三十八
「悪かった」
「幸い、お互いに怪我はなかったしな。別に気にしてない」
「いや、自分を抑えきれなかった俺が――」
「化け物をじゃないのか?」
驚いて顔をあげる化け猫をよそにオレは踵を返す。まあ、他人に土下座されるってのはいい気分ではないことがわかった。
「壱、なんだってな。オレは何のことだかさっぱりわからないけどな」
「……知らないで、そんなことも知らないで『化け物を宿している』のか?」
「笑ってもいいぞ。オレは笑っちまう位滑稽な事をやろうとしているんだから……」
事情を知らない人間が聞いてもさっぱりわからない、オレ達だけの会話をしながら、ふと、オレは九州の壁を睨む。
オレが化け物を完全に支配すれば、あんな壁などどうと言うことはないだろう。だが、今は何かが足りないらしく思う様に支配が出来ない。従えるだけで限界なのが今の現状。
そんなことより問題はこの化け猫だろう。いつ後ろから襲われるかわかったもんじゃない。
「名前は何ていうんだ?」
「化け猫だけど?」
「本当の名前だ。オレは弐騎継被だ」
暗闇の中でも圧倒的な存在感を持つ壁から視線を外し、地べたに座り込む化け猫の方へ移す。
相変わらず眼は光っていた。きっとこういう体質なのだろう。
「…………」
「…………」
しばらく無言で睨み合う。
「壱乃樹優……」
「…………、そうか」
女みたいな名前だと思ったけど、口には出さなかった。
壱乃樹はすっくと立ち上がるとフードを脱ぐ。相変わらず眼が怪しく光っていたが、暗闇のおかげで顔が全く分からない。
「壱乃樹は年はいくつだ?」
「二十一だ。被も二十一だろ?」
「…………?」
そういえば、いくつだろう。確か川辺川がやってきた辺りで十八歳にはなっていたはずだ。それから約三年経ったから……。
「違うのか?」
「いや、二十一だな」
「いや、なんでさっき首傾げたよ?」
「しばらく一人だったからな、言葉を忘れてた」
「あからさまな嘘を吐くな!?」
面倒な奴に出会ってしまった。なんだっけ、壱と弐と参は一緒に居なければならない、だっけ? 参とかいうのもこんな感じなのだろうか……。




