四十六
あれから三日経った。今は早朝である。物置にフードを被ったまま眠る壱乃樹を置いてオレは赤髪さんの住む家に向かっていた。
外はまだ暗く、吐く息が白く染まるほど寒かった。しかし、起きたばかりの頭には心地良い。
何故こんな早朝に向かうのかと言えば、待ちきれないという衝動もあるが、胸騒ぎがしてならないのだ。
千夜が近づいてきている。
そんな感じがしてならない。オレはあの日、三日前からほとんど外出をしていない。壱乃樹にも、オレのことを聞かれたらすっとぼけろと釘を刺したほどだ。なにせ、オレとあいつは関係しているという事を知られてしまったからな。雀はあんなこと言っていたが、心の中では絶対にオレを逃がすまいと考えているに違いない。
昔からそういうやつなのだ、あいつは。それがあいつの恐ろしいところ、というかなんというか。
なんであれ、気を付けなければならない。
「おじゃまします……」
相変わらず軋んだ音を立てる。
みると、店内には赤髪さんしかいなかった。
「なんだい? 雀のやつなら寝てるぞ」
「いや、オレが今用があるのはそっちじゃないです」
なんですか、なんでもお見通しですかあなた。
まあ、オレに会ってから雀のやつ、いやに上機嫌だったからな。勘繰られても仕方ないだろう。
「ああ、刀か。猫の方は今部品を冷却している所だ」
「そうですか」
「まあ、座って見ていろ。今パンダの方の注文品を完成させる」
「……そうっすか」
はいはい、オレはパンダですよ……。ていうか、パンダはオレみたく機敏には、あ、動く。時々だけどなんか異様に動くらしいじゃないか。絵本に書いてあった。
見ると、何故だか知らないが刀の刃を鞘に納めたまま装飾していたらしい。逆に難しいのでは?
「…………」
赤髪さんは意識を鞘に集中し始めた。オレは向かいの少し離れたところに座りそれを見守る。
紅の糸が金色の革に模様を作っていくのがわかる。
裁縫、上手いんだな……。んんっ、失礼な事を考えた。
しばらくすると、奥の廊下から足音が聞こえてきた。おそらく雀だろう。
「おはようございます……」
眠そうな雀の声。
「ああ、おはよう」
「朝ご飯、今から作りますよ……」
「わかった」
「今日はきちんと食べて下さいよ……。お客さんが来るんですから、眠ってたら大変ですからね……」
「君が言うかい?」
「私はいいんですよ、後十分もしないで目が覚めますから……」
雀が欠伸をしたようだ。廊下の角で話しているのか、雀の姿は相変わらず見えない。
「そうかい。顔を洗ってきな」
「一時間したらちゃんと上に上がって来てくださいよ……」
「はいはい」
床が軋む音が聞こえ、それきり雀の声は聞こえなくなった。
しばらく沈黙が辺りを支配する。
窓の外からそそぐ陽射しがいくらか傾いたころだった。
「――ほら、出来上がった」
「ありがとうございます」
オレは赤髪さんから金と紅で彩られた鞘に収まった刀を受け取る。
刃を拝見させてもらおうと柄に手を掛けると赤髪さんに制された。
「待て」
「な、なんすか……」
急にどうしたよ……。
「世界が平和になったら、こいつに陽の光を拝ませてやってくれ」
「……はい?」
「なに、願掛けだ。誰だって、平和な世界に生まれたいものだろう?」
「ま、まあ……」
オレに至っては平和な世界で迫害される気がしないでもないが……。殺戮兵器だしな、オレの体は。
しかし、赤髪さんがこんなことを言うなんて驚いた。
「実を言うとだな、こいつの刃だけは地下室にある、随分と使っていなかった施設で造ったんだ。さっきだって見ただろう? わざわざ刃を収めたまま装飾していたのを」
「ああ、そういうことで……」
「そうだ。だから、こいつは平和になってから、鞘から抜いてやってくれないか?」
おそらく、刀鍛冶、とは言わずとも、鍛冶師としての『作品』への愛情と言うものなのだろう。恐れ入ってしまう。
この人にとって、『作品』を他人へ渡すという事は、自分の手で育てた子を他人に渡す事と同じ事なのだろう。オレは、その行為がこの人にとって一体どれほどの重みを持っているのか知る由もないが、しかし、それでも先ほどの言動からこの刀に対する尋常でない愛情が感じられる。
返答次第では、オレがこの場で殺されかねない程の愛を感じる。
オレは冷や汗を流しながら、それを悟られないよう、ゆっくりと刀を受け取る。
「この命に代えてでも、その約束は果たして見せます」
オレはそう言うと、真っ直ぐ赤髪さんの眼を見つめた。
「…………」
「…………」
にこりと赤髪さんが笑い、オレは思わず目を瞬かせた。
「これを受け取れ」
そう言うと、赤髪さんは刀から手を放し、椅子の横に置いてあった布をこちらへ渡してきた。
「これは……?」
「こいつをこれで包んで持ち運ぶといい。厚手の布だし、派手なことをしなければ破れはしないだろう」
「わかりました。ありがとうございます」
オレは布を受け取り、丁寧に鞘に収まった刀をそれで包む。そして、先日壱乃樹に護身用として渡された麻縄を取り出し、布を固定する。長さがあったので、肩から掛けられるようにしておいた。
「よし、名付けてやってくれ」
「はい。…………はい?」
名付けてやってくれ?
「ああ、是非ともパンダに名付けて欲しい」
「オレにっすか……」
こういうのって、造った本人が名付けるんじゃ……。
まあ、造った本人がこう言うのなら仕方がない。多分。
「そうですね……」
なんというか、こう……。
「曙……、ですかね」
「うん、いいと思うぞ」
「そうですかね……。なんか、ぱっとしないというか……」
「だが、ぱっと思い浮かんだのが『曙』だろ?」
「まあ……」
そう言われれば、だけど……。でも、だったら暁の方がいい気がしてきた……。
「好きだけどな、曙って表現。ゆったりとしてて、いかにも平和って感じじゃないか?」
「……ああ、そういう考え方もありましたか」
「ああ。それはあんたの『曙』だ、大事にしてやってくれ」
「はい、この命に代えてでも」
オレの返事に満足したようで、赤髪さんは二度ほど頷くと踵を返し、廊下の奥へ向かって歩き出す。
振り返りもせず手を振る赤髪さんに苦笑しながら、オレはその場を後にした。
『瞬かせた』って表現、使ってみたかったんです。
ただの瞬きですけど。




