十
オレ達を先導する信長と名乗った娘は温かそうな服を着ていた。
「それにしても変な服だな」
「ええっ!和服も知らないんですかお兄ちゃん!?」
大袈裟に信長は振り返る。
イラッとしたので蹴とばした。
「いったーい! あー! 女の子に暴力振ったー!」
「四国では許された」
「許されているわけなかろう」
千夜に叩かれた。
「喧嘩――」
「そもそも喧嘩などするでない」
「食い物――」
「恨みなど私の知ったところではない」
「……まな板」
ピシリと軽やかな音を立てて廊下の窓ガラスに小さなヒビが入った。
冷や汗が頬を伝う。
「あー、ところで信長。オレは十数ヶ月前まで病院に住んでたんだ」
「おお! なんだかすごいですね!」
「そうだな」
「でもそのせいで世間知らずですよね」
「…………」
こいつ……、もういっぺんだけ殴っておくか?
殴った。
「痛ーっ! 痛いーっ! 死んじゃうーっ! 馬鹿兄貴ーっ!」
「オレはいつからお前の兄貴になったよ」
「んー、私が生まれた時からですっ!」
「ほー、オレに妹がいたとは初耳だな」
「当たり前じゃないですかー!」
「嘘だしな」
「なんでもかんでも嘘と決めつけるのは良くないですよっ!」
両手を激しく振りながら信長は抗議する。
長いツインテールが一緒になって揺れているのが滑稽だった。
「仮にお前がオレの妹だったとしよう」
「ええ、感動の再会ですねっ!」
興奮で頬を紅く染めながら信長は言う。
……感動の再会がタックル、だと?
「そうか」
「随分と淡白ですね!? 実は乗り気じゃなかったりしてますよね!?」
「そうだな。わかったらさっさと案内を再開してくれ」
「話しながらも案内できますからっ!」
「そうか」
「ええ!」
なにか言葉を期待しているようだが、あえてなにも言わないでおいた。
「うう、信長ちゃん泣いちゃいますよっ!」
「もうすでに涙目だな」
「うえぇぇぇぇ! 千夜ちゃぁぁぁああん! お兄ちゃんが虐めるぅー!」
信長は大泣きしながら千夜に抱きついた。
「そうか、残念であったな」
顔も見ず、歩みすら止めずに千夜は答えた。表情が全くない。
「えええっ!? なんだかそっけないですね!?」
「腹減ってんじゃねえの?」
「私はそんなガサツな女ではないぞ」
オレはそうは思わないのだが。
「食堂ですかー?! それなら一階にありますよっ!」
「そうか、ところでここは何階だ?」
「最上階の三十六階ですっ!」
未熟な胸を精一杯張りながら偉そうに言う。
「そうか」
それだけ言うと、オレは静かに信長へ近づく。一体オレが何をしたいのかわからない信長はきょとんとした表情になる。オレはそんな信長の顔面を蹴り飛ばす。
「きゃんっ!」
「腹が減った」
「私も被と同じ意見だ」




