九
「悪いとは思ってませんよ。オレが悪いんじゃなくて、こんなことをさせた日本が悪いんです。本当なら今頃、病院の中庭で皆と遊んでいた筈なのに……」
「いや、やる気あるのか?」
「ありますよ」
人並みには。
そもそも、日本がどうとかオレの知ったことではない。ただ、早苗さんが怖いからこうして出向いているだけなのだ。
「ああ、そうかい」
頭を押さえながら無言さんは立ち上がる。
手で出て行けと合図をする。
「しばらく一人にさせてくれ」
「分かりました」
踵を返し、先ほど入ってきた扉へ向かう。
「おい小僧」
「なんですか」
ノブに手を掛けたところで呼び止められた。
「……いや、礼を言う」
「そですか」
オレは一度も振り返らず、後ろ手で扉を閉めた。
「ぬ?なんだ、随分と遅かったのだな」
「そうだな。ところでお前は何してるんだ?」
「見てわからぬか?」
「さあね」
どうして千夜は壁に張り付いたままなのだろうか? そもそも何故壁に張り付いている。
「暇だったのでな」
「ああ、胸が無いから正面から壁に貼り付ける事が出来るのか」
「ふ――――」
「――――っ!」
いつの間にか千夜がいた壁にオレが張り付いており、背後に立つ千夜が軽くキレているのがわかった。
何も怒るほどの事ではないと思うのだが。
「背中ががら空きだぞ、被」
「オレの防御力は四国一だ」
嘘だけど。
「そうか、それより早く行かないか? 私は歩き疲れたのだ」
「オレもだよ」
体を壁から引き剥がし、歩き出した千夜について行く。
「何処へ行くんだ?」
「さて――、被はここがわかるのか?」
「中国地方だろ」
「そうではない、このビルのどの辺りか、と言う話だ」
「知らないな」
「ふむ、私も知らぬな。一体どこへ向かえばいいのだろうな?」
「さあな」
迷いなく歩いているものだから、てっきり眼帯の男に道を聞いたのかと思ったのだが……。
とりあえずオレ達が居た五階から一つ上の六階へ向かうことにする。
「しかし被、やっと着替えられるな」
「あ? あ、ああ。そうだな」
「軽く十ヶ月は歩き続け、ろくに洗いもしなかったからなのだろう、様々な箇所が痛んできている。変わりの服をいただければありがたいのだが……」
「オレは温かいタダ風呂と温かいタダ飯とフカフカのタダベッドがあればそれでいい」
「被……」
思わず目を逸らす。
「やれやれ、被、タダより高いものはないと言うがな、あまり執着しすぎると痛い目を見ることになるぞ」
「いや、今回も期待してもいいんじゃないか?」
「日本が元通りになったらそんなことは言ってられぬぞ、被。あの主人だって、こんなご時世だから、と言っていたではないか」
「ぅぐ、そ、そうだな……」
「うぬ、こんな世の中だからこそ、金儲けのチャンスだと意気込む輩もいる。あの手この手で有り金を全て奪おうとする、そういった輩を相手にしなければならないのだぞ? 被ならば甘い言葉に騙されてすぐには払えぬ大金を要求されてしまうだろう」
「そうだな」
「そして払えぬと言えばあるはずのない五臓六腑を売り捌かれ……、って被? 聞いているのか?」
「全然」
廊下の角を曲がると、景色が全く違って見えた。
まるで路地のような廊下で、『止まれ』と書かれた標識が奥の方にたっているのが見えた。
「……白昼夢?」
「何を馬鹿みたいな事を言っているのだ」
「…………」
右手にはブロック塀と白い壁。
左手にはガラス窓の行列。
前方には走り寄ってくるツインテール。
後方にはオレよりも大きなガラス窓。
「え?」
全長五十センチのツインテールを有した百五十五センチ程の娘がこちらに突進してきている。
「どうもですっ! 呼ばれなくても飛び出ちゃう信長ちゃんですよー!」
「ぐはあーっ!?」
何とかちゃんとか名乗った娘は減速せずにオレの腹にタックルをかましてきた。
いくら腹の中に鉄の塊を有していると言っても、生活に支障を来たさない程度、普段は拳大の大きさで、他は金属製の骨組みと衝撃緩衝材とシリコンで適当に空間を埋めているだけなのだ。神経もばっちり通っている。
くわえて、この娘が着ている服にはところどころ鉄片が織り込まれているようで、特に今オレにタックルした肩の辺りには軽いが硬い金属が仕込まれていたようで、しかも鳩尾にクリーンヒット。
つまり。
すごく痛い。
吹っ飛ばされたオレはガラス窓にしこたま頭を打ち付けた。




