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武技憂気日本大戦  作者: 囲井 鯀
―参―
80/111

十四

「え? 異動?」


 私は作りかけのトランプタワーを崩しながら九十九に聞いた。九十九は仰々しく頷くと一枚の紙を私の眼前に突き出してきた。


「そう。異動。本部から呼び出しがあって、十日後から鹿児島支部じゃなくて北九州の本部の指示を受けることになったらしいから。今日の夕方頃から軍の車で北九州に輸送。輸送? まあいいや。とりあえず、あと2時間で迎えの車が来るから、荷物纏めておけよ」

「はーい」

「それじゃ、俺も用意するから」


 それだけ言うと、九十九は部屋から出ていった。

 だから今日は外出するなと言われたのかと得心しつつ、私はトランプを適当に集め、とりあえずと言った形でケースにしまう。


「…………」


 やっぱり、落ち着かないのでカードの束をケースからだし、表と裏、上と下だけをそろえて、すっきりしたところでそれを再びケースにしまった。


「さて、と」


 荷物をまとめろと言われても、大して時間もかからないだろう。荷物と言えば、今着ている藍染の袴と同じく藍染の道着とホットパンツとシャツぐらいだろう。後は、宿の中庭に突き刺さっている大刀と、腰に差している十手ぐらいか。

 うーん、後でトランプは千尋に返すでしょ……。私は現金どころかお金すら持ってないから、あ、いやでも、千尋と九十九から預かったお金があるか。


「はぁ……」


 私は両手を後ろで組んで、右足で軽く床を蹴った。

 一文無しでも生きてこれたからなー、屋久島に居た時は。て言うか、屋久島にお金持ってきてたんだ、千尋。

 ……そういえば、私はどうして九州にいたのかな? 昔は四国に居た気がするんだけど……。四万十川で魚を眺めるのが好きだったなー。名前も知らない魚たちに、勝手に名前付けてたっけ。

 小さい魚だから、小魚とか。

 今思うと酷いネーミングセンスだよね……。あの魚、何て名前なんだろうな? いわし? それともにぼし?

 うーん、何かが違う気がする……。


「……あ、四国の思い出、それしかないじゃん」


 ぼそりと呟く。急に、四国が遠くなっていく感触がした。四国について思い出そうとしても、四万十川のことしか思い出すことが出来ず、それ以外に思い当らなかった。

 その続きを思い出そうとすると、急にあの、いつか見た夢へと記憶が飛ぶ。

 忘れることのできない、ぶつ切りで、乱雑に繋がれたような、そんな、嫌な思い出し方しかできないあの記憶。


「…………」


 あれ、おかしいな。

 どうして、あの日、夢から覚めたあの日以前の記憶がこんなに曖昧なんだろ。

 どうして……。



 どうして?



「っつ!」


 ちくりと針で刺されたような痛みが脳裏を襲う。

 あの記憶は確かに私のものだ。でなければ、あの夢で見た人物と、あの夢と全く同じ場所で、全く同じセリフを掛けられるわけがない。……わけが、ない。ない、のかな、本当に。

 全く同じセリフだなんて……。

 いや、きっと同じ場所だという事をあの人は知っていて、わかったうえで同じセリフを言ったのだろう。

 そうに違いない。

 そうでなければ、私は、三冬燐火は、一体、何者になってしまうのだろうか。


「そう、大丈夫。覚えてるじゃない、千尋に会ったあの日のことを」


 あの日は雨だった。細い、奥まった路地で、私に傘を差しだしてくれたあの少年……。少年?



 あれは金色の目をした少女じゃなかったけ?



 ぞわりと背筋に悪寒が走る。

 おかしい、記憶があやふやになっていく。

 失われていくのではない。

 全く知らない、私の記憶が『蘇ってくる』。

 身に覚えはないのに、不思議と見覚えがある記憶。

 気が遠くなるかと思う位、聞き覚えのない、知っている台詞。


 『雨に打たれて、悲しくないの?』


 記憶の中の少女が、私に語りかけてくる。


 『アタシは傘、いらないから、あなたにあげるね』


 そう言う少女は、見る間に雨で濡れていく。


 『じゃあ、また会おうね』


 二度と見ることもできないだろう、遠ざかる少女の背中。


 『……冷たく、ない』


 そっと暗くなる、昔の記憶。



「…………」


 私はしばらく、その場から動けないでいた。

 何度も、何度も少女の顔を思い出した。彼女の顔を記憶に刻みつける。

 二度と忘れないために。

 彼女のことを忘れてはならないという思いが日が傾くごとに強くなり、漠然と私を包み込んでいた。


「また、会えるかな……」


 彼女の言葉を頭の中で反芻しながら呟く。記憶の中の少女はにこりと、邪気のない笑みを浮かべてみせた。


「…………あ」


 じわりと胸が熱くなる。涙が零れるが、しかし不思議と、温かい気持ちが私の胸を満たしていた。


「――うん、また会おうね」


 私の言葉が、彼女に届いたような気がした。

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