4 フォーミュラ
美人エルフが剣舞を終えると、僕らはまた並んで草むらに腰を下ろした。
「ありがとうございます。凄く綺麗な動きで――この記憶を頼りに自分でも練習してみます」
僕がそう言うと、エルフは美しい微笑みをみせた。
「そうするといい。きっと、君の剣術の上達に役に立つ。まずは素振りをきちんとできるようになって、慣れてきたら剣舞の型を覚えなさい。剣舞の型を自分で完全に舞えるようになったら、そこにある技を研究してみなさい。慌てる必要はなく、自分で理解したことだけが、自分の力になることを忘れないで」
「はい!」
なんか、スキルシステムとは対称的な言葉だ。僕は『測量』ができるが、それは自分ではどういう原理でやってるのかは判ってない。けど、美人エルフの言葉では、これはどうやら光学魔法の応用らしいんだ。
「そうだ。さっき私の間合い――距離を測量していたが、あれは剣を後ろに構えた場合の間合いだ。素振りの型のように中段に構えた場合、もっと間合いは短くなる」
「そっか……そうですよね」
後ろ足を前に踏み込むのは、大きな一歩を出せるが、前後が変わらない場合そうはいかないということか。
「しかも、前足をただ前に出す踏み込みと、後ろ足を前足の傍まで引きつけてから踏み込むのでは、また間合いが変わってくる。それも実戦の際には考慮しないといけないな。特に、君自身が攻撃する時、どこまでが相手に届く距離かを知ることはとても重要だ。――後は、実戦から学ぶことだ」
美人エルフはそう言うと、真面目な顔を向けた。
僕は大きく頷く。
「はい。僕が素振りをできるようになったら、僕自身の間合いを測量してみます」
「うん、それがいい。……さて、すっかり時間が経ってしまったな」
「あ、すみません。なんか、お時間をとってしまって――」
僕が謝ると、エルフは微笑した。
「いいんだよ。私も君と一緒に過ごせて、とても楽しかった。――ところで。私はこの森を抜けたクロスフォード家というところに行こうと思ってるんだが、君、知ってるかな?」
エルフの言葉に、僕は驚いて言った。
「え! それは僕の家ですよ! 僕はクライン・クロスフォードっていいます」
そう言った後に、僕は父さんの言葉を想い出した。
“この家を出たら――クロスフォード家を名乗ることは許さん”
そうだ……15歳になって家を出たら、僕はクロスフォードとは名乗れなくなるんだ。ちょっと暗い気持ちになったが、僕の言葉を聴くとエルフは微笑んだ。
「……やはり、そうか。君がな――」
「あの――うちまでご案内しましょうか?」
僕がそう言うと、美人エルフは静かに首を振った。
「いや……もう、いいんだ。ありがとう。――君のうちに、ジョーという人はいるかな?」
「ジョー爺さん? いますけど……」
僕がそう答えると、エルフは荷物の中から何かを取り出した。
それを僕に差し出す。――鎖のついた、小さな鍵だ。
「これを――ジョーさんに渡してくれないか? フォーミュラからだと言ってくれればいい」
「フォーミュラ……さん」
僕そう呟きながら、鍵を受け取った。
美人エルフ――フォーミュラが微笑む。
「そう、私の名はフォーミュラ。名乗るのが一番最後になってしまったな」
「そう……ですね」
「それじゃあ、よろしくな。……またいずれ会おう。クライン」
フォーミュラはそう言って微笑むと、踵を返した。
その背中が風のように去っていく。
僕は、それまでの時間が夢だったような心持で――フォーミュラの後ろ姿を見送った。
「――は! 僕も、もう帰らなきゃ。まあ……誰も心配しないけど」
そう呟くと、僕はレミールに乗って屋敷に戻る。
ジョー爺さんが心配そうな顔で出てきて、僕は少し嬉しかった。
「あ、ジョー爺さん。森で凄い美人のエルフに会ったんだ」
「エルフ……ですか?」
「うん。それでジョーさんに、これを渡してくれって」
僕はそう言って、預かった鍵を渡した。ジョー爺さんが、目を丸くする。
「ジョー爺さん、あのフォーミュラさんの知り合いなの?」
「フォーミュラ……。ええ。そうですね――知り合いと言えるでしょう」
ジョー爺さんはそう言うと、静かに微笑んで、大事そうに鍵をしまった。
それからジョー爺さんが話そうとはしないので、僕も聞かなかった。
夕食を食べてベッドに潜りこんでから、僕は今日一日のフォーミュラとの出会いが夢だったんじゃ――という想いに捉われた。
……それくらい、非現実的な美しさだったんだ。
「あ――いや、ちゃんと現実だったって証拠があるぞ」
僕は視像再現を実行する。一番最初に試し撮りした、フォーミュラのアップだ。
「それで……今、記憶してるのかい?」
物凄い美人のフォーミュラが、そう言って微笑みかけてくる。
「く~っ! こんなの見たら……ドキドキして眠れないよ!」
僕はそんな事を言いながらも、その後、10回くらい再生してから寝た。
翌日から僕は、森で素振りの稽古を始めた。そう、実は春休みに入ったのだ。
なので、朝から九本の素振りを繰り返し行う。
ふと考えてみて、僕は『試用スキル』のなかに『剣術Lv1』を入れてから素振りをしてみた。
「おぉ! なんか、綺麗だし無駄な力みがない。これがスキルがあるっていう効果か!」
ちょっと感心した。けど――
スキルがない状態で、これだけ綺麗に振れるようになったら、Lv2までの成長が早くなるんじゃないだろうか?
僕はフォーミュラの言ったことを想い出してみた。
“身体というのは面白いものでな。その日、うまく振れないと思いながら振っていても、翌日になるとよく振れるようになってたりする。身体を通した事は、身体が記憶しているんだ。そして成長する”
身体が覚える――という事だ。じゃあ、剣術スキルを持った状態で素振りをして身体に覚え込ませて、その記憶があるうちに剣術スキルなしで素振りをしたら、素の状態の僕の成長が早くなるんじゃないだろうか?
「よし、とにかくやってみよう」
僕は剣術スキルありで素振りをした後に、剣術スキルなしで素振りをする――という事をやってみた。その日はくたくたになって、すぐに寝た。
翌日――剣術スキルなしで素振りをしてみる。と――
「あ! 明らかに、昨日より自然に振れてる! 成長してるぞ、僕!」
けどその後に、剣術スキルを入れて振ると、まだ素の自分の素振りはいまいちだと思った。
振りの線が乱れてるし、キレもない。身体がぐらぐらして、安定感がない。
「ようし! 素で振っても、スキルありと変わらないくらいに上手くなるぞ!」
僕はそう言って、決心を新たにした。
実は心の中で考えてることがあった。
春休みが終わり、春から中等部に行く。それまで2週間ほど。
この間に稽古した事がどうなるか――自分で確かめたい。
――そして、2週間が経ち、中等部の学校が始まった。
「クライン! 学校いこ!」
そう元気よく声をあげて、うちに来たのは――シェリルだ。
赤い髪を風になびかせて、笑顔を僕に向ける。
「いや……そりゃあ行くけど――」
シェリルは自分の家の馬車に乗っている。
「僕はレミールに乗って行くんだよ?」
「え~、一緒に行こうよぉ。レミールってさ、もう結構、お歳なんでしょ? いたわった方がいいんじゃないの?」
「何言ってんだよ、レミールは元気だよ」
僕は構わずにレミールに乗って学校へ向かった。
その隣をシェリルの馬車が並んで進む。
「ねえねえ、中等部ってどんな感じかな? スキルシステムあるから、もう勉強しなくてよくない?」
「多分だけど、勉強した方がスキルもよく使いこなせると思うよ」
馬車と馬で歩いていくと、学校に到着した。学校の馬かいさんにレミールを預けて、僕とシェリルとクラスに向かう。と――その前に立ちはだかった奴がいる。
「おい! 朝っぱらから一緒に登校してくるとは――生意気だぞ、泣き虫が!」
そう偉そうな声をあげたのは――やっぱりソクガだった。




