三十六
「誰だお前?」
そいつはだぼだぼの黒いパーカーを着ていて、両手をパーカーのポケットにそれぞれ突っ込んでいる。フードを深くかぶっているせいで、顔が良く見えず、性別が判断しにくい。
……フードにはオプションで猫耳がついていた。
また、少し大きめな紺色のジーンズを腰骨に引っ掛けるように穿いていてた。パーカーのおかげでパンツは見えていない。
「他人に名乗るとするなら……」
相手はゆらりと揺れるようにして右手に動く。中性的な声で、性別が判断できないが、仕草や体型からなんとなくオレと同じぐらいの年齢と予測できた。
……えー、と。腰の辺りから垂れるようにして見えた厚手の布は尻尾でいいのか?
「化け猫」
フードの影から見える瞳が不気味に輝く。いつか見た、闇夜の野良ネコの様に。
警戒して刀の柄に手を掛ける。ひょっとすると、ひょっとするかもしれない。もしそうならば、死ぬ気でかからなければならないという事だろう。
オレの動きに合わせて化け猫はポケットから両手をだし、油断なく構える。
「ハッ、そうかい。お前が化け猫ならオレは……」
頭の中で化け猫という単語を反復しながら言い返す。確か、人の姿をした猫の化け物と言われていたような……。おそらく、亜人の類だろう。
「噛ませ犬」
自分で言ってて恥ずかしかった。なんでこんなこと言ったんだろう? 見てみろよ、化け猫も呆れて隙だらけ……。
いや、言い訳させてもらうと、今までの自分の客観的に見直してみた結果、敵に突っ込んでさっさと負けるという常識外れな弱さを一度見せつけてしまっていてだな。川辺川もさぞ呆れたことだろう。
現代の妖怪と呼ばれる化け猫。人を喰らうと言われる、あの『化け猫』。躊躇わず、一瞬で屠ってみせよう。
「『居合十八番・萌々』」
一瞬よりもなお早く刀を居合の要領で引き抜く。そして今度はゆっくりと刃を鞘に納め、そしてその倍の時間を要しての、居合。
直後、十メートル程先に立つ化け猫が掻き消え、その刹那、化け猫の近くにある木箱や亀裂の入ったコンクリートの道路が爆発するように壊れた。
「……何でだ?」
刀を鞘に納めながら首を傾げる。
そんな技ではないはずだ。本来ならば、化け猫は霧散しているはず。だが、萌々は失敗したのだろう、近くにあったものが余波で切り刻まれてしまった。
「『技名なんて無い』」
砂埃の中から化け猫が飛び出す。たぶん、今のが技名だったのだと思う。ぎらぎらと光る眼でオレを睨みながら殴りかかってくる。
「『慈愛刀十八番・川辺川』っ!」
刀を引き抜き化け猫に斬りかかる。化け猫は素早い動きでそれを避けるとオレの後ろに回り込んだ。
その瞬間、オレは振り向きながら大気中の水を操り細いワイヤーを作る。そして、幾重にも重なった水のワイヤーで化け猫を真正面から細切れにする。
「…………」
「っ!?」
化け猫は無傷のまま、地面に手を着いていた。その両眼は爛々と輝きながらオレの驚愕の表情を映し出していたように思えた。
「かっ、噛ませ犬で悪かったな!」
主人公にあるまじき二つ名です。
亜人は後付けじゃありません。念を押す所が怪しいですが、以前から仄めかせていた筈です。




