-1-
窓から差し込む陽光が、室内を明るく照らしている。
執務室に家具はほとんどなく、かなり広く感じる。
中央に置かれた、ウォールナット材の大きな執務机。
左右の壁は作り付けの本棚で、分厚い本がぎっしり詰まっている。
天井近くまである大きな窓は左右に開く作りで、人が立てるほど大きい。
部屋の扉も両開きの立派なもの。
机のまわりには古いウールでできたオリーブグリーンのラグマットが敷かれている。
(なにごとも現場から、が基本ですわ)
夕べ本で読んだことを思い出しながら、アンジェは室内を見回した。
(どこかに、必ずヒントがあるはずですわ──!)
「本当に、ブランデーの瓶は無くなったんですか?」
ゼフが、レモンを見ながら言った。
「今朝、開錠したときは、間違いなく机の上にあった」
「毎朝、掃除のために鍵を開けて回るのが執事長の仕事でしたね」
「ああ。そして掃除が終わった部屋から、順番に施錠していくのが朝の仕事だ」
「掃除にかかる時間まで把握されてるんですよね。さすが執事長です」
レモンはすこし得意げにうなずく。
「無くなったのはどのような瓶ですか?」
「凝った白鳥の装飾のある瓶だ」
「大きさや重さは?」
レモンが自分のヒジの長さを目で確かめる。
「大きさは……ヒジの長さくらいだな。中身はほとんど残っていないが、ガラス細工が細かくて、見た目よりずっと重たい」
ゼフは、思案するように手をあごに当てる。
「それだと、部屋からこっそり持ち出すのは大変そうですね」
次に、ゼフはランブロンに顔を向ける。
「ランブロンさんは、旦那様の言いつけで本を戻しに、とおっしゃっていましたね」
「旦那様に朝食をお持ちしたときに頼まれたのです。朝の掃除の時間なら、鍵が開いているからと」
ランブロンは、少し落ち着いた口調で答えた。
「その時には、すでに瓶はなかったのですね?」
はい、とうなずいてから、ランブロンはポンと手を打った。
「鍵は開いていたのだから、他に誰か入ったんじゃないでしょうか?」
むむ、とレモンは唸った。
「確かに、その可能性はあるな……」
「他に執務室に入った人は?」
「メイドのアルマが掃除に入っている。開けた時に一緒に入ったからな」
「近くを掃除していた人は?」
「そうだな……掃除の当番はメイド長が知っているはずだ。確かめてこよう」
「お願いします」
部屋を出ていくレモンに、ゼフは頭を下げた。
それを見ながら、アンジェは口をとがらせていた。
「どうしてゼフが聞き込みをしてるんですの? わたくしがやりたかったですのに!」
ゼフは困ったように眉を寄せる。
「それは失礼いたしました」
むすーっ、とアンジェはむくれる。
少しして、レモンが戻ってきた。
続いて入ってきたのは、二人。
「執務室の掃除をしていた、メイドのアルマです」
「ごきげんよう、アルマ」
アンジェが声をかけると、アルマはぺこりとお辞儀をした。
アルマは、お義姉さまの紹介でやってきたメイド。
毎朝着替えを手伝ってくれたり、ティータイムや食事の支度をしてくれている。
「そして、執務室の窓の外で蔦を切っていた、庭師のローバーです」
ローバーはレモンに促されて、おずおずと入ってくる。
「わ、わたしは窓の外にいただけで……」
「窓には鍵がかかっていなかった。なら、お前も入れたはずだ」
「そ、そんな……」
ローバーはうなだれるように下を向いた。
ローバーは、離れの庭や壁の蔦を手入れしてくれている庭師。
もう十年ほどお屋敷にいる人物だ。
二人を見ながら、アンジェは首をかしげる。
(アルマもローバーも、物を盗むような人には見えませんわ)
「面倒だとは思いますが、話だけ聞かせてください」
ゼフはアルマに丁寧に頭を下げた。
アルマは困惑したようにアンジェとレモンの顔を見て、それからうなずいた。
「あなたは、執事長と一緒に執務室に入ったんですよね?」
はい、とアルマはうなずく。
「そのとき、ブランデーの瓶はありましたか?」
アルマはなにかを思い出すように、首をかしげる。
「えっと、鳥の装飾の瓶……ですよね? はい、ありました」
「どこにありましたか?」
「机の上に……あ、でも掃除のときに動かしました」
「動かした……どこにですか?」
「窓のそばの棚の上です」
「なんでわざわざ動かした! 怪しいぞ!」
突然、ランブロンが叫ぶ。
アルマは驚いて肩をビクッと震わせた。
「机を拭くのにどかしただけです。すぐに戻しました」
「そんなこと言って、そのときに別の場所に隠したんじゃないのか?」
「そんなことしません!」
アルマは必死に首を横に振る。
レモンはジロッとアルマに目を向ける。
「聞いているぞ。お前の夫は仕事にありつけなくて、酒も飲めないと嘆いていたそうじゃないか」
「それは先月の話です! 今は港で荷揚げ夫をしています!」
アルマは顔を真っ赤にして言い返した。
「疑うのは、全員から話を聞き終えてからにしませんか?」
なだめるように、ゼフは穏やかな口調で言った。
レモンは不満そうに口を閉じ、ランブロンもむすっと黙った。
「次はローバーさん、よろしいですか?」
ゼフはローバーに顔を向けた。
ローバーはビクッと顔を上げる。
「あなたは、蔦の手入れをしていたんですね?」
ローバーは小さくうなずく。
「ハシゴを使って、窓の周りに伸びた蔦を切っていました」
「その作業は、アルマが執務室に入るよりも先に?」
「いえ……始めた時には、すでにアルマが室内にいました」
「そうなんですか?」
ゼフはアルマに顔を向けた。
「掃除をしているとき、ローバーが昇ってきたのは見えました」
なるほど、とゼフはうなずく。
「その時、窓は開いていました?」
「一度開けましたが、ローバーがすぐに閉めてしまいました」
アルマに言われて、今度はローバーに顔を向ける。
「部屋の中に、切った蔦の葉っぱが入ってしまうので」
ローバーがおどおどしながら答える。
ゼフは再びアルマに目線を戻す。
「ということは、あなたが窓辺の棚に瓶を置いたとき、窓は閉まっていた、ということですね?」
「そう……ですね」
不安そうに眉を寄せながら、アルマはうなずいた。
ゼフは再びローバーに目を向ける。
「それは、確かですか?」
「は、はい。窓際に瓶が置いてあるのは見えました」
おずおずと、ローバーはうなずく。
「でも、窓に鍵はかかっていなかったんだろ? 手を伸ばせば届くじゃないか」
ランブロンがローバーをにらむ。
ゼフはチラッとランブロンに目を向けた。
「でも、アルマは机の上に戻した、と言っています」
「はい、確かに戻しました」
うなずくアルマを、ランブロンはにらみつける。
「二人で嘘をついているかも知れないぞ。私がここに入った時には、もう瓶はなかったんだからな!」
そんな、とアルマは言葉を詰まらせる。
ローバーも青い顔で黙り込む。
「それは……どうでしょうか」
ゼフは軽く首をかしげた。
「どういう意味だ?」
「もしアルマが共犯なら、わざわざ瓶を机の上から移動させたことを打ち明ける理由がわからなくなります。ごまかすのなら『瓶には触らなかった』もしくは『瓶に気づかなかった』と言ったほうが疑われずにすむはずです」
「むむ……」
ランブロンは口ごもった。
アルマとローバーは、ホッとしたように息を吐いた。
(困りましたわね……)
アンジェは両手のひらを胸の前で合わせ、考え込んだ。
このままでは、なかなかみんなの疑いが解けない。
(ヒントは……どこに転がっているのかしら……)
部屋の中を見回しながら、アンジェはため息をついた。




