五
九ヶ月後。
「やあーっ!」
私は大声を上げながら、両手で大上段に構えていた竹刀を勢いよく縦に振り下ろした。すると、狙い通り数メートル程前に立つ一本の大樹が縦に両断された。
「よし、完成!」
なんとか、島を出るまでに完成できたようで、とりあえず一安心だ。
「どうした燐火、やけに嬉しそうじゃないか」
道場に戻ると九十九が迎えてくれた。
「そう見える?」
「見える見える。尻尾見ればなおさら」
「あはは、うん。とっても嬉しい!」
私が笑顔で答えると、九十九は呆れたように肩を竦めた。
「あんまりはしゃぐなよ。明日の朝早くだし、興奮して眠れなかったとか子供みたいな……」
「あーはいはい、わかってるって!」
そう、必殺技が完成したのも嬉しいのだが、それ以上に、五年振りに山を下りて街へ行けるのだ。
いや、正確に言えば、山を下りるのは人生で明日が初めてだ。九州の街へ行くのが五年振り。
……五年前は、日陰で暮らしていたのだが、今のご時世だ、もしかしたら、日向でお昼寝なんて出来るかもしれない。
最近、晴れた日は毎日してる気もするけど。
……あれ? じゃあ別に街に行ってまで昼寝する必要はないのかな?
「よし、千尋を呼んで三人で稽古するか」
私が首を傾げていると、準備運動を終えた九十九が声を掛けてきた。それで私の意識は現実に引き戻される。
「ん……そだね」
「そうと決まれば……、おーい! 千尋ー!」
九十九は口に手を当て外で薪割りをさせられている千尋を呼ぶ。数秒後に、すぐ行くと言うような返事が返ってきた。
私は千尋を待っている間、籠から二メートル超の竹刀を取り出し、素振りをする。数年前から毎日欠かさず続けているので今はそれ程辛くないが、これを百回しろと言われた日が懐かしく思える……。
一晩中筋肉痛に苦しめられて、千尋を呪ってやろうと考えたが、結局疲れて寝てしまい、次の日起きたらすっかり治っていた。そんなことがひと月ほど続いたが、ひと月経てば二メートル超の竹刀を百回振れるだけの筋肉がついてきて、苦ではなくなったが、そのころには習慣化してしまっていて、暇さえあればこうやって竹刀を振っている。
おかげで、体力と根気が付いたのでまあ、良かったのかもしれないが、やはりあの時の恨みは忘れられない。
いつかこの恨みを晴らそうと思っていなかったりいなかったり。
「ていや!」
「おっと」
とりあえず、道場に入ってきた千尋に向かって懐から取り出した木製の手裏剣を全力投球したが、千尋は人差し指と中指で器用に受け止めた。
「声でバレバレだぞ」
九十九が私に注意を促しながら、腰の竹刀を抜き、そのまま斬りかかってくる。私は九十九の斬撃を躱しながら今度はゴム毬を私の足元に向かって全力で叩きつける。
「げっ!」
床で跳ね返ったゴム毬は真っ直ぐ九十九の顔面に向かう。しかし、どうせ九十九は凌いでみせるので、私はすぐに身を翻し千尋の下へ駈け出した。
千尋はそんな私を尻目に壁沿いに走りだす。おそらく、自分の武具を取りに行くつもりだろう。そうはさせじと私は千尋に向かって懐から取り出したもう一つのゴム毬を投げようと構えた。
しかし、九十九の妨害によりゴム毬はあらぬ方向へすっぽ抜けていった。
「あっ! 何するのさ九十九!」
「さっきの仕返しだ、っと! おら!」
掛け声と共に九十九は手に持っていたゴム毬を千尋に向かって投げつける。いや、千尋が取ろうとしていた木剣に向かって投げた。
「おっと、そう来たか」
千尋はそう呟きながら、思いきり仰け反った。そして、その勢いで宙返りをしながら右足でゴム毬を蹴り飛ばし、木剣への命中を防いだ。
「――あっ?!」
更に、着地する時に膝を曲げながら、足幅を肩幅より大きく開き背後から竹刀で斬りかかろうとする私の腹に遠慮のない掌底を放った。
「……隙だらけだな」
「か……は……っ!」
私は一瞬白く染まった視界から光を取り戻そうと足に力を入れ、何とか意識を手放さないように踏ん張った。
数秒で意識は正常に戻り、目の前の乱闘が認識される。
と、弾かれた九十九の竹刀がこちらへ飛んで来た。
「燐火!」
「任せて!」
私は九十九と声を掛け合いながら手を伸ばし竹刀の柄をしっかりと掴み取る。そして全身のバネを使って千尋に急接近した。
「複合技『式々・改』」
「型『右手に剣を』、『左手に盾を』」
「ぐはっ!」
私は自分の竹刀を右手に、九十九の竹刀を左手に持ち、上と横から挟み込むように千尋へ斬りかかるも、九十九を蹴り飛ばした千尋は一瞬で盾と木剣を持ち替えて竹刀をその盾でへし折りながら攻撃を防いだ。
「うわ……」
呆気にとられてしまうが、反撃が来ないうちに後ろへ跳んで距離をつくる。
今、腕が増えたように見えたんだけど……。
そんな私の考えを汲み取ったのか、千尋は肩を竦めながらこう言った。
「武器を失ったから、燐火は負けだぞ」
「え……あっ!」
そう言えば、千尋の技に驚いてそちらの方にばかり気を取られていたが、竹刀は二本とも折られていたのだった。
「そういうルールだろ。この稽古は今日で最後なのに……」
「うるさいな!」
むしゃくしゃしたので右手に持っていた竹刀を千尋に投げつけるが、縦であっけなく防がれてしまった。
「私はまだ負けてないからね!」
左手の竹刀を道場の床に放り投げ、千尋に向かって徒手空拳で構える。
「やれやれ……」
そんな私を見た九十九は溜め息を吐きながら大仰に立ち上がり、自ら竹刀をへし折った。
そして、彼もまた徒手空拳で構える。
「俺も燐火に負けてられねえな」
「いや、どんな対抗の仕方だよ」
「うるせえ! 俺には俺のやり方があるんだよ!」
「いやどんな!?」
九十九の発言にびっくりしてしまい、思わず構えを解いてしまった。
それを見た千尋は苦笑いしながら自らの剣と盾もまた、砕いた。
「そうだな。だったら俺も、負けてらんねえな」
「へっ、そう来なくっちゃ」
「それでこそ千尋」
そして、三人が三人とも徒手空拳で構え、三人が三人とも、睨み合った。
数秒の沈黙の後。
最初に口を開いたのは千尋だった。
「――それじゃ」
――仕切り直し。
ふっ…………。
なんだこれ、やけに書き辛いぞ?
燐火だからか?
燐火だからなのか?




