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 午後、中庭。

 アカシアの木の近く、小さな広場に白塗りのテーブルとイスがセットされている。

 すぐ横のベンチに腰かけながら、アンジェはティーセットが運ばれてくるのを眺めていた。

 右隣にはゼフが控え、じっと立っている。


「わたくしが自分で解き明かしたかったですのに」

 ゼフの横顔をちらっと見ながら、アンジェはちょっと拗ねたように言った。

「お嬢様であればきっとできたでしょう」

 ゼフは正面を向いたまま答える。


 アンジェはジト目をゼフに向ける。

「本心からそう思っておりますの?」

「本心からそう思っておりますとも」

 ゼフはアンジェに顔を向けて、わざとらしいくらい丁寧に頭を下げた。

「むー……」

 なんとなく納得できなくて、アンジェは口をとがらせた。


 すぐ横の花壇にはラベンダーが植えられている。

 花は不揃いで隙間も見えてしまっているけれど、土は綺麗に均されて落ち葉も掃除してある。

 もともとあったジギタリスの代わりに、ローバーが大急ぎで手入れをしてくれた場所だ。


 ブランデーの瓶は、あのあとすぐにローバーが返しに来た。

 ずっとカバンに入ったままで、傷もなく。

 アンジェは何度「もう頭を上げてくださいませ」と繰り返したかわからない。

 最後にゼフが、お茶会のために中庭の手入れを申し付けなかったら、まだ床に額をこすりつけていたかもしれなかった。


 そのことを思い出して、アンジェはふふっと小さく笑った。

「まあ、でもよろしいですわ。おかげでみんなのトラブルを解決できましたし」

「それはよいことでございますね」

「あ、あなたのおかげでも……ちょっとだけありますわ」

「勿体無いお言葉でございます」

 ゼフは軽く頭を下げる。


 相変わらず、この執事は。

 言葉も物腰も、すごく丁寧。……丁寧過ぎて、からかっているのか、本気でそう思っているのかもわからなくなる。

(せっかく褒めてさしあげてるのに。もっと素直に喜んで見せてくれてもいいんじゃないかしら)

 ……とはいえ、これはこれでゼフらしい、とも思う。


 ちらっと、テーブルに目を向ける。

 メイドたちがティーセットを運んでくるのが見えた。

 お茶、ケーキ。それから、フロイドの用意してくれたお菓子。

 アンジェはすっと立ち上がった。


「さ、そろそろフロイド様がお見えになりますわ。急いでお迎えする用意を──」

 アンジェはふと、ゼフの左肩に目を止めた。

「あら? こんなところに土汚れが」

 そう言いながら、アンジェはゼフの左肩を軽くはたいた。

「いっ……!」

 ゼフがうめき声をあげて体をねじる。

 アンジェは驚いてゼフを見た。

「い?」


「いえ、なんでもございません」

 すぐさま姿勢を戻して、ゼフは落ち着いた声で答える。

 アンジェはゼフをジロッとにらむ。

「うそ。今、痛そうにしておりましたわ」

「いえ問題ありません」

 じーっと、アンジェはゼフの顔を覗き込む。

「二階から鉢植えが落ちてきたときですわね。やはり当たっていたのですね?」

「大したことはありません。時間がたって、少し腫れてきただけでしょう」

「ふーん……」

 アンジェは訝しげにゼフの左肩を見る。

「あのときは腕を回して平気そうにしていたのに……あっ」

 ふと気づいて、アンジェは声を上げた。

 ゼフの眉が、ぴくっと動く。

「あのときあなた、右腕を回しておりましたわね? もしかして、痛いのは左肩なのではなくて?」


 ゼフはすっと顔を横に向けて「他のことは見落とすのに、なんでそこだけ気がつくんだよ」と小声でつぶやいた。

 すかさず、アンジェは眉を怒らせる。

「ゼフはすぐ怪我をするからいつも見ているのです!」

「……っ」

 ゼフは顔をそむけたまま、黙った。

 アンジェはムッとして、さらにゼフの顔を覗き込む。

 ゼフはさらに顔をそらす。


「ゼフ。肩を見せなさい」

「後で医者に診てもらうので大丈夫です」

「そんなこと言って、後回しにするつもりでしょう?」

「いえ、ちゃんと行きます」

「うそ!」

「それより、そろそろフロイド様がお見えですよ」


 アンジェは、ハッとして庭のほうを見た。

 本館から続く小道。フロイドがにこやかな笑みを浮かべて、こちらへやってくる。


 少しだけ、落ち着かない気分になる。

 理由はわからない。けどなんとなく、フロイドと会うところをゼフに見られたくない。

 その気分を振り払うように、アンジェはもう一度ゼフに目を戻した。


「ゼフの手当てが先ですわ。今すぐお医者さまを呼びます」

 ゼフは首を横に振る。

「後で自分で参ります。フロイド様をお待たせしてはいけません」

 ゼフは、優しくアンジェの目を見る。

 続いてアンジェの後ろのほう、歩いてくるフロイドに、妙に鋭い目線を向けた。


 むーっ、とアンジェはうめいた。

 ゼフの言っていることのほうが、正しい。

(しかたないですわ……)

 アンジェは気持ちを切り替えて、フロイドのほうへ向き直る。


「ゼフ。あとで必ずお医者様に行くのですよ?」

 アンジェはゼフの顔を見ながら、念を押す。

 ゼフがうなずくのを確かめて、ようやくフロイドに顔を向ける。




「フロイドさま。お会いできる今日を楽しみにしておりましたわ」

 アンジェは歩いてくるフロイドに笑顔を見せる。

「やあアンジェ。相変わらず元気そうで何よりだよ」


 優しい声。やわらかなまなざし。

 なのに、どこか背中が冷たくなるような気がして、次の言葉が出てこない。


(違う──)

 そんな思いを、心の中で振り払う。

 フロイドさまは当家にとっても大切な婚約者。

 まだ少し苦手だけれど、がんばって好きにならなくては。もっとフロイドさまのことを理解しなくては。

 笑みを崩さないように、アンジェは口を持ち上げる。


「変わりはなかったかい?」

「はい! それが──」

 アンジェが口を開きかけたところで、すぐ横にゼフがすっと立った。


「フロイドさま」

 ゼフは背筋を伸ばしたまま、まっすぐにフロイドを見つめた。

 フロイドは、アンジェに向けた笑顔を、そのままゼフに向ける。

「なにかな?」

 ゼフは右手を胸に当て、深く一礼する。

「本日はお嬢様のためにお茶会の菓子をご用意いただき、誠にありがとうございます」

 フロイドはわずかに目を細めた。

 ゼフは続ける。

「フロイドさまをお迎えするにあたり、お嬢様のご希望通りテラスにて支度を進めていたのですが、突然植木鉢が落ちてきてテラスが汚れてしまったため、急遽中庭に場所を変更させていただきました」

 ゼフは、じっとフロイドの顔に視線を固定する。

 フロイドは表情を一切変えない。


 二人は、お互いから目をそらさないまま、黙っている。

 ……わずかな間。

 それから、フロイドはふっと口元をゆるめた。

「相変わらず、君は気遣いが細かいね」

「恐れ入ります」

 ゼフは、うやうやしく頭を下げた。

「そんなことをわざわざ断らなくてもいいのに」

「いえ……」

 ゆっくりと、ゼフは顔を上げる。

 そして、じっとフロイドの目を見ながら言った。

「せっかくフロイドさまが、お嬢様のためにご用意くださったリボン──。とても大きくて目立つそのリボンに似合うお茶会をご用意できず、申し訳ございません」

「律儀だな、君は」

 フロイドは眉をわずかに動かした。


「とてもお嬢様にお似合いの、よいリボンだと思います。これほど大きければ、どこにいてもお嬢様の居場所がわかる……遠くからでも、上からでも」

 ゼフは、目をそらさない。

「君は時々面白いことを言うね」

 フッ、と声に出してフロイドは笑った。


「……ゼフ?」

 アンジェは首をかしげて、ゼフを見た。

 ゼフは一瞬だけアンジェに目を向け、小さくため息をついた。


「お手を煩わせました。では、ごゆっくりお楽しみください」

 フロイドに深々と一礼すると、ゼフは踵を返してその場を離れた。


「ヘンなゼフ」

 その背中を見送りながら、アンジェは眉を寄せる。

 それから、アンジェはフロイドに笑顔を向けた。




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