五十一
気が付けば二月……。
バレンタインデーが誕生日の人はきっと義理チョコ≒誕プレに違いない!
羨ましくないし……。
いや、タダで甘いモノ貰えること自体はとても羨ましいですが。
路上でホールケーキ配られてないかな……?
「……本当にこれでよかったのか?」
水の足場の上を走りながら優が問いかけてくる。
「なにがだ?」
「あいつ、大切な人なんだろ? 置いて行ってよかったのか?」
「……いいんだよ」
オレはただそれだけしか答えない。
これでよかったのだ。そう、自分に言い聞かせる。
結局、千夜とは話し合えなかったように感じる。ただ、オレが自己満足のために意見を一方的に押し付け、千夜がそれを受け止め、認め、見逃してくれた。
ただ、それだけだ。
それだけなのに、千夜は待っていてくれると言う。
本当に、頭が上がらない。
四国と縁を切るつもりなのに、千夜のおかげで躊躇いが生まれてしまった。
今戻れば、彼女は笑顔で迎えてくれるだろうか。
今戻れば、彼女はオレを怒ってくれるだろうか。
今戻れば、彼女は一緒に来てくれるだろう。
だが、オレは戻らない。
戻らないという事は、すなわちオレの気持ちを裏切る行為でもあり、しかし彼女の想いに答えるという事なのだ。
ならばなおさら、戻れるわけがない。
これでよかったのだ。
オレはもう一度自分の中で結論付け、大きく頷いてみせた。
「……そうか」
「ああ、そうだ」
オレ達は眼下に迫る近畿の『壁』を見つめながら、無言で走り続けた。
――あ、これはもう、大変な事態だ。
「おい、優」
オレは『壁』の真上で立ち止まり、優に声を掛ける。
「どうした、急に止まって」
「いや、もうすぐ能力持続に限界が……」
「はぁ!?」
「いやね、無意識下でも発動できる超能力なら限界は来ないんだけど、水を操るっていうのは脳に負担がかかるだろ?」
簡単に言えば不随意筋と随意筋の違い、といったところだろう。心臓は普段通りにしていれば疲れることは無いが、激しい運動をすれば心臓にかかる負担が増えて大変なことになってしまうのと一緒だ。腕立て伏せだって何時間も続けていれば限界が来てしまう。
そう、腕立て伏せの限界が間近に迫っているのと同じように、今のオレの水を操れることが出来る限界の時間が迫っているのだ。
「スゴイ辛い」
「くそ、だから反作用で飛んでいきたいってことか!」
「もうしゅんぱつりょくもない」
ゆっくりと足場を降ろしていく。だくだくと嫌な汗が止まらない。
「ちょ、大丈夫か?」
「へーきだ、へーき。しんぱいするな」
「嘘吐け!」
オレ達が『壁』の上に降り立つと、耳障りな警報が辺りに響き渡った。ほとんど同時に階段を駆け上がってくるような音がする。
「誰だ!」
「む……」
壱乃樹がフードを被りながらオレを庇うようにして現れた人たちの前に立つ。
「なっ!? 化け猫……!?」
「どうしてここに!?」
どうやら相手は六人のようだ。壱乃樹の登場に動揺しているようだった。
「……わるい、な」
「いや、俺も無理させて悪い。今は戦争なのにな、観光気分で空を走りたいと言っていた」
「……おまえだけしね」
「いや、本気で悪かったって思ってるからな!?」
わかったから騒がないでほしい。声が頭に響いて辛くなってきた。
「くっ! 下手に動くなよ! う、撃つぞ!」
「わかったから、さっさと、つかまえるなり、つきおとすなり、してくれ」
「うぐぐ……?」
どうやら挑発と受け取られてしまったようだ。拙いな、うっかりすると今ここで殺されかねない。
「ほれ」
仙流と曙を先頭にいる男に投げ渡す。男は危なげに受け取った。
「え……?」
いきなりすぎて理解できないと言う顔だったので、オレは親切に説明してやる。
「そのふくろにはいったかたななんだがな……」
「…………、それがどうした」
「……さやからぬいてみろ。ころすぞ…………!」
「ひぃい!」
男が刀を落としそうになったのを見て、オレは半歩ばかり前に出る。それを見た男含む六人は慌てて刀を支えたり、武器を構え直したりする。
「……おまえもぶき、わたせよ」
「ま、仕方ないな」
そう言うと、壱乃樹はフードを外しながらフードの中から千枚通しを五本取り出し、パーカーを脱いでその下に着ているタンクトップごと自分の身体に巻きつけていたワイヤーを解き、パーカーを何かを叩き落とすような動作をして刃渡りが異様に短い質素なナイフを大量に地面に落とし、ズボンを下ろし脚に括り付けられた布を外してパーカーに仕込んでいたようなナイフを布ごと何本も足元に置き、さらにはズボンから引き抜いた革のベルトが革から鋼鉄に変化した。
「……いろいろときかくがいだな、おまえは」
「まあな。大した超能力も持ってないし、他で補わなきゃなんでね」
……十分すぎるだろ。
改めて足元の暗器の数々を見る。これだけのものを身に付けながら日常生活を送っていたのか。
「…………」
やはり、壱乃樹は異常だった。




