二十六
慌ててやってきた九重さんと言秀さんをいなそうとして未完全な状態の両手をだしてしまい、更に九重さんを混乱させたところで矢掛さんが朝食を食べ終わったのが、ついさっきの出来事。
そして今、食後のデザート代わりにお茶を飲みながら俺たちは食卓についている。
「オレ達は中国を守るらしいよ」
「えー、地方と地方の境目らへんだけで別にいいでしょー? 近畿なんて警戒する必要あるかわかんないけど」
やる気の無さそうな声を出しながら九重さんは机に突っ伏す。彼女は小食のようで、なぜか満足そうに口をもにょもにょしている。やっぱこのひとやる気無い。
「近畿は大丈夫、ってわけじゃないけど、まあどうにかなるかな? んー、でもなあ……」
ちょっと厄介なのがいるしな……。
そんなオレの考えを見透かしたかのように言秀さんが言う。
「常夏月か?」
「ええ、あいつがいるってことは、やっぱり四国からオレや千夜が来たことも知られていると思うし、中国地方の戦力がほとんど九州に向かったことも筒抜けなはず……。そうなると、九州だけじゃなく、近畿の方にもいくらか警戒しておいた方が、いや、むしろ十分すぎるほどに……」
全てを知る常夏月九。こいつが指揮を執っている可能性が高い。すると、確かあっちで見張っているうちの戦力では太刀打ちできない。だが、今更九州への戦力をこちらに割くことも出来ないし……。
確か四国からも何人か近畿の監視役がいた筈だ。中国の戦力がどれくらいかわからないが、彼らに頼るしかないようだ……。後でまた検討してみよう。
「まー、別に大丈夫でしょー。あそこらへん、化け猫が出るらしいし」
「ああ、らしいな」
「化け猫?」
九重さんも言秀さんも頷いているらしいが、本当に安全なのか? そんなことより九重さんには顔をあげて話してほしい。なんで隠れてにやにやしてんの?
「あ、知らないの。ま、アタシもよく知らないんだけどねー」
「化け猫って呼ばれる、真っ黒い猫みたいな人らしい。俺はもうすぐあそこでの勤務になる予定だったから、もしかするとみられるかもな」
「えっ、言秀さん目見えたんですか!?」
「当たり前だ」
何がだよ! 多分この人は変態の類だ。目を開けている所を見た者はいない類の人だ。
しかし、想像できん。人型の猫……。猫? あ、いや、猫ならチラっとだけ見たことはある。中国地方を縦断している途中のの山奥で見かけたのだが、体長が大体一メートルと六、七十センチぐらいで、黒と黄の縞模様がとてもおしゃれだった。猫違うそれ虎。
猫……。あいつは猫だけど猫じゃないし、じゃあやっぱりあの猫か。あれが人型になって……。あれ? 気持ち悪いな?
「あ、あいつか。あいつなー……」
唐突に。
「あいつ、自分の事を化け猫って言ってたな……」
「え?」
自分で言ってた? 頭大丈夫か、化け猫。
「どういうことだ、矢掛」
不審そうに言秀さんが尋ねる。
「いや、俺ってしばらく前は向こう側勤務だっただろ? そこでたまたま化け猫見かけたんだけど……」
それきり、矢掛さんは黙ってしまう。
「矢掛ちゃんのその眼、化け猫にやられたの?」
「いや、これは昔、酷い嫌がらせを受けた時の傷だから化け猫とは関係ない」
「そう……」
寝そべってるくせに地雷踏んじゃったよこの人。
そんな九重さんを見て言秀さんはため息を吐く。
「なにがそんなにお前を恐怖させるんだ?」
「……あいつは――」
一瞬、音が消えた。いつの間にか九重さんは起き上がっている。
残された左眼を押さえながら矢掛さんは呟く。
「――あいつは、人を『喰っていた』」
オレはしばらく呼吸するのを忘れていた。
勝手に名付けた『中国地方編』、じゃなくて、『前編』ももうすぐ終わりです。後十話ないですね。―弐―が終わるころには年が明けて何か月も経ってる頃だと思いますが、最後までお付き合いしてくれれば嬉しいです。




