四十四
私は身体を創り治しながら上階へと続く階段へ向かう。
生々しい音が続いていたが、しばらくして止んだ。
「ごめんね、助けてあげられなくて」
私は独り言のように呟く。
実際、独り言なのだが。
私は後悔を振り払うように頭を振る。
救える命は救うし、必要もないのに殺したりはしない。
私だって、流石に命を創ろうだなんて思わない。
だから、青竜はもう起き上がることは無い。
私が奪った命なのだ。
自己満足かもしれないが、言い訳かもしれないが、それでも、私は彼の命の分まで生きていかなければならないのだ。
そう簡単に、死ねるわけがない。
「『零』を殺すまでは……絶対に」
死ねない。
私が部屋を出ようとした矢先、下の階で銃声が二度聞こえた。
「…………?」
何故下の階なのか、何故二度なのか、考える。
「…………っ!?」
そして、苦いものが口の中に急速に広がっていった。
私は数歩下がり、床を蹴って穴を開ける。
私は崩れ落ちる床と共に、下の階へと降り立った。
「誰よ、二人を殺したのは!」
果たしてそこには、拳銃をそれぞれ両手に持ったサングラスの男が立っていた。黒いロングコートを着ていて、黒く光る銃を持った腕はそれぞれ左右に広げられていた。
銃口の先に何があるか確認する。
「っ」
右手に持つ銃の先には白虎と呼ばれた男の死体があった。
左手に持つ銃の先には玄武と呼ばれた女の死体があった。
そして、今、二つの銃口の先にあるのは、私の額と左胸。
私は右手を一度振るって、銃口から吐き出された鉛弾を掴み取る。
「……どうして二人を殺したの?」
「弱者に生きる権利なんてない」
「だからって、殺すの!? 強くしようとか、そう言うのは考えないの!?」
「弱いから負けるんだ。負ければ弱者だ」
「そんなのって……!」
私は鉛弾を投げ捨て、一歩踏み出す。
「じゃあ、あなたは私に負けたら死ぬの?」
「舌を噛み切ってでも死ぬ」
「……じゃあ、私はあなたと戦えない」
誰かが死ぬことをわかったうえで戦うなんて、私にはできない。
だが、男は私の思いなど知ったことではないと引き金を引く。
いや、もしかしたらわかっているのかもしれない。
「なるほど。お前は俺より強いという事だな」
「撃ってから言う台詞かなあ……?」
私は掴み取った鉛弾を投げ捨てながら問いかける。
すると、男は楽しそうに笑った。
「ふはは。俺はお前とは戦わんな」
「……はあ?」
いきなりこの男は何を言うのだろうか。私を殺す気でいる様子だったのに、むしろ私と戦って負けて死ぬ気でいる様な台詞を吐いたばかりなのに、どうして戦わないと言うのだろうか。
……何と言えばいいのか。
おそらく、今の一言は彼の中で自己完結した際に口から漏れ出た独り言だろう。
その証拠に、男は銃を懐にしまうと、こちらに何かを投げ渡してきた。
反射的に受け取る。
見れば、銀色の仮面だった。
「これは……?」
「俺は黄竜。勝ち負けは時として運の要素も絡んでくる。そこの二人は運がなかった、というわけだ。上の二人は知らんがな」
「……は? え?」
私は仮面と男とを交互に見ながら、男の言葉の意味を理解しようと必死に頭を回転させる。
黄竜は今から逃げるという事だろうか。
そして、私が黄竜を追ってまで戦おうとしないのは、私が私のせいで人を殺したくないという意思の為で、つまり負ければ死ぬ覚悟の黄竜とは絶対に戦わないとわかりきっての逃走、という事になるのだろう。
戦わないから負けない。
負けていないから死なない。
こういう事だろうか。
逃げるが勝ち、と言うが、彼はそういう事が言いたいのだろうか。
そう解釈すると、はじめは困惑していた気持ちが、だんだんと呆れの気持ちになっていった。
そんなの、詭弁じゃないの? と。
だが、不思議と可笑しくって、何故だか笑い出していた。
「あはは! そうまでして生きたいの?」
私が問うと、黄竜は不思議そうな声を上げた。
「死にたくないから戦っているんだ。その仮面は俺の首の代わりだが、俺はお前に負けたとは思ってない。ただちょっと、相性が悪いみたいだから一時撤退、ってわけだ」
「わけわかんない」
それが本当に、私と戦わない理由になると思っているのだろうか。
だが、私は彼と戦おうとは思わない。
だから、私は仮面を手の中で砕き、踵を返す。
言葉はない。
背後で、黄竜も踵を返す音が聞こえた。
彼は少し笑っているようだった。
「また会えることを楽しみにしてるぜ」
「あらそう。私もよ」
私と黄竜が出会ったのがこんな時代の中でなければ、案外彼とは仲良くなれそうだと思った。
長い螺旋階段の終着点。
蝋燭の不気味な光が導く場所。
そこには簡素だが、華やかな装飾が為された扉があった。
「…………」
私は一度、扉の前で立ち止まる。
「……うぅ」
息が苦しい。
扉の向こう側から漏れ出てくる、禍々しい何かの気配。
動物の本能がそれに関わってはならないと警告している。
だが、参之段朱音と言う人格の理性は扉を開けろと耳元で囁いている。
扉に伸ばす手がガタガタと震え、歯がカチカチと鳴る。
全身の毛が余すことなく逆立っているように感じられた。
このままではいけないとわかっていても、扉の向こうの存在に恐怖してしまっている。
「……落ちつけ、落ちつけ。私は参之段朱音。参幅霧と三冬も味方してくれてるわ、負けない、負けるわけがない。……あ、ちょっと不安かも」
私は何でも良いから声をだし、緊張を和らげようと試みる。
「えっと、手に指で三度『人』って書いてからそれを一度飲みこむ動作を一回だけすればいいんだよね」
声に出して確認し、実行する。
なんだか、人を飲みこむという動作が神話の巨人の人を食べる動作と一瞬重なった。どこで手に入れた知識なのだろうか、これは。
「参幅霧かな?」
穴から本を取り出している記憶があるので、こんな盗人紛いのことをするのは参幅霧以外の誰でもないに違いない。
参幅霧に『もっとオブラートに包め』と怒られそうだ。
「……よし、落ち着いた」
手の震えは無くなっていた。
黄竜が言っていたように、要は負けていると思わなければいいのだ。精神的な敗北は戦いで決定的に勝敗を分ける。
負けたと思った瞬間、負け始めるのだ。
つまりは、勝てると思えば勝てるのだ。貪欲に勝ちを奪い取ろうという精神が、自らを勝利へと導いてくれるのだ。
これはおそらく、三冬の知識だろう。参幅霧は基本的に引きこもりだったから。
まあ、そんなことはどうでも良くって。
とりあえず、一足先に『零』とご対面するとしましょうか。
「よしっ!」
私は両手で力一杯扉を開けた。
錆びた音を立てながら、扉は左右にゆっくりと開かれる。
なんて開きにくい扉だろうか。
小さな、十畳程度しかない部屋だった。
窓はなく、空気も悪く、埃っぽくはないが、しかし異様に肌寒かった。
「…………!」
部屋の隅には椅子があり、そこには一人男性が座っていた。
服は綺麗なままだが、髪は伸ばしっぱなしで、髭は全く手入れされていないような状態で、『廃人』と言う言葉が頭に浮かんだ。
男の目は虚ろで、私が扉を開けた音に反応して力なく顔を上げる。
「……誰だお前。気持ち悪い生き物だな」
覇気のない声だった。
「むっ。人に名前を聞くときはまず自分の名前を言ってからでしょ!」
私は『気持ち悪い生き物』と言う部分に少しばかり怒りを覚えて言い返す。すると、どういうわけか男は首を傾げた。
「……俺の名前? 何だったかな……。『俺』の名前なら、散々聞かされてるんだけど……」
やけに独り言が多い。
おまけに人の顔を見て話さない。
コミュニケーション障害かと思ってしまった。
これが『零』なのだろうか。
「あー、人が来たってことは、遂に『俺』の出番ってことか」
突然、声に生気が宿る。
私は驚いて男を改めてみると、男は椅子から立ち上がって軽く柔軟運動をしていた。
動作一つをとっても、今さっきまで椅子に座っていた男とはまるで別人のようで、エネルギーに満ち溢れていた。
別人格と気付くには、しばらく時間がかかった。
たしか、ビーが言っていた別人格の方だ。
いや、どっちが主人格か私は知らないけれど。
とりあえず、と私は混乱しないように声を出す。
「私は参之段朱音。あなたは?」
「あぁ? やけに礼儀正しい生き物だな。もしかして、日本人だったりするのか?」
「うるさいなっ! 日本生まれの日本育ちだよ!」
私はうっかり攻撃してしまわないように注意しながら言い返す。
男は私が怒っているのを見て楽しそうに笑う。
「ひゃはは、『俺』は『零』の屍案山子だ」
「屍、ね」
「そうそう、屍だ」
屍は腹を抱え、太腿を何度も叩きながらゲラゲラと下品な笑いをしばらくするが、突然笑うのを止めた。
私は警戒して少し身構える。
「そうだな、『俺』は俺の意思に関係無く、『俺』のやりたいことをするだけだ、とお前みたいな生き物に言っておこう」
「……つまり?」
「つまりだ……」
一瞬で、音もなく、風を起こすことも無く、最初からそこに居たかのように、間を詰められていた。
私は唾を飲みこみ、一歩下がる。
……まるで気が付かなかった。
「――てめえは『俺』のために死んでくれるんだよな?」
一瞬、胸の辺りに衝撃が走る。
ぬちゅ、と生々しい音を立てながら、屍は右手を下げる。
右手には、ピンク色の心臓が握られていた。
視界が黒く汚れていった。
と、言うわけで―参―は完結しました!
そして、誠に申し訳ないのですが、僕自信が一年後ぐらいに迫ったセンター入試という巨大な敵と戦うために、しばらくブギウギの更新を停止します。
一年すれば帰ってくると思います。きっと。
他の作品については、現実逃避と言う名の息抜きのために時々、あるいはちょくちょく更新されるものと考えてくれて結構です。
ついでに申し上げますと、まあつまり、僕はゆとり世代ってことです。
センター入試が今までより難しくなっているらしいです。
いやだなー、と思いつつも、国公立行けだの好きなとこ行けだの色々言われておりますが、一つの目印と言うか、目安として国公立を目指すことにします。
本命は私立なのですが、祖父が厳しい方なので形式的に国公立を狙っているわけですね意味が分からないですが。
まあ、色々と話は逸れてしまいましたが、今までお付き合いいただけて嬉しかったです。
この作品を読んでくれた読者様、今までありがとうございました。
話はまだまだ、だらだらと意味不明な展開で続く予定ですが、しばらく筆をおかせてもらいます。
一年後……、一年半後ですかね。その時に、また会えることを願っています。
それでは。
雲仙ヶ原さんはいつ出るのやら……。




