察知した兵が知らせたもんだから、好機と見て四国に軽く戦艦を寄越したんだがね。これがまたすごかったらしいよ」

「すごかった、ですか」

「そう、すごかった」


 がつがつと酸味の利いたドレッシングがかかった野菜サラダを平らげた女性は、右手に持った箸を私に向けた。


「戦艦十隻が、全滅だそうだ」

「……すごいんですか?」

「すごいどころの話じゃないよ! 『遠見』で戦況を観察していた兵が泡吹いて倒れるぐらいの惨劇だったらしいじゃないか!」

「はあ……。いまいちわからないですね……」

「まあ、傭兵ならそういうものかね。話によると、たった一人の女性が戦艦を十隻沈めたそうだ」

「えっ、一人でですか!?」


 箸で掴んでいた唐揚げをぽろりと落とすが、すかさず左手の茶碗でキャッチした。唐揚げが白米に若干埋まる。


「そう、まさに千切っては投げ、千切っては投げの繰り返しだったそうだよ……。水の上を走って戦艦にとりついたそうだしね」

「うわあ……。なんでもあり、って感じですね……」

「正直四国を舐めてたよ……。おそらく、九州が総出を上げて、そう、防衛軍以外も参加しないと、四国は落とせないだろうね……」

「……中国との戦いも、厳しくなりますかね?」

「たぶん、そうなるだろうね」


 僅かな間、私達の間に沈黙が流れる。私の食事は、残り唐揚げが三つほどとなっていた。


「ま、何はともあれ今は食べることだね! 人間、何が一番辛いかって、食事が出来なくなった時が一番辛いからね! ほら、食べた食べた!」


 女性は大声でそう言うと、残りの食事を平らげ始めた。


「もうっ、強引な纏め方だなあ」


 私は苦笑しながら、再び箸を動かし始めたのだった。

 気が付いたら相当長い話になっていました。

 もうすぐ、一区切りつくので気合が入ったのでしょうね、きっと。

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