四十三
太陽は真っ赤に燃えているらしい。
しかし、昼間の晴れた日に空を見上げていれば、白い太陽が拝めるではないか。あれの何が赤いのだろうか。
もし、太陽を近くで見れたなら、このように真っ赤に輝いているのだろうか。
わたしは、少女が打ち出してきた火炎弾を見て、場違いな想像をしてしまった。
「ひゅっ!」
私は短く息を吸って、右手を火炎弾に、左手を少年に向ける。
少年を後ろに運ぶベクトルを左手の向く方向に創る。
同時に、右手の方向に二メートル地点離れたところに一瞬穴を開け、次に一メートル離れた地点に再び穴を開ける。
私が無闇に穴を開けたことにより、空間には負荷がかかっている。負荷がかかった空間に、再び穴を開けようものなら、その穴は歪み、擬似ブラックホールとなる。
「…………!」
ほんのコンマ一秒にも満たない時間しか穴を開けていないのに、火炎弾は消え失せ、私は擬似ブラックホールの引力により数十センチほど右手側に引きずられていた。
前につんのめって倒れ込みそうになるのをどうにか耐える。
「諦めちゃ駄目、青竜!」
私が体勢を整えている隙に、少女は攻撃するでもなく、大声で叫んでいた。
諦めては駄目だ、と。
「痛いのは嫌だけど、でも、それで逃げちゃ――!」
「うるさい」
私は少女の頭髪を掴み、顔面を床に叩き付けて黙らせる。
少女は幾らか抵抗しようとして見せたが、私は肩甲骨の半ば辺りを殴り、そのたびに黙らせた。
何度か殴った時、背後に殺気を感じた。
振り返ると、まさに怒りの炎を上げる少年がいた。
真っ青なその闘気は、一瞬古来より伝わる龍のようにも見えた。
「最低だ……、俺って!」
まさに、瞬く暇もない、あっという間もない時間であった。
数メートル向こうにあった青竜の拳が私の顔面に突き刺さる。
それを確認してから、私は青竜の顔を軽く殴った。
それだけで、青竜は吹き飛んだ。
「――――っぁ!」
「! へえ……」
青竜は痛みに顔を歪ませながらも、即座に空中で体制を整え、向こう側の壁に着地する。
次の瞬間、再び拳が顔面に突き刺さる。
私は手刀で彼の腕を肩口からバッサリと斬り落とした。
その瞬間、青竜が多量の出血により息絶えるというビジョンが頭に浮かぶ。
「あ、間違えた!」
私は痛みで動きが止まった青竜を蹴り飛ばしながら青竜の腕を創り直し、へし折っておく。
青竜は再び壁まで吹っ飛んでいった。
今度は受け身を取らなかった。
私はそれを見て、首をひねる。
「……もう終わり?」
そんな筈はないと思いつつも、口に出す。
青竜はまだ諦めていない。
諦めているはずがない。
それは、彼の立ち上がる姿を見れば容易にわかる。
彼から立ち上る、青い闘気を見れば容易にわかる。
青竜の目は爛々と輝いていた。
「終わりなわけ、ないだろ!」
ゴオッ! と青竜が青い炎に包まれる。
青竜は、私が眺めている中、炎の中で暑さのために叫び声を上げる。
「あああああああああああああああああああああああ!!!」
炎が霧散し、中から傷をすっかり修復した青竜が現れた。
「……へえ、どうやったんだろ」
気力のためにってわけじゃないだろうから、もしかすると、彼が速くなっている事に関係しているのかもしれない。
彼の能力はもしかすると、命を削って真価を発揮するタイプかもしれない。ただ加速するだけでは、折れた腕の修復などできないし、そもそも傷の修復もできない。
彼は命を削って、自分の身体の時間を進めたり、筋力を上げたりしているのだろう。身体の時間を進めるって何だろうか。
代謝を良くしているのだろうか? とても健康そうな能力だ。
私が色々と考えている間に、青竜は準備が整ったようで、なにかの武道の型の様な構え方を取る。
私は殆ど反射的に右足を前に出して半身になり、両脇を軽く締める。左手で腰の十手を掴み、軽く開いた右手を肩の高さまで持ってくる。
しばらく、私達の間に沈黙が生まれていた。
「…………」
「…………」
感覚が研ぎ澄まされる。
そのおかげで、瞬きもせずに、青竜の挙動を一つ一つ意識して見ることが出来る。
耳鳴りがするくらい静かな時が流れる。
最初に動いたのは、私だった。
青竜が瞬きし始めたタイミングに合わせて、左足で床を蹴って青竜の懐に潜り込む。
私の右足が青竜の足を踏み砕き、固く握った右手が青竜の鳩尾に叩き込む。
青竜の左手が私の顔を掴み、鉱物のように硬い歯牙で私の喉笛に食らいついた。
「…………カハッ!」
痛みのあまり、声が漏れる。
痛みに耐えるために十手を握る力を強めると、ミシリ、と音が鳴った。
私は歯を食いしばりながら、皮を千切り、肉を潰し、肋骨を砕きながら、青竜の鳩尾の位置にあった右手を勢いよく開く。
そして、力任せに内臓をかき回す。
「ゴフ!」
青竜が吐血し、大量の血が私の首から腹にかけて伝い落ちていくのがわかる。
だが、それでも青竜は私の首に食らいついたまま、離れようとしない。
むしろ、食らいつく力が増してきているようで、ブチブチと嫌な音が自分の首から聞こえてくる。
きっと、私の胸を濡らす血は青竜だけのものではないはずだ。
「この……!」
たとえ殺されても、首だけになっても、私の喉笛を食い千切る。
そう言う意思の、いや、覚悟の表れだろう。
決死の覚悟。
そう言うの、嫌いじゃない。
でも、嫌になる。
「殺すしか、ないじゃない……」
つい、と滴が頬を濡らす。
「音を着る」という意味不明のメッセージが天から降りてきた……気がした。




