十一
「何故、君達がここに呼ばれたかわかるよね?」
私達の目の前には青い髪を肩まで伸ばした軍服の少年が座っている。少年の前には書類が山積みになっている木製の机がある。その書類は今は両脇に除けてある。
高そうな机にはコーヒーを溢したようなシミが出来ており、右手側には輪染みが窺えた。
「あれだろ? もうすぐ四国か中国辺りと開戦って話だろ?」
「いや、そうじゃないよ。四国と戦うなんて時間と資源の無駄だし、中国なんていつでも制圧できるからね」
九十九がわかった風に言うと、すぐにそれを否定する声が前方から飛んでくる。女児特有の、高い、幼い声で。
あれー? おかしいなー? 子供なんてどこにも見えないんだけどなあ……。
しかし、少女の声で話が続けられる。
「一応、下宿先が決まったなら、その連絡が欲しいのと、後この書類は小遣い稼ぎの参考ね」
「おお、サンキュー」
青髪の少年が椅子から動かないまま、引き出しから書類の入った封筒を机の上に置く。
「後、これは軍事規定みたいなやつ。テキトーに目を通しておいて。戦場で一応これを知っとかないと頭の固い上官が突っかかってくるから」
「わかった」
少年は引き出しからさっきとは別の封筒を出す。明らかに厚みが違った。
「次に、作戦予定表。決行されるかわからないけど確認しといて。作戦参加権限は一応あるから、気が向いたらどうぞって感じ」
「気が向いたら、な。了解だ」
ぱさ、とゼムクリップで止められた紙束が封筒に重ねられる。
「これは、なんだろ、禁止事項? 何考えてんだあの糞爺……。そんなに亜人が嫌いかよ……。まあいいや、北九州行ったら一般兵と同じ扱いは受けられないと思っといたほうが良いよ」
「りょーかい」
ドサッ! と封筒の横に紐で縛られた紙束が雑に置かれる。青髪の少年は一瞬、不満そうな顔でその紙束を一瞥したが、すぐに視線をこちらに向けた。
「次で最後かな。報酬に関する書類と、九州防衛軍直属の人間を示す腕章。紛失したらすぐに言う事。一万で作りなおすから」
「かーっ、たっけー!」
「当たり前だろ、高いんだから」
木箱が机の上に置かれ、青髪の少年は促すような視線をこちらに向けてきた。さっさと持っていけ、という事らしい。
私達がいそいそと書類を抱えていると、砕けた感じで少女の声が話しかけてきた。
「やれやれ、今日が日曜日でよかったよ。そういう意味では、君達が遅れてきてよかったかな。ね、川辺川ちゃん?」
「僕は別に……」
突然新しい声が聞こえ、ギョッとして少年の方を見る。すると、ウザったそうな視線が返ってきた。
「あ……、う……」
「何」
「え、いや、なんでもないです……」
「そう」
うわー、嫌われたー。絶対嫌われたって。偉い人に嫌われちゃったよ。減給とかされるんだろうなあ……。うわ、すごい理不尽だ。
「こらこら、川辺川ちゃん、女の子泣かしちゃ駄目だよ、っと」
ひょこっ、と書類の山の影から小さな子供が顔を出す。
「「!?」」
あまりのことに私と千尋が固まる。九十九は既に知っていたようで、特にリアクションはしなかった。
青髪の、川辺川と呼ばれる少年は椅子から立ち上がり、少女に向かって深く頭を下げる。
「……すいません」
「いやいやいや、アタシじゃなくてそこの、狐の女の子ね」
川辺川は少女にそう指摘されると私の方に向き直り、同じように頭を下げた。
「失礼しました」
「え、あ、いや、こちらこそすいませんでしたっ」
慌ててこちらも頭を下げると、手に持っていた紙束を落としてしまった。ぱさりと紙束が床に落ちる。
「わわっ!」
「アホかお前は」
慌てて拾い上げると、呆れた千尋の声が頭の上から聞こえてきた。
「むー」
いそいそと書類を拾い上げ立ち上がる。
その拍子に、目の前に立つ川辺川と目が合う。
「…………」
「っ!」
彼の物を見る様な視線を受け、思わず息が詰まる。
無表情の彼の目には、何の感動も映っていなかった。
普通、上司に怒られれば申し訳ないという気持ちになるだろうに、下の人間に頭を下げろと言われれば怒りや羞恥、憎しみを覚えるだろうに、負の感情を向けている相手がヘマをすれば嘲う気持ちや優越感を覚えるだろうに、それだけじゃない、人間は様々な感情を心のうちに秘め、顔に出さずとも知らず知らずのうちに態度や目に出てしまうものなのに……、
この人には、感情と言うものが全く感じられない。
まるで、独りでに動く人形のような、有り得ない感想を抱いてしまうような、そんな凍てついた瞳をしていた。
「あ、それじゃ、失礼しました」
「あ、燐火!」
「おい!?」
思わず、持っていた書類を千尋に押し付けて部屋から飛び出してしまった。後ろから聞こえてきた二人の声も、真っ白な扉によってすぐに聞こえなくなった。
「やだ……! やだよ……!」
涙を堪え、大刀を引きずりながら通りをがむしゃらに走っていると、少女の泣き声が耳に飛び込んできた。
「…………っ」
思わず立ち止まり声がした方を見る。
ボロ布を身に纏った十に歳ぐらいの少女が足を引きずりながら歩いていた。彼女の顔面は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっている。
彼女の右肩から先はなにもなく、左腕は肘までしかなかった。傷口から滴り落ちる赤い血が地面に点々と跡をつくっていた。
「…………ぁ!」
糸が切れたように少女は地面に崩れ落ちた。
しかし、人々は誰も彼女のことを見ようとしない。
「やだよ……」
地面に染み込みながらも広がり続ける血は、無意味な事と知っているのか知らないのか、まるで彼女の存在を周りに示しているようだった。
止まらない血に比例するかのように、どんどん少女の顔が土気色になっていく。
「やだよぉ…………」
少女は、悲しみと絶望の涙に沈みながら、事切れた。
「…………ぃ……あ…………」
私は首を力なく振りながら立ち上がり、来た道を戻るように駈け出した。




