三十七
「なんでだよ!?」
悪態を吐きながら抜刀する。
化け猫が左手で絡め取るような動作をしただけで水のワイヤーが残らず消えて無くなったのがわかった。一体どんな芸当をしたらそうなるのだろう。
「しっ!」
化け猫はしゃがんだ姿勢から脚のバネを利用してオレの懐に飛び込んでくる。仙流でその頭を斬りつけようと、刀身に水の膜を張る。
しかし、オレと化け猫の距離はあまりにも近すぎた。
「っ! がは……っ!」
化け猫の右拳を鳩尾にもろに受け、後方に吹っ飛びそうになる。鈍い痛みに耐えながら、刀を持たない左手を水で包み、凶暴な爪で化け猫の心臓部を狙う。
化け猫はそれを瞬時に避け、勢い余ったオレの左手は軽く自分の腹の肉を抉り取った。
「くっ……」
鞘を地面に捨て、仙流の刀身を深々と足元に突き刺す。抉り取ってしまった腹の肉を口に含みながら化け猫を睨む。
「…………」
闇夜のせいや、フードの角度のせいもあって化け猫の顔がうかがえないが、しかし、目だけはやはり爛々と輝いていた。
化け猫に、噛ませ犬。
だったら、オレだってやれるだけやってやろうじゃないか。どんな卑怯な手を使おうが、勝てばいいのだ。
「覚悟しろよ、化け猫」
「…………」
地面に手を当て、一帯にある地下水を無理矢理引き上げる。それを数百メートル程もある巨大な大剣に変化させ、息つく暇もなく一瞬で振り下ろす。
「くひっ」
次の瞬間、水が一瞬で消えて無くなった。
圧倒的な喪失感を感じ、思わず膝をついてしまう。まるで、両手にしっかりと持っていたものが目の前で消え失せたような、何ともいえない感覚だった。
化け猫の方を見ると、驚きのあまり吸った息が喉に詰まったような感覚を覚えた。
フードの中は暗闇で、眼は異様に光り、口も裂けたような薄っぺらい笑みを浮かべ、まるで真っ赤な三日月三つで顔を形作っているようであった。
「うけけっ」
明らかに異常だった。振り上げた左腕も音を立てながら異形に変化していく。醜く、巨大な左腕を形作っていく。
「くおっ! おい、オレの化け物!」
『どうしたんだい……? あれを殺すのかい……?』
「殺す殺さないの問題じゃない! 殺されないようにするにはどうすれば良い!?」
旋風の如く迫りくる化け猫を『不知火』の体術で避けながら、ビーム光線で迎撃する。しかし、化け猫の単調だが、素早い動きで全て防がれてしまう。
あの左腕に触れられてはならない。オレの本能がそう告げていた。
「けけけっ」
明らかに動きが単調になったが、その異常性は無視できなかった。
化け猫どころではない、化け物だった。
『あれを殺すなよ……。君と同じ類の生き物だからね……』
「はあ? アレも改造人間なのか? どう見ても人間じゃないだろ、っと!」
化け猫の背後に移動し、そのまま後ろに跳び距離をとる。攻撃は出来たのだが、反撃が恐ろしくて迂闊に手が出せない。
『君と同じ、類だよ……。あれは壱……? あれほどの異常性は無かったはずだけど……』
「いいから、解決策は!?」
『オレに替われば話は出来るよ……』
「あれとか!? 馬鹿かっ!」
気味の悪い笑い声を出しながら迫りくる化け猫を睨みながら叫ぶ。攻撃を喰らう直前に背後に回ることで化け猫を翻弄し、適当なところで距離をとる。
『よく見ろよ……。あの左腕は何を喰っている……?』
「何って……」
人じゃないのか? と化け猫を見ると、左腕を地面に引きずりながらこちらに迫ってくる。不思議に思い、後ろに回ると不自然な地面の模様を見つけた。
「これは……?」
『アレは何でも喰って自分の栄養にしているんだよ……。そうでもしないとこの世に存在できないのが壱の化け物なんだよ……』
「ほう……? お前はどうなんだ?」
『オレはこの世に現れるのに制約が無い代わりに主人が無能力者であること……』
思いっきり超能力を使っているのだが……。
『体質……。そういう体質だから、君が弐に選ばれた……』
「裏技、という事か」
確かにオレは無能力者だが、異質な体質のおかげでいくつもの超能力を使うことが出来る。そのうえ内に『化け物を飼っている』のだ、反則的な存在だろう。
『オレに頼んでみるかい……?』
「あっという間に終わらせないと今度は意識ごと支配するからな」
『怖い怖い……』
瞬時に屋根に上り、家屋の列を挟んで化け猫と反対側の通りに頭から飛び降りる。目を瞑ると、妖しく瞳を光らせたオレの顔が見える。
恐ろしくゆっくりと意識が闇に染まっていくように感じた……。




