三十七
『お前の使命は黒い少年を殺し、彼の持つ本を奪い、持ち帰ることだ』
誰かが言ったこの言葉。
自分の名前すら思い出せないのに、この言葉だけは鮮明に脳髄に焼き付いているように感じられる。
「殺したじゃない。奪ったじゃない……」
私は立ち止まり、右手を握り閉める。
手を開くと、手の平にうっすらと血が滲んでいた。
全然痛くもないのに、涙が出てきた。
私は涙を拭い、歩き始める。
「私は、黒い少年を殺した。殺して、本もちゃんと奪ったじゃない」
なのに、黒い少年は、頭もないのに『僕を殺すことはできない』と言っていた。
しばらく前まであやふやだった記憶がまた、蘇る。
『お前は…………だ』
せめて、名前を憶えていてほしかった。
私の存在は、黒い少年を殺す事のみのために存在しているようで、ただそのためだけに生きているくせにそれすらも出来ないようで、ひたすら惨めになってくる。
「はあ……」
もう、死んでしまいたい。
名も無い人間など、生きていないに等しいのだ。
ここがどこかもわからないし、ひたすら白く、何処までも続く回廊は何処か不気味でもあった。
頭がおかしくなりそうだ。
「…………」
いつの間にか立ち止まっていた。
私は何と無しに左手の十手を見つめる。
「…………」
ああ、死んでしまいたい。
ブチリという音が聞こえた。
次の瞬間、壁を叩く音が室内に響き渡る。
「誰がタコ助だオラァ!」
「うひゃあ! すいません!」
私は自分の首筋に十手の先を突き立てたまま、目だけで声のする方を見ると、狐型の亜人の少女と赤毛の長身の青年が殴り合っていた。
「てめえ、悪口だってわかってて言っただろ、ああ!?」
「だって凧がどこにもいなかったんだよ!」
「知るかアホ!」
「取りこまれたのはどっちだよう!」
「がふぅ!」
見事に決まった斜め下からの右ストレート。青年が天井に突き刺さる。
「…………」
私は騒ぎが収まったのを確認し、両手で十手を握り直し、息を吐く。
そして、そのまま首を貫いてしまおうとした刹那。
「わー!」
「――――ぅ!?」
少女の悲鳴と共に右から肩を殴り飛ばされ、大した悲鳴も上げられずに私も青年の仲間入りを果たした。
「あの凶暴女……」
「…………けほっ」




