五十四
「待てよ……」
オレは壁の中から這い出ながら秀吉の背中を睨む。
「まだ、やられちゃいねえ」
「その体で、よく戦う」
呆れた風に呟きながら秀吉は振り向いた。オレは秀吉に向かって笑いかける。
「オレは不死身なんでね……。たとえバラバラにされようとも、地獄の底からでも蘇って殺してみせる」
「ふん……。方便だな」
そう、方便だ。オレを動かすための体内にある『箱』が壊されれば、オレはあっけなく死んでしまう。秀吉もそれをわかっているのだろう。先ほども、中の『箱』が壊れないように注意を払いながら殴り飛ばしていた風に感じられた。
つまり、どういうわけか秀吉はオレの身体のことを知っている。
しかし、別段驚くことは無い。『全てを知る』少女がこの近畿にはいるのだ。オレの身体のことを知らないこと自体おかしいだろう。
ならば、オレを殺さない理由もわかる。捕らえ、解体し、仕組みを理解し、オレと同じような人間を『大量生産』することが目的だろう。
だが、それならば常夏月に聞けばいいのではないか? 彼女は『何でも知っている』のだ。構造も知っていて不思議でない。
ならば、また別の目的で使用するのだろうか。
「……知っていると思うがな」
オレは足元にある自分の一部だったものの一つを拾い上げる。
――別の目的、とは、つまり。
――オレの体質、だろう。
「オレは何でも自分の栄養分に出来る」
「知っているな。だが、自分を食べて補給するエネルギーより、修復に使われるエネルギーの方が多いのだろう?」
「御明察だ」
だから、さっき壁を取りこみながら再生したのだ。
オレはゆっくりと自分の身体の一部だったものを咀嚼し、時間を稼ぐようにエネルギーを補給する。
あの二人はまだ来ないのか!
「――来いよ。待っていてくれた礼だ。不知火ニンポーの真髄を見せてやる」
「ほう……。不知火の者は皆滅んだものと思っていたがな。しかしお前は四国の者のはずだが?」
「弐は学ぶことを象徴する――」
オレは虚空から何本か苦無を取り出すようにして、両手に三本ずつ苦無を持つ。
「弐は学ぶことで命を繋ぐ――」
苦無を一つ投げオレと秀吉の間の床に刺す。
「弐は幾度も失敗し、その度に学ぶことで完成させることが出来た。故に、最も完成度が低いと言える。故に! 完成度の低さが転じて己の弱点に! 己の弱点が転じて己の強みになるのが弐だ!」
オレは残りの五本の苦無を不規則に秀吉に投げつけ、走り出す。秀吉は五本の苦無を空中で掴むと、即座に投げ返してきた。
「『水式防御陣第一陣』!」
オレの前方に水の結界を出現させ、こちらへ飛んでくる苦無の軌道をずらす。
ほぼ一瞬で秀吉との距離をなくし、拳と蹴りの連打を繰り出す。
「その程度か! 弐よ!」
秀吉は巨大な拳を握り、寸分違わずオレの顔面を吹き飛ばすように殴る。オレはそれを大きく避け、拳の風圧を利用しながら身を翻し秀吉の背後を取る。
「『不知火ニンポー・かげ』」
ぼそりと呟く。
その瞬間、秀吉の後ろ蹴りがオレを襲う。
「無駄だ。振り向いてもお前はオレを見つけられないし、オレを見ていなければ攻撃は一切当たらない」
「……『かげ』、か。その術は不知火の老人が使っていたのを覚えている。水辺の戦いでなければ決着はつかなかっただろうよ」
「残念ながら、ここに移すものは一切ないがな」
窓もなければ、水もない。壁の方にはオレの血が半ば乾いてこびり付いている程度だ。渇いた血ならば何も映ることは無い。
「『不知火ニンポー・――』」
「無ければつくる」
刹那、秀吉は自分の腕に噛み付き、その肉を食い千切った。辺りに鮮やかな紅が飛び散る。
オレは赤い球体に映る秀吉と目が合ったような気がした。
「っ!」
「むんっ!」
オレはとっさに横へ逃げるも、秀吉の蹴りが生み出した風圧に吹き飛ばされ埃塗れの床に投げ出される。
秀吉は口の肉を吐き出しながらこちらを向く。左腕からはだくだくと血が流れ続けていた。
秀吉は左腕に力を入れて筋肉を膨張させ、血管を圧迫することで半ば無理矢理な止血をした。オレはあまりのことに息を呑みこむ。
「生の肉は、食うべきではないな。不味いわ」
「そうかよ。生憎、オレは瓦礫でも雑草でも何でも食っちまうような変態だからな」
勢いをつけて身を起こす。どうやら、怪我はしていないようだった。
「『かげ』は破った。次は『かげぶんしん』でもするか?」
「かげ繋がり、ってやつか?」
笑いながら返すが、笑みが引き攣っているのをひしひしと感じる。まさに使おうとしていた手を当てられたのだ、迷いが生じてしまう。
だが、迷っている暇など無いのだ。迷うのならば、別の手を使うまでだ。
「見せてやるよ! 『不知火ニンポー・きたかぜ』!」
「正面突破すれば脆いだろうに!」
「うおっ! 『たいよう』!」
「隙だらけなのに気付かんか!」
「がっ! くっ、『あらし』!」
「ただ数に物を言わせただけの打撃か!」
「『とっぷう』!」
「それがどうした! くすぐったさも感じないわ!」
「『ぎゅうほ』!」
「聞かぬと言っておろう!」
「『しゅんぽ』!」
「攻撃パターンが単調すぎる! この程度か、不知火よ!」
「がぁあ!」
オレは秀吉に蹴り倒され、床に仰向けで転がる。秀吉は天井に届くほどまで飛び上がり、眼下のオレを睨んだ。
立ち上がろうとするも、蹴られた衝撃が身体全体に響いていたようで、腕に力が入らない。
「奴はお前を生きたまま捕らえろと言ったがな! どうやら無理なようだ! 覚悟せい!」
右手で天井を殴り、その反動を利用して秀吉は一直線にオレへ向かって落ちてくる。
オレはそれを笑顔で見ていた。
「『かがみ』ぃ!」
木の枝が折れたような、渇いた音が部屋中に響き渡った。




