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ゼフは、アルマとローバーを見ながら口を開いた。
「最後に窓を開けたのは、どちらですか?」
「わたし……です」
おずおずとローバーが手を上げる。
「アルマが掃除を終えて出ていくのが見えましたから」
ゼフはアルマに目を向ける。
「そうなんですか?」
「はい、ワタシが執務室を出た時は、ローバーはまだ蔦を切っていました」
アルマはまっすぐゼフを見ながら答えた。
ふと、アンジェは窓のそばへ歩いて行った。
窓に手をついて下を覗きこむ。さっきまでいたテラスが見える。
「あら?」
手に、ざらざらした感触。
アンジェは自分の手のひらを見た。それから、窓の下枠部分をスッと指でなぞった。
「こんなところに泥が」
ちょうど窓の左右が合わさる位置に、うっすらと靴のかかとの形に泥がついている。
アンジェの様子を見て、アルマが隣に来た。
「も、申し訳ございません。今すぐ雑巾を持って──」
アルマは慌てて頭をさげ、部屋を出ていこうとした。
「ちょっと待った!」
とっさに、レモンが大声を出した。
そして窓のそばへ。
「なんでそんなところに泥がついているんだ? おかしいじゃないか」
ランブロンも興奮したように叫ぶ。
「明らかに、窓から誰か入った証拠でしょう!」
そして、二人は同時にローバーを見た。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
ローバーは慌ててあとずさる。
「上のほうの蔦を切るときに、窓の下枠に足をのせただけです。室内には入っていません!」
「お前はいつも、お給金が少ないと愚痴をこぼしていただろう!」
ランブロンがローバーを指さしながら怒鳴った。
「さては酒代を浮かそうと、瓶を盗んだな!」
「違います! 信じてください!」
ローバーは泣きそうになりながら叫ぶ。
「だいたい、わたしが室内に入ったのなら、部屋の中にも泥がついてないとおかしいでしょう?」
その言葉に、全員が床を見渡した。
丁寧に磨かれた木目の床板。泥どころか、埃すら見当たらない。
「アルマが掃除したんだから、泥が残っているわけがないだろう」
レモンは首を横に振る。
そして、ジロッとローバーをにらむ。
「これで犯人がはっきりしたな」
「ローバーが窓の外に来たのは、アルマが掃除を始めたあとです」
ゼフが口を開いた。
「ローバーが室内に入れたとしたら、アルマが出ていった後です。なので、アルマがローバーの足跡を掃除することはできません」
「じゃあ、自分で掃除したんだ」
レモンの言葉に、ゼフは首をかしげる。
「フローリングはともかく、机のまわりのラグマットまで綺麗にできるでしょうか」
「固く絞った雑巾で時間をかければ、汚れは落とせるだろう!」
ランブロンが叫び、そしてローバーに詰め寄る。
ローバーは泣きそうな顔であとずさった。
「他の窓の蔦も手入れしなければならないのに、そんな時間はありませんよ!」
「大急ぎでやれば間に合うだろう?」
レモンが冷たい目で言う。
「もう言い逃れはできませんよ!」
ランブロンが、ローバーを捕らえようと手を伸ばした。
「それは、どうでしょうか」
ぽつりと、ゼフが言った。
「どういう意味だ?」
レモンはゼフに顔を向けた。
「執事長は、朝の掃除の時間に、同じルートで開錠して回り、掃除が終わるタイミングで施錠しに戻ってくる……ですよね?」
ゼフは確かめるように、じっとレモンの顔を見た。
そうだな、とレモンはうなずいた。
続いて、ランブロンに問いかける。
「そしてランブロンさんも、執務室が開錠されている時間をわかっていたから、本を戻しに来たんですよね?」
「そ、そうだな……」
「ということは、アルマが掃除を終えた後、ランブロンさん、そして執事長が来るまで、それほど時間はなかったのではありませんか?」
「むむ……」
レモンはうなった。
ランブロンも顔をしかめたまま、黙り込む。
「そういえば」
アンジェが、ポンと手を叩いた。
「今朝ローバーがハシゴを持って庭の外へ出ていくのが見えましたわ」
「見ましたね」
ゼフもうなずく。
「時間的には、蔦の手入れを終えたあと、くらいでしょうか」
「ハシゴを道具小屋に戻しに行ったので、その時だと思います」
ローバーはホッとして、深く息を吐いた。
アンジェは眉を寄せたまま、人差し指を口元に当てて、静かに目を閉じた。
レモンも、ランブロンも。
……アルマもローバーも。
誰も、嘘をついているようには思えない。
(なのに、どうしてブランデーの瓶がなくなってしまったんですの?)
アンジェはそのまま首をかしげる。
どうにかしてブランデーの瓶の行方を見つけ出さないと、この四人の間にわだかまりができてしまう。
それは、きっと誰も望んでいないこと。
なのに、どうしてこうなってしまったのか。
「もしかして……」
アンジェはふと、つぶやいた。
四人がはっとしたようにアンジェを見る。
「その人は、瓶を見てふと魔が差してしまい、つい手を伸ばしてしまったのではないかしら」
「魔が差す……?」
レモンが首をかしげる。
「けれど、罪悪感にかられて迷っているうちに、騒ぎが大きくなってしまったために、引くに引けなくなった……」
そこまで言ってから、アンジェはぽん、と手を叩く。
「そうですわ。きっと、後でこっそり戻しに来るつもりだったに違いありませんわ!」
「そう……でしょうか?」
レモンは困惑した表情で、ゼフを見る。
ゼフは小さく首を左右に振る。
「きっとそうですわ。あとは、皆の前で謝っていただければ事件は解決ですわ!」
ゼフが、深々と頭を下げる。
「素晴らしい推理でございます」
「そ、そう?」
ちょっと嬉しくなって、アンジェはパッと笑顔を作る。
いつも口が悪いゼフが褒めてくれるのは珍しい。
「もっと気軽に褒めてくれてもいいんですのよ?」
しかしゼフはにこりともせずに、言った。
「それでお嬢様、どうやって犯人を見つけるおつもりなのですか?」
「褒めてから次までが短すぎますわー!」
アンジェはぷくーっと頬を膨らませた。
とはいえ『誰がやったのか』がわからないことには、次には進めない。
(本の中の探偵は、こういうときどうしていたかしら……)
アンジェは眉を寄せ、指を頬にあてる。
……動機。
犯人が犯行を行うときは、必ず理由がある。
(……と、書いてあった気が)
レモンはちょっとだらしがない時もある。
ランブロンはお酒が好き。
アルマの夫はしばらく仕事が見つからなかった。
ローバーは、賃金が少なくて酒代を浮かせたかった。
……でも、どれも盗みを働くような理由には思えない。
四人とも、ブランデーの瓶を盗む理由がわからない。
と、なると。
(盗み、ではないかも……?)
(たまたま、盗んだように見えてしまっているだけ、とか……?)
そこまで考えて、アンジェはハッと顔を上げた。
「わかりましたわ!」
唐突にアンジェが顔を上げて叫んだ。
「ブランデーの瓶は盗まれたのではなかったのですわ!」




