三十六
目を開けると、黒い少年がいた。
『目覚めたようだね』
黒い少年の言葉がどこか遠くに感じる。
「……あなたは?」
そう呟く私の声を聴いて気付いた。
まるで夢のようだと。
おそらく、私は覚醒した『参』の無意識の部分に存在しているのだろう。一瞬だけ見えた凧は眠るように目を閉じていたので、おそらく取りこまれてしまったか。
黒い少年が肩を竦めるのが見えた。
『おや、まだ覚醒しきれていないみたいだね。どっちかが起きているようだ』
「…………?」
どきりとして、息を止める。
だが、どうでもいいと言う風に背を向ける黒い少年を見て、私はホッと息を吐いた。
『君は自分が誰だかわかるかい』
「……わからない。あなたは誰?」
『僕に名前は無いよ。とうの昔に捨てたからね』
「そう……」
不思議そうに呟きながら、『参』は腰の十手を抜いた。あれは確か、大刀よりも頑丈な一品だった気がする。硬ければいいというものではないと思ったが。
しかし、何故いきなりそれを抜いたのだろうか。
私は首を傾げ、ハッとする。
ダメッ!
叫ぶが、声にならない。だが、私は必死に叫ぶ。
ダメ! 止めて! それだけは、しちゃ駄目なの!
私はどうにかして十手から手を離させようとするが、方法がわからず、ただ叫びながら無理矢理見せられるこの現状を見届けるしかなかった。
「そう、私は……」
『どうかしたのかい。それとも、やっと名前を思い出せたのかい』
違う、と叫ぶ。
だが、黒い少年に私の、三冬燐火の声など届くわけもなく、黒い少年は余裕ぶった態度でこちらを振り向いた。
『参』は十手を持った手を後ろに引いた。
「私は……、お前を……!」
『――――――』
ダメ――――!
パッと赤い花が辺りに咲き乱れた。どさりと首の消えた黒い少年が後ろに倒れ、赤色を流し出し始める。
私は口を押さえた。声が漏れないように、息を止める。
「本、本は何処……」
『参』は十手を握り直してから、黒い少年の手から黒革の本を抜き取った。
『参』の頬が緩むのがわかった。
「うふ、うふふ……」
次の瞬間、私は頭痛に襲われた。
それは『参』も同じようで、左手で頭を押さえる。
しばらくして頭痛は収まり、頭を振ると、黒い少年がいなくなっていることに気が付いた。
「…………?」
『参』は辺りを見渡し、右手の本を見て首を傾げる。
いつの間にか、右手の本はなくなっていた。
まるで最初からなかったかのように、辺りは白で満ちていた。
私は困惑のあまり、小さく悲鳴を上げていた。
「……私は誰?」
悲しい呟きがどこからか聞こえる。
景色が動き出したかのように見えたが、白はどこまで行っても白のままだった。
ちょっと、凧、起きてよ! いつまで寝てる気なの!
私は叫ぶ。どこに向かってかはわからない。
だが、叫ばなければならない気がした。
凧、凧! もう、このタコ助!




