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室内の全員が、アンジェに目を向けている。
アンジェはすこし得意になって、胸をそらした。
「それはどういうことですか?」
「盗まれていないって、この中に盗んだものはいない、という意味ですか?」
レモンとランブロンが、訝しむように眉を寄せる。
「そのとおりですわ!」
アンジェは調子に乗って、フフン、と鼻を鳴らした。
それから、自信たっぷりに続ける。
「ブランデーの瓶は、机の上から転がって落ちたのですわ!」
そのすぐ横で、ゼフは右手を顔に当て、困った顔で軽く首を振っている。
「転がって……落ちた?」
「どこにも見当たりませんが……」
アルマとローバーは戸惑うようにお互いの顔を見合わせる。
「ゼフがよくわたくしに言うのです。『失くしものは三度探す』と。確かめたと思った場所も、もう一度よく見ることが大切なのですわ!」
「確かに……いつも言っておりますが」
ゼフはため息まじりにつぶやく。
アンジェはゆっくりと、執務机の前へ歩いていく。
「きっと机の下に……」
言いながら、アンジェは机の下を覗き込んだ。
「ありませんわね……では、部屋の隅に転がって……」
部屋の隅、本棚の隙間を覗き込む。
「ませんわね……」
「お嬢様がおっしゃりたいのは」
ゼフが唐突に声を上げた。
全員が驚いてゼフのほうを振り向いた。
「犯人がどうやってブランデーの瓶を部屋から誰にも見つからずに持ち出したのか、ということです」
(えっぜんぜん違いますわ)
アンジェはぽかんと口を開けた。
ゼフは四人の顔をゆっくりと見回す。
「念のためお尋ねいたしますが……部屋の中は、隅々まで探しましたか?」
「もちろんだ」
レモンがうなずいた。
「机の中も本棚の隙間もすべて確かめた」
「そもそも、執務室は広い割に家具が少ない。瓶を隠せるような場所はないでしょう」
ランブロンも口を開く。
「先ほど、瓶の大きさはひじの長さほど、と言っていましたよね?」
ゼフは再びレモンに顔を向けた。
「そんなものを手で持って歩いていたら、すぐに目につくはずですよね?」
「たしかに……片手で持つのは難しい大きさだしな」
「ポケットや懐には入らないでしょうね」
レモンとランブロンの言葉に、ゼフはゆっくりとうなずいて見せる。
「ではどうやって瓶を、この執務室から持ち出したのか。……それが問題なのです」
それから、ゼフはアンジェに顔を向けた。
「……ですよね、お嬢様?」
「えっ」
急に話を振られて、アンジェは慌てて取り繕うように笑みを浮かべた。
「そ、そうですわ! わたくしもそれを言おうとしていたのですわ!」
「さすがお嬢様でございます」
ゼフはにっこりとほほ笑んだ。
「それでは、もう一度みなさんの行動を確認させてください」
ゼフは静かな口調で言った。
「いいだろう」
レモンは、フンと鼻を鳴らした。
ランブロンは腕組みをしたまま、黙ってうなずく。
アルマは不安そうに斜め下に目を向け、ローバーは落ち着かなそうに胸の前で手を組む。
「まず、執事長が朝の掃除の時間に執務室の鍵を開けました」
レモンは黙ってうなずく。
「そのとき、アルマが一緒に執務室に入った」
はい、とアルマが答える。
「ブランデーの瓶は、このとき執務机の上にあったんですよね?」
レモンとアルマは同時にうなずく。
「ちなみに……そのとき、廊下には他に誰かいましたか?」
アルマは思い出すように少し目を細めた。
「他のメイドが掃除をしていたはずです」
「メイド長もいたな」
続けて、レモンが言う。
なるほど、とゼフはうなずいた。
「その後、執事長は他の部屋の開錠に向かったんですよね?」
「二階と、三階の各部屋を順番に、な」
「応接室、客室……それから、書斎ですか」
「そうだ」
レモンの答えにゼフは再び頷き、そしてローバーを見る。
「そしてアルマが執務室で掃除を始めたあと、ローバーがハシゴで窓の外に昇ってきた」
「南側の窓の蔦を、順番に切っていました」
ローバーは不安そうに顔を上げる。
「そして、蔦を切るときに窓を閉めた。……ですよね?」
「は、はい」
次に、ゼフはアルマに体を向けた。
「アルマが机の上の瓶を、窓際の棚に移動させたのは、ローバーが窓を閉めた後、ですね?」
アルマはこくんと顎を動かす。
「そのあとアルマは瓶を机の上に戻し、掃除を終えて執務室を出た」
そこまで言って、ゼフはふと言葉を止めた。
「……ちなみに、執務室のあとはどこへ?」
アルマは驚いたように、わずかに目を見開く。
「次の、掃除当番の場所です」
「それはどこですか?」
「三階です」
「三階のどの部屋ですか?」
「えっと……」
アルマは言いよどむ。
「メイド長に貰ったリストだと、アルマは書斎の掃除当番になっているな」
手に持っている紙を見ながら、レモンが言った。
「それは、なにか関係があるのか?」
「いえ……念のため確認しただけです」
ゼフはアルマを見ながら、目を細めた。
アルマはそっと目を横にそらした。
ゼフはローバーに目線を戻す。
「それから、ローバーは再び窓を開け、窓の上のほうの蔦を切るために足を窓の下枠に乗せた」
「すみません、夕べの雨で泥がついていたのに気づかず……」
ローバーはうつむく。
「そのとき、机の上に瓶はありましたか?」
「えっ……と」
ローバーは考えるように目を泳がせた。
「すみません、部屋の中までは見てなくて……。でも、あったと思います」
「そうですか」
ありがとうございます、とゼフは丁寧に頭を下げる。
ローバーも慌てて、ぺこりとゼフに頭を下げた。
「次は……ランブロンさん」
ランブロンは腰に手を当てたまま、ゼフに目だけを向ける。
「その時間、ランブロンさんは旦那様に朝食をお持ちしていたのですね?」
「そうです。さっきも言いましたが、旦那様の言いつけで本を戻しに執務室に来ました」
「そこへ執事長が入ってきた、と」
ランブロンは黙ってうなずく。
「ちなみに……メイドたちはまだ廊下を掃除していましたか?」
「まだやっていた。廊下は時間がかかるからな」
レモンが答える。
「これではっきりしたんじゃないですか?」
ランブロンが、アルマとローバーをジロッとにらむ。
「私が執務室に来たときには、ブランデーの瓶はなかった。ということは、アルマかローバーが持ち去ったに違いありません!」
レモンは静かに首を振った。
「私が来るまでの間に、ランブロンが持ち出してどこかに隠したかもしれないだろう」
「まだそんなことを!」
ランブロンは眉をもちあげた。
「最後に瓶を触ったのはアルマ、最後に瓶を見たのはローバー。そして、最後に執務室にいたのはランブロンだ」
レモンは三人の顔を見回した。
ランブロンは顔を赤くしてレモンをにらむ。
アルマは不安そうに、ローバーも落ち着かなそうにうつむいている。
「結論を焦る必要はありません、執事長」
ゼフは、穏やかな笑みを浮かべて言った。
「次に、どうやって部屋から誰にも見つからずに、ブランデーの瓶を持ち出したのかを考えていきましょう」
そう言って、ゼフは四人の表情をゆっくりと見回した。
「むー……」
アンジェはゼフにジト目を向ける。
「『行動の確認』だなんて、そんな探偵っぽいセリフ、わたくしが言いたかったですのに」
「……それは、大変失礼いたしました」
「わたくしも推理したいですのに。なんでゼフが全部先に言ってしまうんですの?」
ゼフの口が一瞬緩みそうになり、そしてすぐさま固く結ばれる。
「今、ちょっと笑いかけたでしょう?」
「いえ、そのようなことは」
アンジェはますます口を尖らせた。
ゼフがわざとらしく、丁寧に頭を下げる。
「聡明なお嬢様におかれましては、この程度の些細なまとめなど不要かと思いましたが、私やほかの方々にご理解いただくためと思い、差し出がましい真似をいたしました」
優しい目。
なぜだか一瞬だけ、鼓動が跳ねた気がする。
ゼフが大げさな言い方で褒めるからだ、とアンジェは思った。
「わ、わかっているのならいいのですわ!」
少し照れくさくなって、アンジェはそっぽを向いた。
ゼフはクスッと笑ってつぶやいた。
「ちょろいですね。あまりにちょろすぎて少々不安になります」
アンジェはじとっとした目でゼフを見た。
「……なにか言いまして?」
「いえ、なにも」
ゼフは慌てて咳払いをしてごまかした。




