三
「駄目-! 勝てない!」
両足でステップを踏みながら、右手の掌底を千尋の盾に叩き付ける。木が折れる音が道場内に大きく響く。
すぐさまステップでその場を離れようとした瞬間、背後を取られ喉元に木の刃を突きつけられた。
「……だけど、ようやく戦えるようになったんじゃないか?」
千尋は残心をやめると木刀で私の肩を軽く叩く。
「そうかな?」
「ああ。相手が軽傷で済むように、じゃなくて、命取りになる攻撃だけはしないようにしよう、って考えに至らないのが燐火らしいな」
「うるさいっ!」
上段蹴りをくらわそうとするも、あえなく失敗。軸足を刈られ見事に頭から床に落ちたのだった。
気絶していたのはほんの数十秒だけだったらしく、道着は汗でぐしょぐしょのままだった。千尋は何処かへ行ってしまったようで、今この場にはいない。
「ふぅ……」
私は一つ溜め息を吐いてから起き上がった。あえて武器を持たない、という試みは、あながち失敗ではなかった。体の動かし方がよく理解できたし、何より自由度が高かった。
自分の両手が開閉するさまを眺めながら考える。
命取りになる攻撃だけはしないように、……ね。
私はまだまだ未熟だ。例えばこのまま力だけが強くなったとしても、手加減無しで相手を殴れば逆に自分の腕ごと木端微塵になるだろう。
いや、腕の一つや二つはどうにかなるけど、痛いのはなあ……。
思わず苦笑いにも似た笑みを浮かべる。
「……ん?」
ふと、人の気配を感じて道場の入口を見る。千尋だろうか?
しかし、聞こえてきた声は私の記憶には全くない声だった。
「たのもー!」
勢いよく木の扉が横に開かれる。私は思わず叫ぶ。
「あ、お断りします!」
「うるさい! 上がるぞ!」
えー……。
一歩後ずさってしまった。
闖入者は茶髪の少年だった。肩まで伸びた髪は軽く天然パーマが掛かっており、彼の印象を軽くした。服装は私や千尋と同じ道着に袴姿で、腰には左右に一本ずつ竹刀が収められていた。裸足のおかげで、彼の足の爪が尖っているのが良く見える。よく磨かれたそれは、凶器とも言える異様な輝きを放っているように錯覚させる。
警戒した方がよさそうだ。
「……なにか用ですか?」
一応、形式的に尋ねてみる。
「まあ、道場破り。むかーしむかしの流派が生きてたらなー、って立ち寄ってみただけなんだけど、当たりだったみたいだな」
「はあ……」
とても楽しげな無邪気な笑顔を彼はこちらに向けてきた。
私の頭の中は疑問符だらけだ。
――何故この人はこんなに楽しげなの?
――どうして『私』を前にして落ち着いていられるの?
――どうせ我慢しながら会話しているんでしょう?
――すぐにでも殺したいんでしょう?
――気付いてるのに、どうして?
――亜人が大っ嫌いなんでしょう?
疑問は自然と動揺へと変化し、次第に殺意へと昇華した。
それを敏感に感じたのか、茶髪の少年は目を細め、鋭い目つきでこちらを睨む。
「いいね、その殺気。期待出来るよ」
「シッ!」
私は一歩で少年との距離を詰め、手加減も遠慮もない掌底を彼の胸に向かって突き出す。少年は一歩下がることでそれを避けた。風圧で彼の道着や髪が乱れる。
少年が意外そうな顔をした瞬間、私は彼の腰から竹刀を二本とも引き抜き、右手の竹刀で脇腹を狙い、左手の竹刀で彼の右耳を狙って攻撃する。
「いっ!? 手癖の悪いやつ!」
少年は悪態を吐きながら一歩踏み込み、両手で竹刀を握る私の手を押さえ、攻撃を防ぎつつ、自らの得物を取り返そうとする。しかし、それは私が大きく後退することで失敗に終わった。
「基本スペックは良い方だと自負してるから」
嫌味交じりに返事をするが、少年は気にした様子もなく。
「ははっ、じゃあ俺と一緒だな」
むしろ嬉しさを隠さない笑顔で返してきた。
ぶちりと何かが切れる。
「死ッ――――!」
「落ちつけアホ」
私が両手の刀を後ろに投げ捨てようとした瞬間、背後からの襲撃により意図せず顔面が板張りの床を突き破る。声から察するに、千尋の仕業らしい。
「千尋……」
私は自分でも驚くほど恨めしそうな声を上げながら顔を上げる。だが、少年への黒々とした感情や、千尋への怒りは次の千尋の言葉によって消し飛ばされた。
「よく見ろ、人間の振りをしてる亜人だろうが」
…………。
「いやいや、人を見かけで判断するのは良くないぜ?」
「いやだって獣臭いし」
「…………」
…………けものくさい?
何故か思考停止していた頭がその単語に反応を示した。
「もしかすると千尋、私も……?」
恐る恐る、勇気を振り絞って声をだし、背筋を伸ばしながら千尋の顔を見上げる。
何故か同情した様な視線を返された。
「…………」
えっと……、どうして無言なのでしょうか?
ぶっちゃけ、水浴びだけじゃ臭いです。
4月22日 改稿




