五十七
ゆさゆさと揺らされる感覚。その後、頭を軽く叩かれた気がした。それに答えるように、オレはゆっくりと目を開ける。
眩い光に思わず顔をしかめる。
「…………ぅ」
「お。起きたか」
少年の声がすると同時に、オレの顔に暖かいタオルが被せられた。
「大人しくしてろよ。お前は一応、不審人物なんだからな」
「……ここは?」
オレはタオルで顔を拭きながら身を起こす。どうやら家の中のようで、昨晩の豪雪が嘘の様におさまっていて、網膜を貫くような日光が窓から差し込んできていた。
……ああ、そう言えば、昨晩村みたいな町みたいな、人の住んでいそうな地域を見つけて、それで気が抜けてぶっ倒れたんだっけ……。
「お前、何処から来たんだ?」
少年は黒い美しい髪を肩まで伸ばしていて、前髪はとても丁寧に切られている。なんと表現したらいいのだろうか、決して下手ではないのだが、別段上手でもない髪の切り方だった。誰かに切ってもらったかのような感じだ、と言えばわかるだろうか。
赤いジャケットに黒いインナー、黒色のジーパンと、衣服の色を黒と赤で統一している少年だった。手には、林檎と包丁が握られている。
「何処から……?」
「ああ。少なくとも、北海道の出身じゃないだろ? だが、東北でもない。なら、関東か、中部、なんじゃないのか?」
「…………」
どうしたものかとオレは頭を掻く。
「言えないのか?」
少年は右手の包丁の切先をオレに向けながら凄む。それに対し、オレは首を振りながら答える。
「いや、言えることには言えるんだが……」
「どういうことだ? 言ったら殺されるからか?」
「さあな。ただ、何処の出身かはいう事は出来ないが、何処から来たかはまあ、一応話せる」
「そうか。言ってみろ」
少年の横柄な態度にイラっときたが、ここは敵地。ひょっとすると壱乃樹達が迎えに来てくれるかもわからないので、大人しくしていよう。
「近畿の牢獄から脱獄してここにきた」
「…………」
「ああ、別に悪いことは何もしていないはずだ。ちょっとした手違いと言うか、うっかり捕まったようなものだ。別に警戒しなくていい」
いや、警戒しない方がおかしいか、と少年に目をやると、やはりと言うか、警戒した目つきでオレを睨みながら、間合いを計っている。
「お前……。……いや、やっぱりここで消す!」
「やっぱりそうなるか……、っと」
オレは少年がオレの刀に触れようとした瞬間、水を使って刀を回収する。オレは腰に仙流を吊るし、背中に曙を担ぎながら口を開く。
「なんだ? ここで戦うのか?」
その言葉に目の前の少年は首を振る。
「大人しく町の外へ出ろ」
「はいはい。大人しく、ね……」
オレは指示に従い窓から家の外へ出る。
「なっ! お前!」
「早くしないと逃げられるぜ!」
オレは目に付いた門の方へ脇目も振らず走る。
その途中、町の何人かがオレに話しかけてきた。
「ん? もう帰るのかいお兄さん」
「ああ。世話になったな」
「ははは! 礼なら仲夏に言ってくれや」
「ああ。機会があったらな……。じゃあな!」
オレは笑顔のオッサンたちに手を振ると、更に脚に力を込め、走る速度を上げた。
門を潜ろうとした瞬間、先ほどの少年が突如目の前の空間に現れ、オレに向かって右手を伸ばしてきた。
「っ!? 『蕾』!」
「ちっ」
オレはとっさに身を屈めながら右手を避け、少年の脇腹を仙流で鞘ごと殴りつけた。しかし、もう少年の姿はそこにはなかった。
「後ろか!」
オレは水の膜を体表に張りながら刀を抜き、両手に仙流とその鞘をそれぞれ構える。振り向くと、腕を組んだ少年が二メートルばかり先に立っていた。
「転移系の超能力か?」
「教える義理はない」
「そうか。またな」
オレは少年、仲夏の返事を聞くと、すぐさま踵を返し町と反対方向に向かって再び走り出した。
しかし、いくら走ってもその場から動いた感覚がない。
立ち止まってみると、オレが走る速度と同じ速度で後ろに進んでいることに気が付いた。
「……これがお前の能力か」
距離に関係するモノだろうと見当をつけ、仙流を鞘に納める。後ろにさがる動きが無くなったことを確認して、振り向く。
町の入口には、騒ぎを聞きつけた人々が野次馬のように集まっていた。
「ちゅ、仲夏、どうしたんだい……?」
「さがってろ! あんたたちが出る幕じゃない!」
乱暴な言葉遣いだが、彼よりも年上の人々でさえもそれに従っているのがよくわかる。
従っている。
否、あの仲夏とか言う少年が力によって従わせているのではないという事は、彼らの目や態度を見ればすぐにわかる。
信頼しているのだ。そして、心配している。町の人々は彼の身を案じ、その少年は町にいる人々の事を守ろうとしている。
「……ああ、そうか」
オレは緊張感を持ちながら話す彼らを眺めながら、一人微笑んだ。
脳裏には、千夜や雀、信長や無言さんたちの笑顔や、オレを叱咤する顔、なにか変なものを食べてしまった時のような表情、照れる様な表情……。様々な情景が浮かぶ。
「守るべきもの……か」




