第三話 学校が始まる 1 春休みの成果
ソクガが僕とシェリルの前に立ちはだかって、声をあげている。
「おい、シェリル! どうして、そんな泣き虫の実用職とつるんでるんだ!? お前の天職は戦闘職の魔導士だろう!」
シェリルは勝気な顔で、ソクガを睨んだ。
「あたしは別に戦闘職とか、そんな事にこだわってないから」
「ハン! ガキだな! 世の中の仕組みが判ってねえんだよ! そいつの――なんだっけ、聞いたこともない天職。おい、お前の天職はなんだったっけ?」
ソクガが小馬鹿にした顔で、僕に訊いてくる。
「……測量士だ」
「測量士! なんだそりゃ、聞いたこともねえ! まあ、お前は巻き尺でも持って、その辺うろついてろよ。シェリル! お前は将来、王立武統学院に進学して、上級剣士、ひいては剣聖になるオレと一緒にいればいいのさ!」
ソクガはそう偉そうに言った。僕は少し呆れた。
僕はソクガに言った。
「なんだ、偉そうになんか言うから何かと思ったけど……シェリルのことが好きなのか」
「バ! バァカッ! バババ、バカなこと言ってんじゃねえよ、ただオレに相応しいから認めてやるって言ってんだよ!」
それを聞いたシェリルが、腹立たしそうに声をあげる。
「オレに相応しい? ……あんたが? ――誰に向かってものを言ってるの」
「オ――オレは……」
苛立ったシェリルを見て、ソクガは明らかに狼狽した。
「うるせぇっ! そんなハズレ天職野郎と一緒にいる哀れな奴に、少し意見してやろうと思っただけだ!」
「言っとくけど、クラインはあんたなんか比べものにならないくらい素晴らしいんだから! もう、黙ってちょうだい! ――さ、行こ、クライン」
「あ、うん」
シェリルが歩き始めたので、僕はそれについて歩きだした。
と、後ろの方からソクガの声がする。
「ハン! やっぱり、ブスは世の中のことが判ってないバカだな! せっかくオレが声をかけてやったのに、あのクソ泣き虫を庇うなんて、とんだバカだぜ! まあ、あんなブス、もうオレから声をかけたりしないけどな!」
ソクガがそう声をあげるのに合わせて、取り巻きの男子たちが周りで笑い声をあげた。
「そうですね、あんなの! ソクガ様に相応しくないですよ!」
「そうそう、もっと可愛い女子がいますからね」
その声にいい気になったのか、ソクガの声がする。
「ま、自覚のないブスには、あの泣き虫が似合いだけどな!」
……その声が聞こえた瞬間――
僕の中で、一線が切れた。
僕は振り返って、ソクガたちの元に戻っていった。
「……おい」
「なんだぁ、クソ泣き虫?」
「謝れよ」
僕は怒りで、顔も上げられないままそう言った。
「は? お前、誰に向かってもの言ってんだ!?」
「謝れって言ってんだ! ソクガ、お前に言ってるんだ、耳が聞こえないのか言葉が理解できないほどバカなのか! ――シェリルに謝れ!」
僕が顔を上げてそう怒鳴りつけると、ソクガが顔を真っ赤にして逆上した。
「なんだと、てめぇ! よくもオレに向かって、そんな事が言えたな!」
「言うさ! お前は間違ってる! 僕に何を言ってもいい。僕は確かに泣き虫だし、ハズレ職みたいな天職の測量士だ。……けど、シェリルは違うだろ! シェリルはブスじゃないし、バカでもない! シェリルに謝れ!」
僕がそう言ったのに対し、ソクガはまったく考え直す様子もなく大声で怒鳴り返してきた。
「誰が謝るか! あの女が謝ってきたら、オレが今からお前をボコボコにするのをやめてやる。どうだ、シェリル! 今からこのクソ泣き虫を、オレが痛めつけてやる。それが嫌なら――オレに謝れ!」
そう言われたシェリルが、眼を見開いている。
拳を握りしめて、ブルブルと震えていた。
「クラインを――」
「大丈夫だよ、シェリル」
僕は涙目になりかけているシェリルに、そう言った。
僕は微笑んでみせる。
「シェリル、心配しないで」
「ハッ! バカが、カッコつけたところで、オレの天職スキル『剣術』に、非戦闘職のお前が敵うとでも思ってんのか!? 痛い目に合いたくなかったら、土下座して謝れ! ……いや、もう謝らなくていい。お前は痛めつける!」
そう言うとソクガは、傍の男子生徒が差し出す木剣を手にした。
「オレは将来、剣士になるんだ。授業でも木剣を使うからな。――お前はなんだ? 巻き尺でも持ってんのか? まあ、何を言っても、今さら遅いけどな!」
ソクガが舌なめずりをしながら木剣を構える。
僕はただ、手に持った鞄を両手で支えた。
今だ――スキル『測量』!
ソクガの前足から僕の距離は――180cm。
僕の体格とソクガの体格はそれほど変わらない。僕の前足からの踏み込みは、そのままだと射程距離160cm。後ろ足を引きつけると、180cm。
この距離なら、ソクガは後ろ足を引きつけて踏み込み、僕に木剣をぎりぎり当てられる。――そこが狙い目だ。
「もう、泣いたって遅いからな! 行くぞ、飛燕連撃!」
春休み前に僕がやられたあの技だ!
が――今度は見える! 僕は最初の小手と次の脇腹への攻撃を鞄で受ける。
そして最後の膝への攻撃を、一歩下がることでかわした。
「――なにっ!?」
木剣が空を切ったソクガが、前につんのめる。
そのがら空きになった側頭部を、僕は思い切り鞄で殴りつけてやった。
「がぁっ――!!」
ソクガが頭から地面に倒れ込む。
ソクガの側近が、呆然とした後に声をあげた。
「おい、ソクガ!」
「だ、大丈夫ですか!?」
「く……この野郎――」
周りに群がる取り巻きを押しのけて、ソクガが立ち上がる。
ソクガはすぐさま、僕に向かって突進してきた。
距離240cm。ソクガは後ろ手に木剣を持っていて、後ろ足を踏み込んで打って来ると予想できる。間合いは大きいけど、フォーミュラの間合いが250cmだったことを考えると、それ以上の距離は伸びてこない。
つまり、これがギリギリ当たる可能性のある間合い。
「この野郎!」
予想通り、ソクガが木剣を振った。僕は半歩下がってかわす。
測量! ソクガの後ろ足踏み込みは、間合い230cm。
これでソクガの攻撃パターンの間合いは、ほぼ測量済みだ。
「ちょろちょろ逃げんじゃねえっ!」
苛立ったソクガは無暗に木剣を振り回すが、僕は適正距離で攻撃を誘い、それをかわす。距離、230cm、160cm――
ブンブンと木剣を振る攻撃を、僕はぎりぎりでかわし続ける。そろそろ行くか。
僕は剣の代わりに、鞄で攻撃することにしてみた。
ソクガが袈裟斬りに来るところを間合いで見切り、その上、斜め下からの切り上げで、木剣を跳ね上げる。
「うっ――」
驚いたソクガの胴ががら空きだ。
僕は右から横に鞄で胴を払い打ちにした。
「ぐぅっ――」
ソクガの呻き声するなか、ソクガが腹の痛みに頭を下げる。
そこを僕は、正面切りで頭頂部に鞄を縦にして落としてやった。
「ガハァッ!」
ソクガの顔面が、地面に叩きつけられる。
その光景に、周りは呆然として声もあがらなかった。
「い……いったい――なんだってんだ……」
地面に這いつくばったままのソクガが、顔をあげて呻く。僕は答えてやった。
「測量士のスキルを利用して戦ったんだ。当たらない剣士の木剣と、当たる測量士の鞄――どっちが有効だと思う?」
「て……てめぇ――」
凄い勢いで睨みつけるソクガが歯噛みして唸った。
と、そこに教師らしい大人の声が響いて来る。
「おい! 一体、何事だ!?」




