三十八
「死にたい」
「駄目!」
「ひっ!」
すっかり三冬の拳がトラウマになってしまったようで、私は反射的に両腕を胸の前で交差させ、真正面からの打撃に対応できるようにする。
が、目をぎゅっと閉じている時点で拳の軌道が見えないので全く意味が無い。
「……すいません」
私は目をそーっと開けながら三冬の顔を窺い見る。
「わっ!」
「ひぃ!」
私は即座に参幅霧の背中に逃げ込む。
参幅霧が呆れ声で三冬を怒鳴った。
「いきなり大声出したからおびえちまってんじゃねえか」
「えへへ、小動物みたいで可愛い……」
「流石肉食動物の亜人」
参幅霧は踵を返し、後ろに下がりながら私から離れていった。
そして、三冬の隣に並ぶ。
「え、あ……うぅ……」
私はどうしていいかわからず、しまいにはその場に蹲ってしまった。
何故殺してもらえないのだろうか。
どうして行かされているのだろうか。
私の存在意義は? どうして二人とも何も言わないの?
声を出さずに私のことを笑っているのだろうか。
なんで笑うの?
私が弱いから?
私が何もできないから?
私に名前がないから?
止めて、笑わないで、そんな目で見ないで。
頑張るから、強くなるから、名前だって頑張って思い出すから。
お願いだから、私のことを笑わないで……!
「ねえ」
「はひぃ!?」
「うぇえ!? なんかごめん!?」
私は肩を叩かれた拍子に悲鳴を上げてしまい、三冬は驚いて謝ってきた。
二人して半泣きであたふたしていると、見かねた参幅霧がこちらへやってくる。
「落ちつけ、えーっと、『参』。……と三冬」
「私はついでなの!?」
「お前なんでテンパってたんだよ」
「いや、泣かせちゃったやばーい、って」
「アホめ……」
参幅霧は私の目の前に来ると、三冬を指差しながら溜め息交じりの言葉を吐いた。何やら疲れている様子だ。
「俺達はお前と話がしたいんだ。それでお前が名前を思い出すきっかけになればいいんじゃないかって――」
「私が言いました!」
「ひゃぅ!」
私は急に抱きついてきた三冬に押し倒され床に転がる。
それ程強い抱擁ではなかったので、私は三冬の下から何とか抜け出す。すると、不服そうに唸る。
「むー。何で逃げるのさ」
「え、あ……ぅ」
いきなり抱きつかれたから、驚いて必死に抜け出してしまったが、気を悪くさせてしまったようだ。私は目で何処かに助けを求めるが、どうにも助けてくれそうな人がいない。
どうしたものかと目を泳がせていると、三冬があっと声を上げた。
三冬は私の目の前で、その長い後ろ髪を創り出したナイフで躊躇いもなく切ってしまった。
「じゃあ、はい。友達の印」
「え、え?」
三冬は切り離した自分の髪を束にして纏め、狐に尻尾のようにして私の右腰に括り付けてきた。
私がされるがままにしていると、三冬はえへへと、今度は柔らかく抱きついてきた。
今度は、抜け出さなかった。
「友達……?」
「うん、友達」
「友達……」
そっと、抱きかえしてみる。すると、三冬は嬉しそうに笑ってくれた。
きゅん、と胸に何かが生まれる。
口の中がむずむずし、心臓が激しく暴れ回っている。
何と言うか、落ち着かない気持ちになった。
「あ、の……」
「うん? なに?」
「え、っと、これ……」
私は自分の服の端を千切り取り、白い髪留めにして三冬に渡す。
ありがとうと言う三冬の言葉に、顔が熱くなる。
ぐるぐる回る頭に悩まされていると、ちょいちょいと肩を叩かれた。見ると、私が渡した髪飾りを付けた三冬の顔が近くにあり、どきりとする。
「えへへ、似合うかな?」
「う、うん……!」
私は必死に頷く。すると、三冬は嬉しそうに微笑んだ。
火が付いたと思う位、顔が熱くなった。




