九
世界には、流れと言うものが存在する。
例えるなら、山脈から流れだし、海に辿り着く広大な河の様な流れだ。
その流れに逆らうことなどほぼ不可能だし、逆らえたとしても結局は流れに飲まれることになってしまう。
普通は見えない、不可視の流れ。
感じることもできず、捉えることも操ることもできない巨大な流れ。
しかし、時にその流れには淀みが生まれる。
その淀みを上手く利用し、流れに流されず、逆に流れを利用して思いのままに流れを操ることが出来る者もまれに存在する。
そのような者は、歴史的な指導者としてその名を永遠に語り継がれるのだ。
しかし、たとえそれが正の流れであれ、負の流れであれ、逆らうことなどほぼ不可能なのだ。
私がどういうことを言いたいのかと言うと、つまり、一国を治める様な人間でさえ逆らえない流れに、私の様な一介の少女になど逆らえるはずもない、という事だ。
「えー、本当に行くのー?」
「当たり前だろう。金だって借りちまったし、俺等は九州防衛軍に多額の借金をしちまってるんだ。並の働きで返済できると思うなよ」
「お前何様だよ」
「アイタッ!」
そんなわけで、九十九率いる三人の傭兵(そういう事になっているらしい。亜人の傭兵は、この時代では珍しくないと言うし、実際九十九も元は傭兵だったという)、マストが突き刺さった妙なクルーザーに乗り、鹿児島を目指して出航したのだった。
因みに、借金とは赤毛のお爺さんに造ってもらった武器の代金のことだ。しばらくマネーとは関係を断っていたのだが、それでも目が飛び出るかと思う程の高額だった。
出航してから数分後、船は私の大刀の重さに耐えられず、沈んだのだった。
「ホントしょうがねえな、お前は」
「ごめんなさい……」
「いや、まさか沈むとは思わなかったけどよ……」
三日後、九州防衛軍鹿児島支部から軍艦一隻が派遣され、私達はそれに乗って鹿児島へと渡ったのだった。
「ふっ、ふっ、ふっ! はっ! はっ! くはっ! ……おもい……」
おかしいだろう、この重さは。振り下ろせば船体は海面に沈み、思いきり振り上げれば大刀の重さに引っ張られ私の体が宙に浮く。
重さに特化した武器だとは聞いたが、まさかここまでとは思わなかった。注意を怠れば、この船も沈むのではないか? と背筋が寒くなる程だ。
「て言うか、船上でその馬鹿でかい刀振るな。沈める気か」
「あ、そっか」
千尋に指摘されてようやく気付いた。
この大刀を振らなければ船に負担が掛かるはずもなく、船が沈むことも無いのだ。鍛えることばかり考えていたので、そこまで考えが至らなかった。
「脳筋かよ……」
「うるさい!」
「ぎゃあああああああ!」
ごがぁ! と大刀をデッキに置く。軽く転覆しかけた。船員が何人か海に放り投げられたようだ。見ると、千尋は剣を逆手に持ち、デッキに突き刺して何とか振り落とされないようにしていた。
「……馬っ鹿野郎ぉ!」
鹿児島に着くまでの三時間、私は軟禁された一室で休むことなく腹筋を鍛え続けたのだった。
「おい、燐火」
九州防衛軍鹿児島支部の支部長に私達が無事(?)到着したことを知らせるために、九十九は施設の中へ入っていった。
私と千尋は施設外で大人しく待っていたのだが、九十九は帰ってくるなり不機嫌な声でそう言った。
「はいなんでしょうかつくもさん」
サッと顔を逸らしながら私は返事をした。
しかし、千尋は私の頭を掴むと無理矢理九十九の方を向かせた。
「お前のせいで借金が増えた」
「はい、申し訳ありません……」
目を逸らしつつ答えると、とんでもない殺気が二方向からやってきた。
「大体お前は! どうしてあのクッソ重い大刀なんて振ってたんだよ!?」
「いや、自己鍛錬……」
「たった数時間の船旅ぐらい我慢できないのかよ!?」
「一日鍛錬をサボれば取り戻すのに一週間かかると言うし……」
「数時間はサボる時間じゃなくて休む時間だろうがどう考えても! アホか!」
……私が頭良いとでも考えていたのだろうか?
「そもそも、どうしてあんな馬鹿でかい武器をぶつぶつ……」
「いつか千尋が言ってたじゃん、使いやすい武器にしろ、って」
「いや、どう見ても振り辛そうだったぞ」
「これから扱えるようになるの!」
「ああん?」
「九十九怖い……」
「お前が馬鹿だから俺達が苦労するんだろうが! もうちょっと頭を使え!」
「生憎、別のことに頭を使っているもので」
「おい、急に生意気になったな」
「別のことって何だよ」
「んー、どうやったら、効率良く大刀を振えるか、とか。あと、今日の夕飯とか」
「どうでもいいことばっかじゃねえか! 武器の扱い方を考えるより自分が何をしたら命の危機に陥るか考えろよ! 本能で生きてる部分が多すぎるだろ!」
「いや、獣の遺伝子が混じっていますし……」
「それは俺も一緒だ! ああもう、どうして同じイヌ科なのにここまで違うか!」
「属が違うから?」
「黙ってろ」
「はい」
「て言うか、振るならその十手にしろよ!」
「無茶苦茶な……」
「九十九、流石に十手は小さすぎやしないか? 振るにはちょっと……」
「だったら振るなってことだよ」
まずい、このままでは自己鍛錬が出来なくなってしまう!
そう感じた私は慌てて結論を急ぐ。
「と、とりあえず! 次からは時間と場所を弁えるようにします!」
そう言うと、胡散臭そうな物を見る目で九十九がこちらを睨んだ。
「なあ、燐火」
「う、うぇえ?」
「……約束できるか?」
約束できないのなら……、と九十九は脅すような視線をこちらに向けてくる。隣で私の頭をホールドしている千尋も苦笑いしてしまう程だ。
「は、はい! 約束します!」
「…………」
「…………」
「…………」
長い沈黙。
が、千尋は二秒も耐えられなかった。
「……んん、ちょっといいか?」
「どうした千尋」
「腹も減ったし、燐火もこう言ってるし、とりあえず許してやったらどうだ?」
「今お前の心の声が聞こえたぞ」
「え、マジか」
千尋も頭悪い方だと思うのだけれど、どうだろうか?
5月31日 改稿
(九州防衛隊→九州防衛軍)
僕的に隊ではなく軍で馴染んでいたようなので。




