四十一
ラストスパート突入、ですかね。
回廊の壁に創った穴を通ると、そこは夜だった。
夜と言っても、九州や北海道に居たころとは全く違った、人工的な光によって明るい夜だった。
夜空に星は見えず、月だけが弱々しく輝いていた。
「まさか本当に、現れるとはな」
前方で声がした。
視線を空から前方へと引き下げると、眼鏡を掛け、黒いスーツを着た中年男性が手帳を片手にこちらへ歩みを進めていた。
注意して周りを観察してみると、私が立っているのはどうやら何処かの大きな屋敷か何かの中庭らしく、音もなくねずみ色の鎧を着た人々が私の周りを取り囲もうとしていた。
突然、スーツの男は私にも聞こえるように手帳を読み上げた。
「『参幅霧凧は我等結社の道具である』、と言えば、わかるかな?」
「…………?」
あの手帳は一体なんなのだろうか。
もしかすると、私達『参』が知らない『参』についてのことがらが、書いてありでもするのだろうか。
「どうした? 『参幅霧凧は我等結社の道具である』、だぞ?」
「言っておくけど、私は参幅霧じゃなくて、参之段よ」
私は右手に持つ十手の柄尻辺りを左の掌の手首近くで二、三度叩きながらスーツの男の勘違いを正す。
すると、男が不思議そうな様子で手帳に顔を近づけた。何度も首を傾げながらページを捲っている。
「どこにもそのような事は書かれていないようだが……。常夏月が嘘でも吐いたのか?」
あ、どこかで聞いた覚えのある名前。どこで聞いたかは知らないけど。
私はもう二度、十手の柄尻を叩く。
「それと、私は『零』を探してるんだけど、おじさん知らない?」
スーツの男は私の質問に答える代わりに、手帳を閉じて胸ポケットにしまう。そして、眼鏡のズレを直しながら言った。
「なるほど、これが常夏月の言っていた未来現象か」
「なにそれ?」
質問の答えが返ってくるのかと思えば、全く違う、聞き覚えのない単語がスーツの男の口から吐き出された。
未来現象とはなんのことだろうか。未来が変わるとか、そんな現象なのだろうか。
適当に辺りを付けてみるが、男は『零』の居場所や未来現象について何か言うことも無く、まるでその場から立ち去るかのように踵を返し、こちらに背を向けた。
「そこの女を半殺しにしておけ。後で『零』の餌にする」
どういうことかとその背中に問いかける前に、灰色騎士達がその背中を隠した。
「えっ!?」
次いで、殺気の無い生温い攻撃が四方八方から襲い掛かってくる。あまりの力の無い剣に、私は驚きの声を隠せなかった。
とても奇妙な集団だった。
使用している武器はどれも日本古来から伝わる刀と言うよりも、西洋の長剣のようだし、防具だって鎧よりも甲冑と言った方がしっくりくる。
剣の腕は無駄がなく、まるで手本のような扱い方なのだが、これっぽっちも剣に気持ちと言うか、魂が込められていないように感じられ、まるで舐められているような、しかしそう言うのとは全く違った、奇妙な気持ち悪さがそこにあった。
それでいて、気を抜けない危うさが感じられた。
この攻撃方法は波状攻撃と言うのだろう。
一撃目を弾くわけにはいかない。
だが、単に避けるのはもっとマズい。
本能がそう告げていた。
ならば、どうすればいいのだろうか。
「…………」
思いつくことと言ったら、自分を持ち上げる様なベクトルを創り出す程度のことだけだった。
「『ベクトル』!」
私は左手でスカートを押さえながら、空中へと釣り上げられた。
私は風に負けて目を軽く閉じながら、小さく呟いた。
「……スカート邪魔」
左手で、抑えていたスカートを片手に収まるサイズの鉄球に創り変え、履いていたパンツを鋼鉄製へと創り変える。
鋼鉄のパンツを腰の括れに引っ掛け、邪魔な上着も鉄球に変え、ブラジャーをパンツと同じ鋼鉄製に創り変える。鉄球を薄茶色の革の首輪に創り変え、三冬の髪を装着し、首輪を首に巻く。
創り出したベクトルで姿勢を整え、眼下に視線を向ける。
灰色騎士達は剣を構えながら、油断なく私が下りてくるのを待っている。
「うーん……」
対処法が思い浮かばない……。
私は右に移動してみる。
灰色の集団が右にわさわさ移動した。
今度は左に動いてみる。
すると、灰色の集団も私に合わせて動いた。
灰色の集団から少し離れたところを爆発させてみた。
彼らは全く動ぜず、私はうんざりした。
「どうしよう……」
あー、どこからか天の声でも聞こえてこないかなー、と黒い少年の顔を思い浮かべるが、何も聞こえないし、何も思い浮かばない。
灰色の集団で遊びながら、私は考える。
どうにかして、あの集団を引き剥がせないか、と。
この切先に己が気持ちを込めて。
灰色騎士達との戦闘シーンは想像してみてとても気持ちが悪くなりました。
あれ絶対人間じゃないっすよ!




