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「さっきも言いましたが、わたしは執務室には入っていません!」
慌てたように、ローバーは早口で言った。
「ウソをついているんじゃないだろうな?」
「窓枠の足跡の件がある。一番怪しいですな」
レモンとランブロンがローバーをにらむ。
「まあ、まずは話を聞きましょう」
ゼフは二人をなだめるように、手で制止する。
レモンとランブロンは不満そうにしながらも、口を閉じた。
ゼフはローバーにやわらかな笑顔を向けた。
「蔦の手入れに使う道具を教えてください」
「……枝切ハサミだけです」
緊張した表情で、ローバーは答える。
「ほかに、持ち物はありますか?」
「壁の汚れを落とすのにブラシを……でも、今朝は蔦の手入れしかしなかったので……」
「それは両方とも、手で持ち歩いていたのですか?」
「……カバンに入れていました」
「カバンというのはどんなものですか?」
ローバーは少し眉を寄せる。
「なんの変哲もない、手提げのカバンですよ」
「それだ」
レモンがバッとローバーを指さした。
「そのカバンに瓶を入れて、持ち出したんだろう?」
ローバーは慌てて両手を振る。
「片手にカバンを持ったままハシゴを降りるなんてできませんよ」
「手提げのカバンでも、手首に通せば持てるじゃないか」
「そんな重たいもの、危なくて持てませんよ!」
ローバーは泣きそうな顔になる。
レモンは目を細めて、ジロッとローバーを見る。
「だが、廊下から持ち出せない以上、あとはお前しかいない」
「そ、そんな……」
「ジャグリングだわ!」
唐突にアンジェが叫んだ。
「ジャグリングのように、瓶を空中に投げながらハシゴを降りたんですわ!」
全員がハッ?という顔で、一斉にアンジェを見る。
その横でゼフが首を斜めに傾けたまま固まっている。
「ローバーは手品師から、ジャグリングのクラブの投げ方を教わっておりました!」
「いやでも、あれは──」
ローバーは混乱したように手を小さく震わせる。
「うらやましいですわ!」
アンジェは両手の拳を上に上げて叫んだ。
ローバーはぽかんと口を開けた。
「わたくしもやろうとしたら、重たくて危ないからとゼフに止められましたわ。人体切断の手品も、投げナイフの的役もやってみたかったですのに! どっちもゼフがダメって!」
アンジェは頬をぷくーっと膨らませる。
「申し訳ございません。ですが、お怪我でもされてはいけないと──」
「せっかくフロイドさまが寄越してくださった手品師たちですのに!」
「……」
むくれるアンジェを前に、ゼフは眉間を指でつまんで、顔をしかめた。
それからふーっと大きく息を吐いて、アンジェに言った。
「……お嬢様、そろそろ茶番はやめにして差し上げては」
「えっ」
アンジェは驚いて目を丸くする。
「ふざけたふりをしておいでですが、実はお嬢様は、すでに真相を掴んでおられるのでしょう?」
アンジェは困ったように目線を泳がせた。
ゼフはわずかに腰をかがめて、アンジェの顔を覗き込む。
「まさか探偵にあこがれておられるお嬢様が、この程度の事件も解決できない、などということはありませんよね?」
「と、とうぜんですわ!」
とっさに、アンジェはぷいっと横を向いた。
──とは言ったものの、もちろん全然わからない。
真相は自分で解き明かしたい。使用人たちのもめ事を解決してあげたい。
いがみ合ったままじゃなくて、ちゃんと誤解を解いてあげたい。
……でも、ブランデーがどこに行ったのか、見当もつかない。
アンジェは助けを求めるように、ちらっとゼフを見た。
「わかりました」
ゼフは小さく笑った。
「それではお嬢様に代わって、私がご説明いたしましょう」
アンジェは口をとがらせた。
これはこれで悔しい。
けれど、ゼフならちゃんと正しい答えを出してくれるとも思っていた。
(わたくしが解き明かしたかったですけれども!)
そう思いながら、アンジェはゼフの横顔を見つめていた。
「さて」
場を改めるように、ゼフは背筋を伸ばして、まっすぐに全員の顔を見わたした。
レモンは小さく鼻を鳴らし、ランブロンは腰に手を当てたまま横を向いている。
アルマは不安そうに斜め下を向き、ローバーは怯えた顔でじっとゼフの顔を見る。
「それでは、ローバーがブランデーの瓶を持ち出すことができたか、についてですが」
横から、ランブロンが首を突っ込む。
「ロープかなにかに結んで、下におろした、とかでしょう?」
「そそそんなもの持ってません!」
ローバーは首をぶんぶんと横に振る。
「いえ、そんなもの必要ありませんよ」
ゼフは静かに言った。
ゼフは、ローバーへ向き直った。
「あなたは道具を入れるために手提げのカバンを使っていた、と言いましたね」
「で、でもそれを手に持っていたらハシゴを降りられないですよ」
「手に持つ必要はありません」
「どういうことだ?」
ゼフの言葉に、レモンは首を傾けた。
「簡単です。ハシゴの両側にある縦木の先端にひっかけたんです」
「あっ」
アンジェは思わず声をあげた。それから慌てて口を手で押さえる。
ゼフはちらっとアンジェに目を向けてから、続けた。
「手提げカバンの持ち手を縦木にひっかけて、降りた後にハシゴをそっと横にする。こうすれば、手で持って降りなくても瓶を下ろせます」
「なるほど」
レモンは腕組みをしたままうなずく。
「確かにそれなら、手がふさがることもありませんな」
ランブロンもうなずいて、ローバーに目を向けた。
(そんな簡単な方法……思いつきませんでしたわ)
口を手で押さえたまま、アンジェはゼフを見た。
「ま、待ってください!」
ローバーは青い顔で叫ぶ。
「ど、泥は? 夕べの雨で靴には泥がついていた。窓の下枠にも残っていた。それなのに床には泥の跡がないのはおかしいじゃないか!」
慌てたせいか、上ずった声になる。
「床を掃除する道具もない。ラグを綺麗にする時間もない。つまり、わたしは部屋には入っていないってことじゃないですか!」
ローバーが叫ぶ。
ゼフは眉一つ動かさないまま、ローバーに目を向けている。
そして、わずかに口の端を持ち上げた。
「はたして、そうでしょうか?」
ローバーは目を丸くしたまま、表情を硬くした。
レモンもランブロンも、顔をしかめたまま黙っている。
アルマはずっと動かないまま、うつむいている。
ゼフはゆっくりと全員の顔を見回し、またローバーに目を戻した。
「お嬢様は、全てお見通しでございます」
(えっ、そうなんですの──?)
アンジェは目を丸くして、ゼフの次の言葉を待った。




