三十二
「っ……」
目を覚ますと水で出来た腕は既にオレの周りにはなかった。気絶していた時間はそれほどでもなかったようで、両腕両脚を器用に使いながら水を撃退する四方山が向こうに見えた。
体の節々が悲鳴を上げているが、鞭を打って歩を進めてみる。
「がぼっ」
一度口から出そうにになった血を手で押さえ、無理矢理飲み込む。
数歩歩いたところで身体の力が抜け、地面に向かってうつ伏せに倒れ込んでしまう。唇に砂利が触れるが、口に含む力が出ない。
その時だった。
「かわべがわぁぁぁぁぁあああああああああああああッ!」
大剣を引きずる音が地面から響いてくる。沈みかけていた意識を拾い上げ、体を起こすと尋常でない勢いで九重さんがオレの横を通り過ぎていった。
やっと登場ですか、九重さん……。今は来てほしくなかったけど、来てしまったものは仕方ない、か。
「あああああああああああああああああああ!」
「九重近衛……!」
九重さんは質量に物をいわせて、力だけで水の攻撃を捻じ伏せ、細かい攻撃は急所以外に来るものは全て無視しながら川辺川へ向かって走っていく。超能力を持っていないとは思えない戦いぶりだった。
「四方山っ! 九重さんを――! っ!」
傷の修復に体力を持っていかれたせいで立ち上がるのに失敗はしたが、目で「九重さんを援護してくれ」と叫ぶ。
「おうっ! 『百火燎乱』!」
四方山の服やさらしが一瞬で燃え、燃えカスは四方山から発せられる熱で高度へ一瞬で運ばれていく。四方山は間を置かず、川辺川へ突進した。
「九重さん! 時間稼ぎを!」
「やってられるか! アタシに指図するな!」
それどころじゃねえっての! 瓦礫を噛み砕きながら戦況を判断する。四方山一人なら一瞬で終わらせられるのだが、何故か怒り狂っている九重さんが邪魔で動き辛そうだ。それをわかってか、川辺川は九重さんを重点的に攻撃し、四方山から距離をとるように動き回る。また、川辺川を二人が追うものだから、それぞれが邪魔し合って結果的に川辺川に攻撃する隙を与えてしまっている。
「裏切り者、九重近衛――」
十分に距離を取り、大水を振りながら川辺川は呟く。
裏切り者……?
目の前にある川辺川の背中にビーム砲を三割増しでぶっ放しながら反動を利用しながら後ろに跳び、距離をとる。
「何か言い残すことはあるか、九重近衛」
「アタシは殺されるつもりなんてないよ。だから遺言なんてない」
「後悔しろ、だが安心しろ。痛くはしない。後からお前が愛する男も殺してやろう」
「そんなことっ! アタシがさせるとでもっ!?」
九重さんは遠心力を利用して大剣を水平に振り回し、川辺川の胸に斬りかかった。
「この、人間もどきが!」
「『大水居合十八番・芽吹』」
めんどくさそうに川辺川は刀を納め、瞬時に抜き放つ。
オレは目の前の光景に目を瞠った。
「…………? 九重、さん?」
ばちゃばちゃと音を立てながら九重さんは血と脂の溜まりになっていく。視界の隅で九重さんの大剣が瓦礫に突き刺さるのが見えた。
「――き、貴様ぁぁぁぁあああああああああっ!」
「下がれ四方山! 限界だ!」
「っ!?」
オレの叫びも空しく、四方山は赤い輝きを失って青ざめた顔で地面に膝をつく。体温を極限まで上げて無理矢理自分の能力を限界以上に引き出す『百火燎乱』。体質のおかげで体温は一気に数億度まで高めることが出来るが、それはいつ自滅してしまうかわからない技だ。本当なら一瞬で決着を付けなければならないのだが、その状態での戦闘が長引いてしまうと脳が煮えくり返り、良くて後遺症が残る程度、悪くて死んでしまう。
そして、動けない四方山の前に立つのは焦りを隠せずに走り出したオレではなく、怒りをまったく隠そうとしない川辺川だ。
「よも――!」
「死ね」
いつの間にか、彼の足元に血だまりが生まれていた。
この世界には『超能力』という概念のほかに『体質』という概念も存在します。
簡単に説明すると、『超能力』は重複しない個々の能力、『体質』は重複する個々の能力、というだと考えています。
四方山うららの体質は、極端に『熱に強い体質』です。超能力は『体温を自在に上げ下げできる』ことですね。上げてしかいないようですけど




