五十二
目を覚ますと、オレは冷たい床で眠っていた。体中が痛みで悲鳴を上げているが、すぐに慣れる。
「起きたか、被」
「壱之樹……」
大分楽になった頭を振りながら、俺は身を起こす。手探りで刀を探すが、しばらくして奪われたのだと思い出した。
奪われた、というより、争い合う意思がないということを伝えるために仕方なく渡したのだが。あのまま戦っていたら、普通に負けていた自信がある。
超能力の利用は計画的に、というやつだ。良い教訓になった。
「大丈夫か?」
「ああ、寝たら楽になった。迷惑かけて悪いな」
「いや、もしかしたら近畿を見て回れるかもしれないし、結果オーライだよ」
「……そうか」
結果良ければ全て良し、という事だろう。まあ、とりあえずここから出るとしようか。
オレ達を閉じ込めている鉄檻に触れながらオレはふと感じた疑問を口に出す。
「それにしても、見張りがいないな。オレ達が逃げるなんて、簡単に考えつくだろうに」
「最初の頃はいたんだがな」
「なら、どうして?」
オレは鉄檻を手でねじ切り、その残骸を食べながら壱之樹に問いかける。
「さあ? どうしてだろうな? 慌てて出ていったぞ」
「慌てて? 火事でもあったのか?」
尖った鉄檻の残骸を危なげに避けながら、壱乃樹は牢から出る。オレは残りの部分を残さず平らげてから後に続いた。
変な視線など感じていない。断じて。
「さあな……」
壱乃樹は木の机の上に広げられた紙を眺めながら答える。オレもそれに倣い覗き込むと、どうやらそれはこの施設の見取り図らしい。長方形のような形をしていた。
しかし、字が読めないので何がなんだかさっぱりだった。
「廊下を出て右に曲がると、武器庫があるらしい」
「……そうか」
正直、漢字など読めたものではない。言ってしまえば、ひらがなというやつも怪しいまである。お前は日本人か、と問われればしぶしぶ頷くほかないが、こんなご時世だ、オレのような奴などごまんといるに違いない。
だからオレが字を読めないのは有り得ないことなのではなく、むしろ日本帝国の暗い一面を体現していると言えば特別な存在だと言えるのだ、オレは。
顔を上げ、刀のあるであろう部屋へ続く廊下への扉を探す。
「ちょっと待って、弐騎継くん、壱乃樹くん」
「……どうした壱騎樹、変な声なんか出して」
「いや、今の俺じゃないんだが」
じゃあ誰だよ……と壱乃樹の方を向く。
壱乃樹は俺の足元を指差しながら、頭の毛を動かしていた。すると、右下の方から幼い子供特有の高い声が聞こえた。
「僕だよ僕。常夏月九だよ」
間の抜けたような、緊張感のない一言。
「そうか」
声がした方を確認せず、音の発生源と思われる空間に蹴りを入れる。
しかし、手応えはなかった。
「っ?」
「おっと、僕に攻撃は当たらないよ」
蹴りが空ぶったことに戸惑っている間に、身体の小さな常夏月と名乗る子供に背中を占領された。
「なっ! この……!」
水を操り常夏月を捕まえようとするが、操る直前に常夏月はオレの肩へよじ登り、頭を一発殴る。軽い一撃なのだが、確かに頭に重く響くものであった。
「ぐっ」
「事象を操る超能力は大抵、頭で考えながら行使するからね。頭が弱点になるんだよ」
「このっ!」
右手をかざし、背後の常夏月の頭があるであろう座標に向かって熱光線を放つ。
「モーションは単調、急所を確実に狙っているがゆえに単純明快な射線。そして、末端の諸器官からの攻撃。サイボーグなら当然の行動だね?」
「うるせえよ! 『無刀十八番・落葉』!」
「一々攻撃したい部位を目で見過ぎてる。それじゃ手練れの者には勝てないよ。フェイントも織り交ぜているんだろうけど、はっきり言って無意味。僕には全て見えてるよ」
「このっ!」
見てないでお前も戦えと壱乃樹を睨むと、肩を竦められた。
オレは常夏月への攻撃をやめて壱乃樹を怒鳴る。
「戦えよ! 殺されたいのか!?」
「いや、そう言われてもな……」
「ああ!? ――ごふぅ!」
壱乃樹は申し訳なさそうに頬を掻きながら、オレの方へ近づいてくる。
その僅かな時間の間にまた背中を占領された。
「いや、そこの常夏月だったか?」
「九だよ!」
「ああ、はいはい。そいつは殺そうと思えばいつでもお前を殺せたはずだろ? なのに、そうしなかった。いや、あえてそうしないのかもしれないが、そこには何か理由が存在するはずだろ? 一旦落ち着いて、話を聞いてみたらどうだ?」
「むう……」
常夏月は意外そうに唸ると、オレの背中から下り、オレの目の前に回る。
腰まで届く長い紫色の髪に、今の時代では珍しい形をした、余計な飾り気の多い服。病弱そうな色白の肌に似合わずその瞳に宿す爛々とした意思。右手には細長い針が一本握られていた。
……確かに、壱乃樹の言うとおりいつでも殺せていた。
オレは被りを振り改めて常夏月を見下ろす。
それを確認した常夏月は年齢にそぐわない、にやり、といった風に笑って見せた。
「わかってくれたかな?」
「いや、まったく」
なにを言っているんだこの餓鬼は。




