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庭に差し込む日差しは明るいのに、まるで暖かく感じない。
ゼフは、まっすぐ前だけを見つめながら、歩いていく。
足が地面に着く衝撃だけで左肩がズキズキと痛む。
自分が知っていることは。
ブランデー騒ぎが収まった後。三階の書斎を確認しに行ったとき、窓の外側の張り出しには重たいものが乗っていた跡、鉢植えの形に土の跡が残っていたこと。
室内には、旦那様が好きだったゼラニウムの鉢が置かれていたが、数が一つ減っていたこと。
そして、書斎に入ったのはメイドのアルマであること。
アルマは本館にいるフレイさまの紹介で離れに来たこと。
お嬢様のリボンを結んだのはアルマであること。
お嬢様の大きなリボンは、三階からでも良く見えるはずだ。
鉢植えを落とす際の的にできるくらいに。
そして、そのリボンの贈り主は、婚約者のフロイド。
(だが、物証がない)
ゼフはギリッと歯を鳴らした。
開錠されていた書斎に入れたのはアルマだけとは限らない。
植木鉢が落ちてきたタイミングでアルマが書斎にいた証明ができない。
知っているだけではだめだ。
──それだけではお嬢様をお守りできない。
長く、深く。
ゼフは息を吐いた。
もっとはやく、リボンの罠に気づいていれば。
手品師の一団が用意していた犯行は、未然に防ぐことができた。
だが次はもっと巧妙な手口でしかけてくるはずだ。
次も、守り切れるとは限らない。
離れの裏口へ回る。
踏み石につまずき、その衝撃が左肩に響いて、ゼフは思わず顔をしかめた。
折れてはいない。
が、ひび程度は入っているかもしれない。
かといって、医者に行ったら腕を固定されてしまうだろう。
そうなったらお嬢様を守れない。
(お嬢様にはウソをついて申し訳ないが)
お嬢様がフロイドに向ける笑顔。
それを思い出すたびに、胸がきつく締め付けられる。
(──いい加減慣れろ)
右手の拳に力を込める。
自分はお嬢様の執事。それ以上でもそれ以下でもない。
彼女が嫁ぐのは、ふさわしい身分の相手。決して、絶対に、自分ではない。
(だが、あの男でもない)
誰もいない目の前を、きつくにらみつける。
あの笑顔の裏で義姉のフレイと密通し、伯爵家の財産を狙う男。
伯爵家から借款された港湾利権を悪用し、密輸や人身売買で薄汚い金を稼ぐ悪魔。
港湾利権が返還されれば、悪事は全て伯爵家の知るところとなる。
だがお嬢様が死んだ場合、結婚は白紙となり、伯爵家の資産は唯一残された相続人であるフレイの手に渡る。
返還の期限はアンジェの十八歳の誕生日、つまり結婚の予定日。
それまでに、あの許しがたい敵どもは、お嬢様の命を何度も狙ってくるはずだ。
粗暴で素行の悪い自分を「ゼフは悪い人じゃない」と信じてくれた、幼いお嬢様の言葉。
お屋敷では雇えない、と追放されそうになったとき「わたくしの執事はゼフがいい」とかばってくださった、あの優しい目。
腕の古傷を「間違いを抱えて進めるのは強いことだわ」とそっと撫でてくれたあの暖かい手。
……きっと、お嬢様は覚えておられないだろうけれど。
ゼフは、フッと笑った。
アンジェが笑う顔。少しむくれる顔。
そして、盗みをしたローバーを許した顔。
のんきに推理を楽しみ、そして罪を許してしまう、純粋な笑顔。
(それでも、あの笑顔を守るためなら)
裏口のそばに、籠が置かれている。
ローバーに取り除いてもらったもの。
中庭にいつのまにか植えられていた、ジギタリス。
毒草だ。
アンジェの周囲は、ちっとものんきではない。
右手で籠を持ち上げる。
建物の裏の焼却炉くらいなら、持っていけるだろう。
ゼフはそっと振り返った。
中庭でアンジェがフロイドと談笑する姿が、遠目に見える。
アンジェの笑う明るい声が聞こえてくる。
ゼフは歯を噛みしめた。
(この命が擦り切れても構わない)




