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武技憂気日本大戦  作者: 囲井 鯀
―弐―
61/111

五十六

 生き地獄とは貧困からくるものではないとオレは考える。

 屈辱的な行為をさせられ続ければ生き地獄だと感じる者もいるだろう。そういうやつは大抵妙にお高く留まった傲慢な小心者だ。


 しかしオレはそんなやつではないと思う。割り切ってしまえば、屈辱的な行為も平気だろうが、割り切る前に首謀者を殺すことは必至。

 話を戻そう。


 生き地獄とは何か。

 オレは呼吸さえできれば生きていけるのだから、呼吸できないとなれば死ぬ。ならば、呼吸が出来る状況下での地獄、だろうか。

 オレは再生能力があるので、もし仮に拘束され、体の一部を延々と斬り落とされ続ければ、当然痛みも延々と続くだろう。痛みになれないようにひとつ前よりも残忍で痛みや恐怖が残り続ける方法で斬り落とされ続ければ、それは生き地獄だと言えるかもしれない。

 だが、オレの再生能力は体内にエネルギーの貯蓄があればのこと。貯蓄が無くなってしまえば痛みにより絶命するだろう。これでは本当の生き地獄とは言えないと断言しよう。


 生き地獄は、生きたまま地獄を見せなければならないのだ。

 地獄とは死後の世界。『生』に終わりはあれど、『死』に終わりはないのだ。もし、死に終わりがあるとするのならば、それは死が終わったのではなく、『ある個人』、例えばオレならば、『弐騎継被』が終わり、『別の誰か』が始まった、という事になる。

 『弐騎継被』の死には終わりがない。

 だが、オレが演じる『弐騎継被』には終わりがあるのだ。


 死ぬことがあることの終わり、と意見する人にとっては、つまり、『死ぬこと(じさつ)』が『生き地獄(じんせい)』の終わりなのではないだろうか。

 しかし残念ながら、オレはこの人生を『生き地獄』などと考えてはいない。


 ならば。

 オレにとっての生き地獄とは、一体何を指すのだろうか?




「ああああああああああああああああああ!」


 誰が悪いかって?

 もちろん、オレが悪いに決まっている。


「ぎゃああああああああああああああああ!」

「被ー! 落ちつけ! 叫ぶと体力が無くなるぞ!」


 叫ぶ壱乃樹の声もどんどん遠くなっていく。

 ごうごうと下から吹き付ける風が、オレの肌を突き刺していく。


「水! 水は!?」


 手を伸ばしても、手に触れるのは雪だけ。雪も水なのだが、自分が落下しているという事から来る混乱で上手く制御できず、水がオレから逃げていくように錯覚してしまう。そして、その錯覚がさらなる混乱を呼ぶのだった。


「あああ! 誰か! オレは! オレはぁ!?」

「――――っ! ――――――! ―――――!」


 オレは大きくなる風の音を聞きながら、徐々に近づいてくる白い大地から逃げようと、必死に手足を動かすのだった。


 それが無駄な事とわかっていても。




 ぼふっ。

 そんな、柔らかい音で積もった雪がオレを受け止めた。かなりの高所だったせいで、十メートル程埋まってしまったのだが。

 雪で頭を冷やし、水を操り周囲の雪を流動させ熱を生み、溶かして液体にする。


「……北海道、か」


 流石は雪の大地。雪しかない。だがまあ、オレはこうして土色の大地に立っているので、流石に全て雪で出来ているというわけではないらしい。


「あーあ、どうしたものか」


 オレは水の流動する範囲を半球状にし、またその範囲を徐々に広げていく。オレを中心に水を展開させながら、気の向くままに歩き出す。


 参幅霧に会うためには、ただ歩くしかない。

 そう信じるしかなかった。



 程なくして、オレは小さな町の小さな入口の前で力尽きた。

(7月24日 改稿

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