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「まず、ランブロンさんが持ち出せたか、ですが」

 ゼフの言葉に、ランブロンは眉を片方だけ持ち上げた。


「執事長が施錠しに来たとき──つまり、ランブロンさんが執務室に入った時、廊下にはメイドたちがいました」

 ランブロンは黙ってうなずく。

「この中を、ヒジの長さほどの大きさの瓶を持って歩けば、当然メイドたちに気づかれます。盗みが目的なら、そんなバレバレな行動はとらないでしょう」

「カバンかなにかに隠した可能性は?」

 レモンが口をはさんだ。すかさず、ランブロンがレモンをにらむ。

 ゼフはゆっくり首を振る。

「瓶を隠せるような大きなカバンは目立つので、同じことです。いずれにせよ、怪しまれずに執務室から運び出す方法はありません」

 むむ、と唸ってレモンは口を閉じた。




 一方、アンジェは人差し指を頬に当てて考え込んでいた。

(瓶を手に持っていたら、廊下のメイドに見つかるから、執務室から持ち出せない……)

 じゃあどうしてブランデーの瓶はなくなってしまったのか。

(見つからないように持ち出す方法……)

 手にも持てない。服の中にも隠せない。

 そこまで考えたところで、アンジェははっと顔を上げた。


「わたくし、思いついたんですけれど!」


「……なんでしょうか」

 ゼフが落ち着いた様子で、ゆっくりとアンジェのほうへ振り向く。

 アンジェは人差し指を顔の横にもってくる。

「もしかして、手品の練習だったのではないかしら!」


 レモンとランブロンが、ぽかん、と口を開けて固まる。

 「そっ……ちで来ましたか」と、ゼフは右手で顔を覆いながらつぶやいた。


「先月、お屋敷に手品師の一団が来たでしょう?」

「……来ましたね」

 ゼフが困惑したように、肩を落とす。

「そのとき、レモンが『手品のおかげでお屋敷のパーティーが賑やかになった』と喜んでおりましたわ!」

「それは、言いましたが……」

 戸惑うようにレモンがつぶやく。

「ランブロンもお父様が喜んでおられたのを見て『自分も手品を始めてみようか』と……!」

「それも、確かに言いましたが……」

 ランブロンも困ったような顔で言葉を濁す。


「つまり、真相は……」

 得意満面の笑みを浮かべて、アンジェは言った。

「瓶が消える手品! 瓶の丸呑みトリックですわ!」

「さすがに丸呑みするには大きすぎると思います」

 ぼそっと、ゼフがつぶやく。


 レモンとランブロンは戸惑いながらお互いの顔を見合わせている。

 アルマとローバーも、気まずそうにうつむいている。


「で、でも──」

 アンジェが言いかけたところで、ゼフは咳ばらいを一つ。

「……お嬢様がおっしゃりたいのは」

 ゼフは、四人の顔を見回した。

「手品でもなければ、メイドに気づかれずにブランデーの瓶を執務室から持ち出す手段はない、ということです」

 ほっとしたように、四人は顔を上げてうなずいた。


「……ということで、ランブロンさんには不可能です。同じ理由で執事長にも持ち出すことはできません」

 そう言って、ゼフはレモンとランブロンの顔を交互に見る。

「ですので、お二人は疑いから外れます」

 その言葉に、ランブロンはほっとしたように息を吐いた。

 レモンは複雑な表情で黙っていた。が、少ししてから、ほっと肩の力を抜いた。


(なんかうまい感じに話をまとめられましたわー!)

 アンジェは頬をぷくーっと膨らませた。

(わたくしも推理に参加したいですのに!)

 とはいえ、今のところ反論もなにも思いつかない。

 アンジェはゼフの横顔にジト目を向けた。




「さて、次にアルマですが」

 ゼフの言葉に、アルマは表情を硬くする。

「執務室に掃除に入った時の持ち物を教えてください」

「持ち物、ですか?」

 アルマはわずかに顔をしかめた。

「掃除道具と、バケツです」

「掃除道具とは、具体的には?」


 続けざまの質問に、アルマはあからさまに眉を怒らせる。

「……もしかして、疑われているんですか?」

 ゼフはゆっくりと首を横に振る。

「そう聞こえたのでしたら謝罪いたします。……ですが、違います」

「違う?」

 アルマはじっと、ゼフの顔を見た。

「盗み出せる可能性を一つずつ消して、疑う理由を無くしているのです」

「…………」

 アルマは不服そうな表情のまま黙っていた。

 それから少しして、しぶしぶといった様子でつぶやいた。

「……モップとバケツ、それから雑巾にハタキです」


「ちょっと待った」

 突然、レモンが声を上げた。

「バケツがあるなら、その中に瓶を隠して持ち出せるんじゃないか?」

「そんなの無理です!」

 アルマが、慌てたように両手を振る。

「モップを使うための平たくて浅いバケツです。それにそこまで大きくありません!」

「上に雑巾とかを乗せれば隠せるだろう?」

「中には水が入っていましたし、大きな瓶なんか入れたら水があふれます」

 アルマは顔を真っ赤にして叫ぶ。

「水を捨てれば入るんじゃないですか?」

 ランブロンがアルマをジロッとにらみながら言った。


「いや、無理ですね」

 ゼフはランブロンの顔を見ながら、落ち着いた口調で言った。

「執務室には流しも排水溝もない。水を捨てる場所がありません」

「窓は? 窓から捨てたかもしれないぞ」

 レモンが窓を指さしながら言う。

 ゼフは首を横に振った。

「窓の外にはローバーがいます」

 レモンとランブロンは、顔をしかめたまま黙り込んだ。




(バケツではないとすると……)

 アンジェは両手の指を組み、口元へもってくる。


 夕べ読んだ本の中で、探偵が言っていた言葉。

 ──ミスディレクション。

 かっこいい響きの単語だったので覚えている。

(確か……別のものに注意を向けさせる、という感じの言葉……つまり、バケツ以外のどこかに隠した、ということ?)

 そこまで考えて、アンジェはハッとして顔を上げた。

「わかりましたわ!」


「……伺いましょう」

 ゼフは首を斜めに傾けながら、アンジェに言った。

 アンジェは全員の顔を見回しながら、得意げに言った。

「手品師が、頭の上にボールを縦に三つも乗せていたのを覚えているでしょう? そのとき、アルマもしきりに拍手をしておりましたわ!」

「そ……れ、は……」

 困惑した表情で、アルマは眉を寄せる。

 レモン、ランブロン、ローバーは困った様子でお互いの顔を見合わせる。


「アルマはブランデーの瓶を頭にのせていたのですわ! みんなを驚かせるために!」

「んんー……」

 ゼフは眉間を指でつまみながらうめく。

「頭に瓶を乗せて歩いていたら、みんな楽しくなって思わず拍手してしまいます。それがブランデーの瓶であることなど、誰も気に留めませんわ!」

「確かに楽しそうではありますが、メイド長が見たら激怒すると思います」

 つぶやくように、ゼフが言った。


「メイド長、怒ると怖いんだよな……」

「一階の怒鳴り声が三階まで聞こえてきたことがあったな……」

 レモンとランブロンがひそひそとささやき合う。


「で、ですが……」

 アンジェが口を開きかけたところで、ゼフがまた咳ばらいをする。

「……と、お嬢様がおっしゃっておられるように、人の目、とくにメイド長の目はごまかせません。つまり、アルマも瓶を持ち出すことは難しい、ということです」

 その言葉に、アルマは、ホッと肩の力を抜いた。


「むー……」

 アンジェは手をぷるぷると震わせた。

 が、反論が思いつかないまま、口を閉じた。




「となると……」

 レモンがつぶやいた。


 そして、アンジェを除く全員が一斉にローバーに目を向けた。




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