一
「今日はどうする?」
寝間着から道着に着替え終わり、朝食の準備をしていると千尋が後ろから声を掛けてきた。そうだなー……。
「久しぶりに山を下りてみない?」
「駄目だ」
「即答!?」
息つく暇もなかったよ今。
私はどうしたのさと振り返る。千尋は真剣な眼差しで私を見ていた。
「ほら、前千尋が言ってたじゃん。日本の景色が変わったって」
「それは日本が内戦を始めたから! 今下りたら危険なんだよ!」
「んー、じゃあ、もう少し待ったら下りようか!」
「そう言う話じゃないっての……」
千尋は頭が痛いと言う風な仕草をする。
「とにかく、当分山から下りない! って言うか、ここ、本気で山だけの島だから下りても何もないと思うぞ」
「あっ、そう言えばそうだったね! ……じゃあどうして千尋は日本の景色を見れたの?」
山のてっぺんから見たのだろうか。私もよく日本の景色を見るけど、何がどう変化したとかは全く気付けていない。千尋に言われても、疑問符を頭の上に浮かべるしかなかった。
「お前も一緒に見てるだろいつも……」
「ま、そうだけど」
ウサギの毛皮を剥ぎながら答える。
「……とにかく、駄目なものは駄目だ!」
「はーい」
私はいつまでも子供じゃないのに、と言う愚痴は口に出さないでおく。でも、私だってもう十五歳だ。もう立派に……、立派に……。
「……胸ってまだまだ大きくなるよね?」
台所で一人、誰に問いかけるでもなく呟いたのだった。
ウサギの丸焼きと山菜のサラダが今日の朝食だ。その辺の草を引き抜いて水洗いしただけなので、味の保証は出来ない。いや、ちゃんと裏庭でキャベツ育ててるからね……? 季節じゃないだけだ。
「いつから内戦って始まったの?」
「うん? そうだな……三ヶ月ぐらい前、かな」
「ふーん」
三ヶ月前、私たちが何をしていたのか思い出して見る。
…………、今と全く変わらない生活をしていた気がする。自給自足で、千尋に稽古つけてもらって。今と全く変わっていない。
「戦争、なんだよね?」
「どうだろうな。そうならなきゃいいけど、まあ、言ってみれば内紛も小さな戦争だ」
「うーん……?」
「人が人を殺すのが当たり前。戦争は結果が全てだ。『どれだけ相手を殺せるか』、と考えるやつもいるが、そうじゃないと俺は思う。『勝てば良い』。それだけだ」
「勝てば良いの?」
ならじゃんけんでもすればいいのに。
「アホ。運なんかじゃなく、実力で勝つんだよ。そうしなきゃ、相手を支配できないだろ」
「そういうモノなの?」
「そういうモノなんだよ」
聞くところによると、外国では太い綱を大人数で引き合い、領土を毎年奪い合ってる市があるらしい。A市対B市なら、勝った市が負けた市の領土を少しだけ貰えると言う、不思議な争い方だった。
「意味あるの、それ」
「プライドを賭けて戦っているようなもんだ。運動不足の解消にもなるしな。これは戦争って言うより、市合同スポーツ大会だな」
「ふへぇ~」
「わかってねえだろ」
空になった食器で頭を叩かれた。スプーンと食器がぶつかり合い、硬質な音を出す。
「イテ」
「まあ、日本の内紛は少なからず外国も干渉しようとするだろうけどな。徒労に終わると思うぜ」
「どうして?」
「日本帝国様はどの国よりも早く『超能力』を実践兵器として導入した国だからな」
いわば得意分野にもなっている、そうだ。得意なことがあるのはいいことだと思う。
「まあ、いいことだな。相手より有利に立てるという事だしな」
「えっと、つまり……相手より勝ちやすい戦争が出来るってこと?」
「そういうことだな。長所を伸ばすか、短所をなくすか。日本は『長所』を作ったんだ。『超能力』という、新しい戦争の武器をな」
「…………」
「燐火の超能力なんて、この上なく戦争向きだと思うぞ」
「う……ヤダ……」
私の能力のせいで人が死ぬなんて、考えたことがなかった。想像するだけでも、怖気がし、言い知れない感情が喉元からせり上がってくる。
これは一体なんだろうか。
「燐火は優しいな。決して他人を傷付けないなんてさ」
「そうかな?」
「そうだよ。俺なんて、自分を守るために沢山の『人間』を傷付けてきた。それが当たり前だと思ってたからな」
……それが。
……『普通』、なんじゃないかな。
私は弱いから他人を傷つけられないだけで、弱いから覚悟が出来ないだけで。
決して優しくはない。
私はとても醜いのだ。他人を恨み、他人を妬み、他人を殺そうとも思ったが、怖くて触ることすらできず、結局逃げてばかり。
現実から目を逸らしながら、自分を守ろうとしてきただけなのだ。
「千尋は優しいよ」
気が付くと、そんな言葉が出ていた。
「ありがとう」
「でも、山は下りちゃ駄目なんだよね?」
「駄目だ」
「むー」




